急成長する「note」~書き手の支援をビジネスに デジタルメディアの現在地(4)

2020年7月9日 20時43分
「だれもが創作をはじめ、つづけられるようにする。」をキャッチフレーズに掲げるメディアプラットフォーム「note」が急成長している。2014年にサービスを始め、6年余で会員数260万人、月間利用者数6300万人を突破。「クリエイターの支援」を前面に出し、ネット上に独自のコンテンツ流通と収益化の仕組みを構築することで、これまで「搾取する側」と見られがちだったプラットフォームのあり方に一石を投じる。書き手とプラットフォームがともにハッピーな共存関係は、どうすれば可能なのか。
(東京本社編集局デジタルディレクター・井上圭子)

◆「新たな仕組み」誕生の息吹

「ぼくはもともと本の編集者だった。編集者の仕事は本を作ることではなくて、作家の思いを人に届けること。スマホの登場で誰もが創作して発表できるようになったのに、良質なコンテンツを見いだしてお金を払う仕組みがなかった。電車の中ではみんなスマホを見ている。コンテンツの未来を切り開くには、全く新しい仕組みが必要だった」
note社の加藤貞顕代表(47)が10年前を振り返る。

加藤貞顕(かとう・さだあき) note代表取締役最高経営責任者(CEO)。1973年生まれ。大阪大大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキー、ダイヤモンド社に編集者として勤務。2011年ピースオブケイクを設立、20年4月、社名をnoteに変更。「マチネの終わりに」など話題作を多数手掛ける。

「スタバではグランデを買え!」「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(通称:もしドラ)など、数々のベストセラーを手がけた敏腕編集者。売れるツボは心得ていた。パソコンいじりも小さいころから好き。「テクノロジーとコンテンツ、両方を理解していないと新しい仕組みはつくれない。誰もやらないなら自分がやるしかない」。編集者として勤めていたダイヤモンド社を辞め、11年12月、note社の前身であるピースオブケイクを設立した。
総務省の通信利用動向調査によると、10年に9.7%だったスマートフォン世帯保有率は11年に29.3%、12年には49.5%と急伸し、19年には83.4%に達している。ピースオブケイクは時代の波に乗った。

◆「本命」への布石

こだわったのは「だれもが」使えること。本は、最低でも5千部刷って6、7割は売れる見込みがないと出版できない。最初から書き手が絞られる。そうはしたくなかった。
しかし、いきなりインターネット上に未知の街をつくって「こちらへどうぞ」と誘っても、人は警戒して集まってはくれない。そこでまずは、プロのためのコンテンツ有料配信サイト「cakes」を12年9月に立ち上げた。まだ課金サイトが珍しかった時代。のちに世に出す一般向けの新プラットフォームに人を呼び込むための布石を打った。

◆真っ白なnote誕生

本命のnoteを世に出したのはそれから1年半後の14年4月だ。「創作を支援する」姿勢を明確に示すため、noteでは作品を発表する利用者を「クリエイター」と呼ぶ。プロかアマか、個人か法人かは問わない。
飾らないnoteという名称には「水道やガスのように、みんなが当たり前に使うインフラになれたら」との思いを込めた。「スタートアップにありがちなカッコいい商品名を付けて、社としての個性を発揮したいとか、自分たちを主張したいという気持ちは全くない」。違和感なく使ってもらうため、画面は極力シンプルに。コンテンツを引き立たせるため広告も入れない。

◆コンテンツの対価

だれもが無料でnoteという街に自分の店を構え、真っ白な紙に絵を描くように自由に、簡単に、文章や絵、まんが、写真、動画、音声など、多種多様な作品を並べることができる。無料で見せるか有料で売るか、あるいはその境界をどこにするか、値段はいくらに設定するか。すべては「クリエイター」に委ねられている。無料コンテンツでも、共感したり感動したりした人が自由に金額を設定して作者に対価を払う「サポート」という機能もある。
「値付けは自由であるべきだ」というのが加藤代表の持論だ。新聞社が提供する記事への対価が1ページビュー(PV)当たり0.2~0.025円とされるヤフーや、広告費を原則折半すると決めているスマートニュースなどと一番違うのはそこだ。手の込んだ作品を無料で公開しようが、ペラ一枚紙に収まりそうなニッチな情報に数千円の値を付けようが、「創り手と買い手の双方が満足するなら良い」と考える。

