「AIは人間を超える」なんて、本気で信じているんですか?

哲学の視点から語る「科学の限界」

AIが人間を超える知性をもつ、AIで多くの人の仕事が奪われるーーそんな議論が盛んになって数年。空前の「AIブーム」は、どんな結末を迎えるのか? 一部の人が夢見る「シンギュラリティ」はやってくるのか?

こうした過熱に「待った」をかけるのは、情報学者の西垣通氏だ。元エンジニアでコンピュータに精通した氏は、なぜ「AIは人間を超えない」と考えるのか。そこにはカンタン・メイヤスー、マルクス・ガブリエルなど気鋭の哲学者が提唱する、最先端の哲学が関係していた。

今回、メイヤスーの主著『有限性の後で』の翻訳でも知られる、哲学者・立命館大学准教授の千葉雅也氏と西垣氏の対談が実現。科学者さえ気づいていない「AIの限界」を存分に語り尽くす。

AIブームは、これで3回目

千葉:西垣先生の新著『AI原論』では、「思弁的実在論」と銘打って、僕も訳者の一人であるメイヤスー1の『有限性の後で』という本を、かなり大々的に議論の中に取り込んでくださっています。新しい哲学の動きを、現在のAIブームの状況を考えるためのガイドにして議論を立てていいたので、とても驚きました。

西垣:そうですか。私としては、その試みが絶対に必要だと感じていたんです。ですから、自然な流れでした。というのは、いったいこの本をなぜ書いたのかという話に繋がるんですよね。

千葉:ぜひ詳しくお聞かせください。

西垣:AIは今、すごいブームですよね。しかし実は、AIのブームというのはこれが3回目なんです。

第1次ブームは1950年代から60年代で、私も当時はまだ学生でした。それは日本にはあまり影響しなかったんですが、1980年代の第2次ブームは、日本も非常に盛り上がったんですね。

私はちょうどその頃スタンフォード大学にいたものですから、その渦中にまきこまれました。専門家の思考をシミュレーションする「エキスパートシステム」を考えた先生が、私がいた学部の学部長だったんですね。

日本では、その頃第五世代コンピュータ2というものが出てきました。これは戦後日本のIT産業のなかで最大の国家プロジェクトで、私もスタンフォードから帰って一時期参加したこともあったんですが、見事に失敗したんです。技術的には成功したものの、実際の産業ではまったく応用されずに終わった。

当時の技術者たちは、「なぜダメだったんだろう」と悔しがったのですが、ご存知の通り、そのあと覇権を握った本当の「新世代コンピュータ」は、つまりパソコンとインターネットだったんですよ。

昔は「メインフレーム」と呼ばれる大型のコンピュータの中で計算をやっていましたが、第五世代コンピュータはその延長です。でも、本当にイノベーティブなシステムは、小型のパソコン群とそれをむすぶインターネットだった。それが90年代から2000年代に一気に広まって、現在に至るわけです。

 

千葉:大規模システムで集約的に計算するんじゃなくて、個人向けのコンピュータをネットワークでつなぐという発想が、結局は新しいパラダイムだったんですね。

西垣:どうしてそうなったのかを考えてみたいんです。私の周囲にも、第五世代プロジェクトに関わっていた技術者はたくさんいました。彼らとしては非常に心外ですよね。なぜ失敗したんだろう、っていう思いが当時ありました。大変な予算をかけてやったわけですし。

現在のAIブームは、はっきり言って米国の後追いですが、その第五世代コンピュータは、少なくとも日本オリジナルのものを作ろうとしたわけです。それが失敗した理由をちゃんと考えないといけないだろう、という思いが私にはまずありました。

第五世代コンピュータというのは、「知識命題」にもとづく自動的な推論操作を突き詰めて、高速化していくことに真正面から挑戦したプロジェクトだったんです。

知識命題というのは例えば、「こういう症状が出たら、この人はこの病気にかかっている」というふうに医者が結論を出したり、あるいは法律家が「こういう事件を起こした場合はこういう罪になる」と判断したりするような、そういう推論の基礎になる命題のことです。エキスパートの専門知識を、コンピュータの中で自動的に組み合わせて答えを出すという考え方ですね。

しかし、人間の専門家は単に純粋な論理処理をやっているだけじゃなくて、実はそこに総合的な判断とか直感とかを織り交ぜているわけです。医者も、こういう症状が出たら100%これだって言うわけじゃなくて、いろいろ試行錯誤しながら診断しますよね。全部を自動的に判断しても、出てくる答えが正しいとは限らないわけです。

1) カンタン・メイヤスー(Quentin Meillassoux):1967年生まれのフランスの哲学者。パリ第一大学准教授。近年注目されている新しい哲学のムーブメント「思弁的実在論」の中心人物の一人とされる。

2) 第五世代コンピュータ:1982年から1992年にかけて、当時の通産省が取り組んでいた人工知能開発の国家プロジェクトにおいて、開発目標とされたコンピュータのこと。プロジェクトには約570億円が投入され、機械翻訳システムなどの開発が目指されたが、目標を達成できなかった。

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