LIVESENSE Data Analytics Blog

リブセンスのデータ分析、機械学習、分析基盤に関する取り組みをご紹介するブログです。

「UXデザインが総論賛成、各論疑問になる理由」とプロジェクト設計で意識したい3つの条件【前編】

 テクノロジカルマーケティング部 データマーケティンググループにてUXリサーチャー/UXコンサルタントをしている佐々木と申します。普段は、UXデザイン(以下、UXDと略記)に関するプロジェクトを事業部横断で支援する業務についております。

 リブセンスでは、サービスの戦略レイヤーや主要機能と結合度の高い領域について機械学習を適用することに挑戦しており、データマーケティンググループは、UX担当とアナリティクス担当が並存しているグループになります。

グループとしての取り組みは、こちらの記事等もご参照下さい。 「競争優位性構築のための人間中心機会学習〜CVRからUXへ〜」

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 私は、UXDを社内に普及する立場であり、かつ、UXDがビジネスに必要な要素であると強く認識しておりますが、全てのプロジェクトにUXDを多くの時間を掛けて取り組むことが適切な姿であるとは考えておりません。今回、まず社内で陥りがちな「UXDが総論賛成、各論疑問?に陥りやすい理由」を述べ、次いでUXDのプロジェクトを選定する時に意識したい条件について”学びほぐし”も兼ね整理してみます。

1.UXDが総論賛成、各論疑問?に陥りやすい理由

 まず、多くの企業では、UXDの業務は「総論賛成、各論疑問?(反対するまでではない)」の状態になっている事が多いと推察します。私自身も新規事業や新商品・サービス開発を担当する当事者として、そのような場面を何度か経験してきました。また支援する立場になり周囲の話を聞いても「UXDの必要性は理解してもらえたが、どこまでの工数と時間を掛けるのが適切なのかが判断できず、実際のプロジェクトでは見送られている事も多い」と聞きます。ここでは、まずその理由と対応の考え方について整理します。

1.1 UXDが総論賛成の理由

  プロジェクトマネジメントやサービスデザインの分野でも多く述べられておりますが、ここでは図1.1に示した様に事業を「ヒトの視点(ユーザー要件)」「モノの視点(技術要件)」「ビジネスの視点(ビジネス要件)」で整理して考えます。この時、事業が成功する条件は、その3つの円が重なる中央の★印に辿りつけた時になります。その時「ヒトの視点(ユーザー要件)」が満たされることは必須なので、UXD(人間中心設計、以後HCDと略記)は反対はされずに総論賛成になり易いと理解しています。

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図1.1事業を構成する3要素

1.2 UXDが各論疑問になる理由

 次に、総論賛成になりながら各論疑問になる理由は「UXD(HCD)のアプローチのみが事業が成功するアプローチでは無く、UXDの選定と適切な設計ができていないから」だと考えてます。

1.2.1 UXDが事業が成功する唯一のアプローチではないから

 事業が成功するためのアプローチは様々です。例えば

  • ビジネス視点で、流行りのビジネスモデルを起点に、自社が強みとする経営資源(アセット)と組み合わせて新事業・新サービスに取り組む
  • モノ視点で、技術イノベーションを目指し、今流行りのブロックチェーンやAI(深層学習)等を軸に新規事業・新サービスに取り組む
  • ヒト視点で、ユーザーの未解決の課題を発見しその課題を起点に新規事業・新サービスに取り組む

等、が挙げられます。実際は、3つの視点を個別に進めるというより、平行しながらその比重を変えて進めることになります。

 サービスデザインの分野でも図1.2.1の様に、3つの視点で平行して調査を進めサービスをデザインします。実施のプロジェクトでは、3つの視点で平行しながら、時には戻りながら、多様なアプローチで進めることを推奨しております。

 また私の経験では、サービスデザインの領域外のプロジェクトにおいても図1.2.1の様に、3つの視点で平行しながらプロジェクトを進めることが多いです。その場合も可能な限り初期の段階からユーザー要件の理解を深めることは効果的ではありますが、初期より深いユーザー理解をすることだけが唯一絶対の方法ではありません。3つの視点を平行しながらバランスをみてユーザー理解に掛ける工数を見極める必要があります。