◆noteのビジネスモデル

創り手側と流通側は、利益をどんな比率で分けるのがフェアなのだろうか。
「出版は著者への印税が1割。それは、出版社が編集も宣伝も行い、在庫リスクも負うから。変な人が訪ねてきたときのガードや訴訟対応もする。でも、noteは自分で書いて自分で発信してもらうもの。うちがそこまで取るべきではない。なるべく創り手に届けたい。創作を続けるためにはマネタイズも必要だから。いいコンテンツを作った人が報われる世界を作りたい」
コンテンツが有料で読まれれば、売り上げの1~2割が「プラットフォーム手数料」としてnote社に入り、残りの8~9割はクリエイターに支払われる。裏を返せば、無料コンテンツがどれだけ多く読まれてもnote社の収益にはならない。むしろサーバーの維持管理費がかかる分、増えるだけ赤字だ。
しかし、加藤代表は「グーグルも、無料だからこそみんなが便利に使い、それをもとに収益を上げてストリートビューなどを実現している。一見、壮大な無駄でも、そういう循環は大事」と言う。たとえ無料コンテンツでもバズれば多くの人が訪れ、noteというプラットフォームの認知度は高まると見込む。
ここに、note社が公開している「エコシステム」(生態系の循環図)がある。

note社提供

noteという場に、作者が集まる。作者が集まればコンテンツが増え、読者が集まる。読者が集まればシェアされ、認知され、コンテンツが売れ、また作者が集まる。この循環をいかにスムーズに回し、太くしていくか。迷ったらこの図に立ち戻り、足りていない部分を常に強化しているという。

◆外部との提携で経営基盤を強化

とはいえ、現実的に「売れる」クリエイターはひと握り。一体、どうやってもうけているのか。
同社は18年8月、日本経済新聞社と資本業務提携の契約を結び、3億円の出資を受けた。19年7月にはHIKAKINら人気ユーチューバーのサポート企業「UUUM」、19年8月にはテレビ東京ホールディングスとも同様に資本業務提携の契約を結んだ。
出資元の狙いは、noteに集まる優秀な若いクリエイターとの出会いだ。
「若い世代に支持されるnote人気クリエイターのコンテンツを日経でも展開したり、共同イベントを開いたりして、両社のユーザーに新しい価値を提供できる。若いビジネスパーソン読者の獲得も狙える」(日経広報室)。一方、note社は経営基盤を盤石にでき、社会的な信用も高まる。双方にとってウィンウィンの関係だ。
実際、日経はnote上で運営する「COMEMO」というマガジンに、若い世代に支持されるビジネス分野のnoteクリエイター約70人を集め、日経ニュースにまつわるオピニオンを公募。良い投稿があれば日経電子版や「NIKKEI STYLE」などのWeb媒体や紙面で紹介し、これまでにない若年読者層の取り込みに成功している。「COMEMOへの来訪者や関連イベントへの参加者は20~30代が中心。既存の日経読者より、若い世代にリーチできていると実感している」(日経広報室)
テレビ東京も、noteに投稿されたコンテンツを番組で映像化したり、noteでやりとりされる視聴者の声を番組作りに生かしたりして幅を広げている。

◆法人向け「note pro」も安定した収益源に

さらに最近、大きな収益源に成長しているのが、19年3月に提供を始めた法人向けプラン「note pro」だ。上記の日経「COMEMO」も利用している。
基本的なnoteの機能に加え、月5万円からの契約料で、サイトのURLを独自ドメインに変えたり、デザインをカスタマイズしたり、運用アドバイスを受けたりできる。利用する企業や自治体、団体にとっては、既に6300万の月間利用者がいる商店街にのれんを掲げるようなもので、サイト構築や集客の費用や手間が省け、発信に集中できる。一方、note社も、既存のサーバーを間貸しすることで契約社数分の定期収入を確保できる。これまたウィンウィンの関係だ。
「これは大きい」と加藤代表。「proは手数料の割合が高く、法人から直接お金がもらえるわけで、これは助かってますよ」。法人利用は約1600件に上り、安定した収益源になっているという。

