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小さな優しさの積み重ねが、世界を変える──《青春ブタ野郎》シリーズ

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない (電撃文庫)

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない (電撃文庫)

《青春ブタ野郎》シリーズは、ダブルヒロインのうち「どちらかをちゃんと決める辛さと責任」までを描ききる男女の恋愛模様に加えて、創作者たちの共同生活を通して才あるものと凡庸な者の対比、クリエイターの業まで描き出した青春群像劇『さくら荘のペットな彼女』や、『Just Because!』の全話アニメ脚本でもある鴨志田一の現在進行系のシリーズである。もともと評判はよく、さくら荘もJBも大好きなだったので、この三連休をきっかけとしてガッと既刊を全部読んだのだが(今のところ8巻まで出ている)これが安定して素晴らしい出来で、たいへんおもしろかった。

他人から注目されたくないと願っていたら自分の存在に周囲の人が気づかなくなりはじめたり、嫌なことを回避したいと願ったらループがはじまったり──といった思春期の悩みや葛藤といったものがSF的事象として結実してしまう、「思春期症候群」と名付けられた現象が存在する世界を舞台に、少年少女たちが抱える平均からすると重めな葛藤を描き出していくこのシリーズ。扱われているネタはループとか、タイムトラベルとかのSFとしては非常にオーソドックスなもので、泣かせにくる演出とかも「あるある」といった感じなのだけれども、とにかくその魅せ方が異常にうまい。

物語の構造的に類似しているのは西尾維新の〈物語〉シリーズだろう。〈物語〉シリーズはヒロインと主人公の阿良々木くんに取り付いた怪異が彼らの生活を取り巻く問題を深刻化(あるいは表面化)させ、阿良々木くんが一話一ヒロインをだいたいズタボロになりながら解決することでコマしていく話なのだが、こっち(《青春ブタ野郎》シリーズ)はそれが思春期症候群に変わった形になる。1巻1ヒロイン構成についても概ね同じで、そのおかげで話が連続しているにも関わらずシリーズ作品にはナンバリングタイトルがついていない(その巻のメインヒロインが書名を飾っているのだ)。

ざっと全体像を紹介する

1巻はその存在が周囲の人から認識されなくなりつつある人気女優である桜島麻衣と、その同じ高校に通う後輩梓川咲太の出会いと問題の解決を描き、2巻ではとある事象からの逃避行動からループに陥ってしまった後輩少女を手助けするうちに惚れられてしまい──と思春期症候群と絡めてキャラクタを掘り下げながら進行していくのだが、毛色が変わるのが第5巻『青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢を見ない』。

何が変わるって、おるすばん妹とは主人公梓川咲太の妹のことなのだが、かつてひどいイジメにあったことで解離性障害を発症し家から出れない(電話に出るなどのストレスのかかる行動をとると熱が出て身体に痣が浮かび上がってくる)という、思春期症候群を解決してもどうしようもない問題がテーマなのだ。ガチの精神病患者なので、一発逆転のような解決策はない。まずは電話を出れるようになり、一度寝込み、私服に着替え、外に出る前に長時間葛藤し、一歩外に出ただけで気絶しそうになる。

そうした試行を重ね、少しずつ外に出ることができるようになる回復の過程が地道に描かれていく。外に出れるようになったとしてもそれは一つの課題のクリアであって、空白期間をどう埋めるのか、学校に行くのか、迫る高校受験はどうするのか──といった課題は山積みで消えることがない。本作の特徴の一つは(妹の件に限らず。女子同士の微妙な力関係だとか、SNSイジメの描写がやけに細かいのもいい)そうした現実に起こり得る複雑な課題に対して、安易な解決をもたらさないところにある。

実際、妹の話はこの巻だけで終わらず、6、7、と継続して語られていき、8巻『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』では再度のメインとして(この構成もまたうまいんだが)登場し、妹の別側面を取り上げながら、「高校進学をどうするのか」という重い問題に立ち向かうことになる。定時制に(成績的にも精神的にも)無理していくのか、はたまたそれよりかは通信制がいいのか。通信制にはどのような生徒たちが通っているのか──現実と地続きのテーマで、あまり物語内で語られるものではなかったとしても、本作では丁寧にそのあたりの葛藤を取り上げていくんだよね。

フライングしたが6巻『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』と7巻『青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない』は物語の第一部終了&大ネタの巻で、妹のイジメと同時期に出た梓川咲太の身体に出ていた大きな傷(思春期症候群によるもの)と、そのきっかけとなった初恋の少女との時を駆けた事件が展開する。これがまた実にオーソドックスな形の時間SFだが、やっぱり最初に書いたように魅せ方がうまい。

ここまで丹念に一人あたり1巻を費やして存分に描いてきたキャラクタがいるぶん、時間SFによくある葛藤(悲痛な未来を避けるためAという行動を起こすとBという惨劇が起こるので、どちらかを選ぶ必要が出るなど)が強烈に引き立つのもあるが(ノベルゲームとかはその構造上ループ物が有利なんだけど、プレイ時間の長さもそれに拍車をかけてるよね)それまで仄めかされてきた要素がここにきてすべてが収束していく伏線回収の端的なうまさがあって、ここまでくると無言で拍手するしかなかった。

おわりに

あと、これはずっと鴨志田一作品に共通している要素ともいえるが、主人公の在り方がね、またいいんだよね。人生にはどうしようもない挫折があって、時にそこから立ち直ることがひどく困難な時もあるけれど、目に入った募金活動にお金を入れたり、妹のために日々リハビリにつきあい、「ありがとう」と「大好き」を日々いうようにして──、そうした”小さなやさしさ”の積み重ねが人の気持を動かして、最終的にはもっと大きな世界を変えることも変えないこともあるんだ、っていう描き方は、”ただすべてがうまくいく”というメッセージよりも、何倍も優しいと思うのだ。

『一回、数百円の募金で誰かを救えるとは思っていない。今すぐに救いたい身近な誰かがいるわけでもない。でも、その小さな積み重ねが、誰かを救うこともある。』7巻というのはキャラだけでなくテーマ的な意味での総決算感もあり、何度読んでも(これを書きながらまた読み返していた)うまいよなあと感嘆してしまうのであった。そして新展開がはじまる続く8巻では、小さな善意が変えた世界が、誰かにとっては大きな問題になっているかもしれないという視点も出てきて、続刊への期待がいよいよ高まるのであった。またオリジナル・アニメ脚本もみたいよなあ。

個人的には妹の社会復帰回である5巻と8巻が好きだ。

青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない (電撃文庫)

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