サブスクはただの「月額課金」ではない —— シリコンバレー企業に見るビジネス設計のうまさ

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撮影:伊藤有

こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。

最近、日本ではサブスクリプションビジネスが広がっています。今まではサブスクリプションモデルといえば、SpotifyやNetflix(ネットフリックス)、ニュースサイトなどのデジタルコンテンツやSaaS(Software as a Service=クラウドをベースに提供されるソフトウェアサービス)などのソフトウェアが主流マーケットでした。しかし、今は有形のもの、例えば、月額料金を徴収してブランドバッグや洋服が借り放題のサービスや車乗り放題のサービスなどが登場しています。

これは単なるサブスクリプションというモデルが今後の勝ちモデルという訳ではなく、新しいビジネスモデルをAIを使いながら生み出す、ビジネスモデルイノベーションに成功する企業が増えてきているという現象だと考えています。

日本で「ビジネスモデル変革」が求められている理由

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先日、ある日本の大手メーカー企業の方とお話していたときのことです。

その会社は子供向け商品を売るメーカーとして老舗ですが、それゆえに、商品開発→生産→小売販売のビジネスモデルから脱却することに対して苦労しているようでした。

AI機能を搭載した新しい子供向け商品を開発したいと思っても、その商品が想定する「数万人の子供に対応できるAI機能」を維持するためのサーバーコストなどのランニングコストを商品に上乗せすると、誰も買わなくなると言うのです。

そこで、「それではAIサービスフィーとして月額料金を商品を購入したユーザーから徴収するのはどうですか」と提案してみました。

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シリコンバレーの家電スタートアップLighthouseのAIカメラ。買い切りでも家庭向けセキュリティカメラとして動作するほか、月額10ドルを支払うと人物認識などのAI系機能が拡張できる。

ブランドバッグや車など有形のものがサブスクリプション(借り放題)に適している理由は、基本的にはデジタルコンテンツ見放題のサブスクリプションモデルと同じ原理です。

しかし、例えばシリコンバレーの家電スタートアップLighthouseでは、AIスマートカメラを売り切るだけではなく、その後、AI機能をユーザーが使い続けるためには、「AIサービス料」を毎月プラスで徴収します。この課金モデルを提供することで、今までサブスクリプションが考えられないと言われていた業界でビジネスモデルの変革を起こしたともいえます。

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Lighthouseの画像解析機能の一例。ペット認識や人物認識、3Dでの空間認識などさまざまな機能がある。

私自身友人に勧められて1年ほど前に購入したのですが、299ドルで購入した後にも毎月10ドルの「AIサービス料」を払っています。

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Lighthouseの月額課金プラン。課金なしでも使えるが、月額10ドルを支払うと、カメラの動画履歴が30日になったり、各種AI認識機能が使えるようになる。競合のNest Cam IQとの機能・料金比較もしている。

Lighthouseは、スタンフォード大学で自動運転技術を開発していたエンジニア数名が立ち上げた家電スタートアップで、Androidを作ったアンディー・ルービン氏などが投資家として名を連ねています。

Lighthouseは、自動運転に欠かせないコンピュータービジョンなどの技術を、スマートカメラとして一般消費者の家庭に届けることをビジョンとしています。他のスマートカメラと違うのが、自然言語処理技術や機械学習を活用して、「私がいない間に子供たちが何をしていたか見せて」とLighthouseのアプリに話しかけると(または文字で打ち込むと)、ピンポイントでその時の画像を抽出し、見せてくれるのです。

出張が多い私には最適な機能です。しかし、そのような「誰が私の子供なのか」「私がいない間はいつなのか」というような認識を行うためには、常に学習しつづけるAI機能が不可欠になってきます。そこで、このようなサービスが欲しいユーザーにのみ、月額料金を徴収している、と言う訳です。

LighthouseのカメラとAIサービスを使い続けて気が付いたのは、私が購入したのはスマートカメラという「モノ」だけではなく、そこから得られる様々な「コト」(体験)だったと言うことです。

不動産購入のプロセス自体を「イノベーション」する企業

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ベイエリアの不動産を手に入れることは、いまやアップルやグーグルのエンジニアにとっても楽ではないことを伝える記事。

ビジネスモデルイノベーションには、「サブスクリプションモデルにするか」「広告モデルにするか」などのように、どのように収益を出すかという選択以外にも、もう少しマクロに考えて、業界全体のバリューチェーン上の「どこで戦うか」「どのように変えていくか」という発想も大事になります。

例えば、FacebookやAirbnbに投資をしているシリコンバレーの著名VCファームであるアンドリーセン・ホロウィッツが最近発表した、新しい投資先・Divvyは、B2Cの不動産購入プロセス自体を変革しようとしています。

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2008年のリーマンショック以降、住宅ローンを借りるための審査が厳しくなり、同時に都市部の不動産価格が急上昇(=購入の際の頭金も上昇)しているアメリカでは、賃貸に住んでいる人たちがホームオーナーになる夢が遠のいてしまいました。(例:サンフランシスコエリアの不動産価格の中間値が130万ドル=1億4500万円ですがそれなりの家だと最低200万ドル=2億2300万円)

ミレニアル世代の若手社員たちは、給料をやりくりして賃料を払いながら将来の頭金をためているのです。そこで不動産テックの「Divvy」は、家賃を毎月払っている人たちがホームオーナーになる過程を、 3年間のリース期間を踏まえることで簡単にすることを考えました。いわゆる購入選択権付きリースのマーケットプレースです。

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サンフランシスコベースのスタートアップ、Divvy。

撮影:伊藤有

不動産購入者は、不動産価格の2%を頭金としてDivvyに支払い、Divvyが住宅を購入、その後は購入者にリースとして貸し出します。購入者は、家賃+メンテナンスフィーなどを毎月払いながら3年間のリース期間の経過とともに不動産の所有権を徐々に増やしていくことが出来ます。Divvyはこれを「段階的住宅所有プログラム」と呼び、今まで家を購入出来なかった層にアプローチをかけています。

Divvyのようなスタートアップが登場したことで、不動産売買のあり方や、不動産を「所有」するという概念が変わる可能性があります。

ミドルレイヤーとして重要な位置付けにいる不動産仲介業を営むブローカーのうちが約200万人もいると言われているアメリカで、仲介業者たちが不動産を「売る」という定義を変えるだけで新たなビジネスチャンスが生まれる可能性がある —— さらにいわゆる「ネットワーク効果」(そのジャンルの利用者が増えるほどに、物やサービスの価値が高まっていく効果)が期待できたのも、アンドリーセン・ホロウィッツが投資した理由の一つだとブログで書かれています。

関連リンク:アンドリーセン・ホロウィッツのDivvyへの出資に関する記事

ミレニアル世代は、モノを所有しなくなったとよく言われます。

しかし、高級バッグや車を借り放題で使い、段階的住宅所有プログラムで自分の家にリースで住む若者も増えています。また、スマートカメラというモノを所有しながら、月額料を払ってコトを手に入れる人も増えています。

こんなモノVSコト や、借りる(Rent) VS保有する(Own)の垣根が徐々に無くなってきた現社会でさらに必要とされるのが、上記のようなビジネスモデルイノベーションだと、私は考えています。

(文・石角友愛)


石角友愛/Tomoe Ishizumi:2010年にハーバード経営大学院でMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAIプロジェクトをリードし、AIを活用した職業マッチングサイトのJobArriveを起業。2016年に同社を売却し、流通系AIベンチャーを経て2017年にPalo Alto Insightを起業。

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