◆目指すは「クリエイターの本拠地」

「コンテンツを最もふさわしいメディアにのせて、広く届ける」。根底にある思いは、本の編集と変わらない。目指すゴールは「あらゆるクリエイターの本拠地」になることだ。「そのための条件は、創作しやすく、コミュニティーがつくれて、ビジネスもできること」。そのために、マガジン形式での定期購読機能や、ファンとつながることのできるサークル機能を持たせ、人気コンテンツは出版社に紹介するなど「出口」も整えた。「本拠地」機能は着々と整いつつある。

◆作家にとっての「noteという場所」

実際にnoteから作家デビューを果たした2人に話を聞いた。

岸田奈美さん

20年3月末、ユニバーサルデザインのコンサルティング会社「ミライロ」を退社しプロの作家となった元会社員の岸田奈美さん(28)は「noteはシンプルで使いやすく、広告やランキングがない。伝えたいことがストレートに伝わるから書いていて気持ちがいい」と話す。
岸田さんは、19年7月にnoteで発表した「一時間かけてブラジャーを試着したら、黄泉(よみ)の国から戦士たちが戻ってきた」で注目され、瞬く間に人気エッセイストの仲間入りを果たした。ダウン症の弟、車いすユーザーの母、亡くなった父など、自らが愛する人々にまつわる濃密なストーリーを軽快なタッチでつづる。20年1月には文芸春秋の巻頭随筆を飾り、講談社の「小説現代」に連載を持つ。

岸田さんの記事「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」

最も読まれた岸田さんの記事「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」には、共感や感動を示す「スキ」が19860も付いた。「他のメディアやSNS(会員制交流サイト)では嫌だなと思うコメントが届くこともあるが、noteの読者は優しくてコメントは温かい。note社の人々がそういうハッピーな仕組みをつくってくれている」と感謝する。
noteにあるのは「スキ」ボタンだけ。いいなと思ったらここを押して共感や感動を創り手に伝える。ユーチューブにあるような、親指を下に向けた抗議マークなどはない。コメント欄に投稿する際も、ひと呼吸おくためのメッセージが表示され、あらかじめ炎上を防ぐ仕様になっている。

炎上を防ぐ仕組みが盛り込まれた「note」のコメント機能


「人の行動心理を考え、(炎上を)未然に収められるようにしている。予防が大事」と加藤代表。誹謗(ひぼう)中傷や暴力的な表現、差別、著作権侵害などはあらかじめ利用規約で禁じ、社内で「トラスト&セーフティチーム」と呼ばれる担当者が常に目を光らせているという。
会計ソフト会社でプロダクトマネージャーとして働く岡田悠さん(32)もnoteから作家デビューした1人だ。「ツイッターの140字では短すぎ、フェイスブックは友人以外に届きにくい。ブログはハードルが高い」と18年9月にnoteを始めた。「デザインやレイアウトを考えなくていいので気軽に始めやすかった。長文を書きたい僕のスタイルにも合っていた」

岡田悠さん


昨年2月にnoteで発表した旅行記「経済制裁下のイランに行ったら色々すごかった」で人気に火が付いた岡田さん。新型コロナウイルスによる外出自粛期間中の4月5日に発表した「結婚式を自粛したら、突然Zoomで式が開催された話」はツイッターなどで瞬く間に拡散され、テレビ出演のオファーが相次ぎ、ドラマにもなった。