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図1.2.1.サービスデザインにおける3つの視点と5つのステップ ※千葉工業大学 安藤教授「サービスデザインとUXDそしてデザインプロセス」資料より

1.2.2 UXDの選定と設計ができていないから

 前節で3つの視点を平行しながらバランスを見てプロジェクトを進捗することをお勧めしましたが、ユーザー調査の必要性や工数を見極める為にプロジェクトの対象となるUXの範囲を意識することも有効です。UXの範囲の一事例として、図1.2.2に示した4つのUXの期間モデルを用いて対象となる範囲について考えてみます。

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図1.2.2 UXの期間モデルと異なる視点  ※2011年2月:Use experience Paper,HCD Value:”UX白書の翻訳と概要”資料を元に作成

 図1.2.2には、UX白書でも述べられている時間軸で変化した4つのUXの期間モデルと、それぞれの期間モデルを業務の中で述べやすい担当者の関係を整理してみました。この図に示した様にUXと一言で言っても、語る人により、該当する範囲の認識がずれていることが多くあります。

 例えば、営業の方や、SEO担当者が述べるUXは、実際の経験をする前の”想像された経験”である「予期的UX」であることが多いと言えます。営業の方は、まだ実現していないサービスや製品に対するユーザーの声であることが多いと思います。また、SEO担当者は、ネットを通じて情報検索をする際に、求める情報に行き着く前の行動や心情が対象になりますので「予期的UX」が主な対象になると言えます。

 次いで、UI/UXデザインの担当者は、ユーザーインタフェイスを使っている瞬間である「瞬間的UX」、サービスデザインの担当者は、"瞬間的UX"が連続したエピソードとしてサービス設計をすることが多いので「エピソード的UX」、ブランドデザインの担当者は、各種サービスの”エピソード的UX”を積み重ねることによりブランド価値の向上を目指すことが多いので「累積的UX」を中心に語られる傾向があるといえます。

 よって、UXに知見がある人々が集まったプロジェクトであっても、今回のプロジェクトで対象がどの範囲のUXが該当とするのか?を確認する必要があります。また、確認した結果、全てのUXが対象だとしても、第一歩として取り扱うのはどの範囲なのかを選定し、ステップを分けてプロジェクトを設計できると、より適切な工数を導き出すことがし易くなります。

 このUXの範囲を不明確なままにしてプロジェクトを設計すると、全てのUXが対象になり、ユーザー調査に必要な工数が重くなる傾向があります。またブラックボックスになりますので、必要性の判断がより難しくなり、UXのプロジェクトがより疑問となり易いと考えています。

 UXDの選定や工数を判断する為の材料として図1.2.2の4つのUXモデルの事例を紹介しましたが、その他にも1.2.1節で述べた、ビジネス視点・モノ視点・ヒト視点のバランスをみることや、次に述べる重視したい3つの条件、等も考慮して検討することになります。今、弊社はその知見を実務ベースで蓄積している状況です。

2.UXDのプロジェクト設計で意識したい3つの条件と事例

 先にUXDを取り組むにはプロジェクト選定と設計が肝になると述べましたが、ここではUXDのプロジェクトを選定し設計する際に意識したい3つの条件と、その事例を紹介します。

現在、私たちが取り組んでいる中で意識している条件は3つあり

  • <その1>サービス・ドミナント・ロジックを中核とするサービスかどうか
  • <その2>潜在ニーズを探る必要性の有無
  • <その3>改善・改良を目的とした既存事業・既存サービス

になります。

2.1 <その1>サービス・ドミナント・ロジックを中核とするサービス

 まず始めに、サービス・ドミナント・ロジックを中核とするサービスを挙げます。 ここでは、図2.1のグッズ・ドミナント・ロジックとサービス・ドミナント・ロジックの概念を用いて説明します。これは、HCDがその一部の概念として採用されているサービスデザインの核となる考え方です。

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図2.1 サービス・ドミナント・ロジック ※富士通総研「企業の競争力を高めるICTの新たな活用法とマネジメント 第2回」の図を元に作成

