コラム

水を飲めず、MOMも受け取れないロシアW杯選手たち

2018年06月25日(月)17時01分

アラブ世界を代表する選手、エジプト代表のムハンマド・サラーフ(モハメド・サラー) Lee Smith-REUTERS

<断食中だったかもしれないサウジ人選手、制裁でナイキにスパイク提供できないと言われたイランチーム、2026年北米大会や2022年カタール大会に影響するアラブ情勢......ムスリムがサッカーをするのはこんなにも大変>

サッカー・ワールドカップ(W杯)・ロシア大会が6月14日からはじまった。栄えある開幕戦はグループAのロシア対サウジアラビアであった。結果はロシアが5対0で大勝。実はこの日はロシアを含む世界各国でラマダーン月の終了に当たっていた。ご存知のとおり、ラマダーン中は日の出から日の入りまでムスリムは一切の飲食を断たねばならない。

試合開始時間は予定だと夕方6時だったので、試合途中から水を飲むぐらいできるようになるのかと思っていたら、試合会場のあるモスクワだと日没は何と夜9時。断食を守る敬虔なサウジ人選手は試合終了まで水も飲めないことになる。

もちろん、イスラームでは旅行中の場合、断食期間をずらしてもいいとされており、代表チームの選手が試合中に飲食をするのは可能なはずだがが、ムスリムを含む世界中の人びとが注視するなかで、水をがぶがぶ飲むのは勇気が必要であろう。これまでも多くのムスリム選手が練習中、試合中にかぎらず、断食を遵守していることが報じられている。

たとえば、W杯前の親善試合のことだが、チュニジア代表がポルトガル代表と試合を行っている最中、突然チュニジアのゴールキーパーが倒れ、治療を受けるという事件があった。実はキーパーが倒れたのはちょうど日没の時間に当たっており、この「治療」中に他の選手たちは急いで水分や食料を補給していたのである。つまり、キーパーが倒れたのは仮病で、治療と称して断食明けの食事(イフタール)を摂っていたということだ。

サウジ人選手がロシアとの試合中、断食していたかどうか確認はできなかったが、そのまえの準備期間中の体調管理を含め、選手たちの多くが困難な状況にあったことは容易に想像できる。実際、2試合目のウルグアイ戦では、敗れはしたものの、0対1と善戦している。ウルグアイのほうがロシアよりFIFAランキングは上なので、やはり断食が影響したのだろうか。

今大会ではムスリムが多数を占める国からも代表が送られているが、今のところ勝利したのはイランとセネガルだけである(ただし、イランが勝ったのは同じムスリム国のモロッコ)。

開幕戦の直前にサウジ皇太子が軍事作戦開始

ちなみに、初戦で大敗したサウジアラビアだが、大会開始直前、サウジアラビア主導のイエメン正統政府支援のためのアラブ有志連合軍は、シーア派勢力フーシー派が制圧しているイエメン西部の要衝、ホデイダ奪還のため、大規模な軍事活動「黄金の勝利」作戦を開始していた。

そんな緊迫したときに、作戦の事実上の最高責任者であるサウジのムハンマド皇太子(国防相兼任、以下MbS)はボロ負けしたロシア戦を観戦するため、わざわざロシアにまでいっているのだ。

サウジのトゥルキー・アールッシェイフ総合スポーツ委員会議長(スポーツ大臣に相当)は、代表チーム大敗を受け、YouTube上で「彼らはわたしの顔に泥を塗った。皇太子およびスポーツ・ファンのまえでわたしはこの結果の責任を負う」と謝罪した。彼は、MbSが進める社会改革を現場で指揮する側近の1人だが、今回の大敗で、彼への批判が高まる恐れもある。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界EV販売は年内1700万台に、石油需要はさらに

ビジネス

米3月新築住宅販売、8.8%増の69万3000戸 

ビジネス

円が対ユーロで16年ぶり安値、対ドルでも介入ライン

ワールド

米国は強力な加盟国、大統領選の結果問わず=NATO
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story