岡田さんの記事「結婚式を自粛したら、突然Zoomで式が開催された話」

いまではWebだけでなく、紙、映像…各種メディアから続々と執筆依頼が舞い込む。「noteは誰でも自由に書けて、拡散されやすい。世の中にはまだまだ埋もれている素晴らしいものがある。それをすくいあげるプロセスさえあれば、こんなに輝くんだなと思った」と、その反響に驚いている。
表示する記事の選択を100%アルゴリズム(計算方法)に任せるスマートニュースなどと違い、note社では人工知能(AI)の力も使いつつ、毎日投稿される2.6万件以上の記事から「noteディレクター」と呼ばれる人々がきらりと光るものを「おすすめ」として公式ページで紹介している。加藤代表は「『これを読んでいる人はこれも読んでいます』みたいな提示だけでは、出会いがなくて読み手はつまらないし、新人の書き手は読んでもらえず、広がりがない」と編集者の顔をのぞかせる。

◆コロナでユーザーうなぎ上り

開設以来伸び続けてきたnoteの月間利用者数は、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛期間中に4400万人(3月)から6300万人(5月)へと急増した。クリエイター登録も260万人に上る。
「コロナを経験して、カルチャーは不要不急だけど大事だとみんな気づいた。カルチャーの重要度は今後もっと上がっていく。人間の最後のとりで、人類の礎がカルチャー。noteはカルチャーを担っているという意識がある」
4月7日、noteのサービス提供6周年を機に、当初の社名よりも有名になった「note」へと社名を変えた。
ゼロから始めて、この10年でここまで来た。「いま何合目ですか?」と加藤代表に聞いてみた。
「あらゆる人の本拠地にするには、まだ一合目くらい」
目指す場所は、もっともっと高みにある。

「客質がいい、治安がいい、課金に夢がある」


ネットニュース編集者・中川淳一郎さん

noteがこの10年でここまで成長したのはなぜか。「ウェブでメシを食うということ」の著者で、デジタルメディア事情に詳しいネットニュース編集者の中川淳一郎さん(46)に聞いた。中川さんは自らもnoteで発信している。

中川淳一郎さん

-なぜ人はnoteに書きたがるのか。
まず、客質がいい。何か書けば罵倒されるSNS(会員制交流サイト)と違って、ここは基本的に「書く人を支えたい」という読者が集まっている。穏やかな街で人を痛めつけてやろうという気にはならない。罵詈(ばり)雑言で疲れたところに「スキ」が届けば純粋にうれしい。ぼくだってそうだもの。
-なぜ炎上しにくいのか。
note社の人々が「ポジティブな空気をつくりたい」と手をかけている。「この場ではこういうことは言っちゃいけないな」という共通認識ができあがっている。空港のラウンジみたいな雰囲気。ああいう場所で、酔っぱらってくだ巻いてる人はいない。
-急成長の理由はどこに。
課金システムに夢がある。アフィリエイト(成果報酬型)広告収入頼みのブログで夢破れた書き手は多い。アフィリエイトで稼ごうと思ったらPVに頼るしかなく、内容や見出しをどんどんエキセントリックにせざるを得ない。1日かけて書いても広告収入はすずめの涙。でもnoteでは自分の書いたものに自分で値付けできるから、30分で書いたものに1万円の値を付けることだってできる。マガジンを定期購読してもらえれば安定収入にもなる。一度アップしておけば、過去の記事もひょいっと売れることがある。
-コンテンツの対価はどうあるべきか。
胴元が握ってはダメ。かといってアフィリエイトのような他人任せでもなくて、「読みたい」人、「いいな」と思った人が納得した金額を払うのがいい。noteは読み手の「創作を応援したい」という気持ちをうまくすくっている。クラウドファンディングに近い。だから書き手は書くことに集中できる。純粋に「役に立つ」「面白い」など、自分の書きたい内容を追求できる。
-note社の加藤代表は、目標の「クリエイターの本拠地」に到達するには「まだ1合目」と言っているが、この先もっと上にいくには何が必要か。
私がかつて編集者を務めていたサブカル雑誌「テレビブロス」も今年、紙の雑誌を休刊にしてnoteに舞台を移した。印刷する必要もなく物流コストも不要だから、その分を人件費や取材費に充てることができる。noteがそういうコンテンツのプロにプラットフォーム手数料を課して、得た利益を素人に注ぐ…というのは正しい循環だと思う。そうやって紙メディアを取り込んでいけば、noteはあっという間に8合目に行けるでしょう。

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