 近年のビジネスは、インターネットの普及や通信・流通のインフラの発展に伴い、 「モノ」を購入し所有することに価値を置いたビジネスから、所有せずシェアする等の「利用体験」に価値を置き費用を支払うビジネスに流行がシフトしていると言われております。

 この従来の「モノ」売り主体のビジネスをグッズ・ドミナント・ロジックと言い、「モノ」と「サービス」は単独で扱われており、お金と交換して所有することによりビジネスが成立します。

 これに対してサービス・ドミナント・ロジックは、「モノ」は「サービス」の構成要素の一つで一体であると考え、顧客はサービスを利用する体験そのものに価値を感じ、対価を支払うことによりビジネスが成立します。

 この分類を用いて、該当する事業がグッズ・ドミナント・ロジックの事業・サービスなのか?、サービス・ドミナント・ロジックの事業・サービスなのか?を判断し、後者のユーザーの体験価値を差別化要因とする事業・サービスを、UXDを用いる対象とした方が成果をあげやすいプロジェクトを選定できます。

 また、現状は前者のグッズ・ドミナント・ロジックの事業であっても、今後目指す理想的な事業の姿としてサービス・ドミナント・ロジックを志向する場合もプロジェクトの対象とすることができます。ただしこの場合は、新しい事業を推進する為に事業構造改革が必要になりますので、より難易度が高くなります。

 弊社はWEBサービス事業を展開しており、基本的に全てこのサービス・ドミナント・ロジックの条件に該当するサービスになります。よって、追加の条件として、前述したUXの範囲や、後述の2条件も含めて、プロジェクトの選択や設計をします。

 例えば、対象とするUXの範囲の事例では、「ブランドやユーザーがサービスを利用するコンテキストは既に明確になっており、UI/UXに代表される「使いやすさ」を重視したUXリサーチを対象とする」のか「WEBサービス外までの領域まで含めて新たなブランドコンセプトとなる体験価値を見つけることを重視したUXリサーチを対象にする」のか等が考えられます。プロジェクトの目的を明確にすることにより更に詳細な検討が可能になります。

2.1.1 サービス・ドミナント・ロジックに必要なリサーチ手法

 サービス・ドミナント・ロジックの事業にUXDのアプローチが有効な理由の一つに「従来成果を挙げてきたリサーチ手法が限界になっている」ことを挙げます。

 前者のグッズ・ドミナント・ロジックの事業・サービスにおいては、顧客の購買履歴を中心とするマーケットリサーチを行うことにより、効率的な事業判断を行えてきたとも言えると思います。

 しかし後者のサービス・ドミナント・ロジックの事業においては、従来のマーケットリサーチのみでは限界があります。あるサービスを利用した体験は、人によって得る体験価値は異なるため、従来のマーケット(購買履歴)を中心とした購買特性の調査のみでは差別化要因となるユーザーの体験を確認することはできないからです。サービスを利用する利用文脈(コンテキスト)や体験価値まで踏み込んだ調査(UXリサーチ)がより重要になります。

 また、同じUXリサーチでも、前述した様に対象となるUXの範囲が異なると手法を変えることが多いです。例えば、UI/UXデザインの「使いやすさ」を対象とするリサーチ、WEBサービス外の体験価値まで含めて対象とするリサーチ、では手法を変えて用います。後者の方がより広範囲の深いユーザー理解が必要なので時間と工数が掛かる傾向があります。既に述べていることと重複しますが、どの様なUXを対象とするかによって、リサーチの手段や必要な期間は変化しますので、プロジェクトの選定や設計をする際に重要になります。

3. 前編のまとめ

 以上、「UXDが総論賛成、各論疑問になる理由」、及び、UXDのプロジェクトを選定する時に意識する3条件の一つ目である <その1>サービス・ドミナント・ロジックを中核とするサービスかどうか、について述べさせて頂きました。

 前述しておりますが、弊社は、基本的に1つめの条件であるサービス・ドミナント・ロジックを中核とするサービスに該当しますので、実務では残り2つの条件を追加で検討することによりプロジェクトの選定と設計をすることが多いです。

 次回以降に社内で取り組んでいる事例と共に、残る2条件

  • <その2>潜在ニーズを探る必要性の有無

  • <その3>改善・改良を目的とした既存事業・既存サービス

について述べさせて頂きます。