いつだって出町柳の鴨川デルタに助けられている

著: ゆりりー 

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十八の春、大学進学のために初めて訪れた出町柳。京阪電車の京都側の終点であることは知っていたけれど、行ったことはなかった。期待感とすこしの不安を持って駅の薄暗い階段を上ってゆく。地上に出るとぱっと明るくなる。目の前には立派な橋と二本の川が交差する。川に空の色が反射してキラキラしている。桜の花が色めいている。人がたくさんいて、心なしかみんな浮ついた表情をしている。

なんだか素敵なところに来ちゃったな。
京都のことはすこしも知らなかったけど、そんなふうに思った。

それから十年近くが経つけれど、わたしはそこに住んでいる。
一年前に夫(当時は彼氏)と「川のそば」という条件で家をさがしていた。大学生のときも新卒のときも川のそばに住んでいて、その風景がとても気に入っていたから次も同じがよかった。そして何気なく見つけた築五十年の古民家。玄関の扉を開けたその瞬間から良い家の空気が流れていた。一目で気に入ってその場で申し込みをした。狙ったわけではないけれど、そこがたまたま出町柳だった。

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初めての一戸建てだったので地域にうまく馴染めるか不安だったけれど、地蔵盆や運動会などの行事に参加していると自然と仲良くなれた。近くに住んでるおじさまの家で鍋をしたり、小学生に変なあだ名で呼ばれるようにもなった。祇園祭や下鴨神社のみたらし祭などのお祭りにたくさん行った。何気ないことだけど、通勤時に鴨川沿いを自転車で走れるのが楽しかった。

最近の休日といえば〈出町座〉に夢中である。去年の十二月にできたばかりのミニシアター。今まで映画は年に一度見るかくらいだったのだけれど、不思議と月に二回くらいは見ている。ちょっと気になる作品があれば、そこまで興味がなくともふらっと見に行ける身軽さ。わたしの人生でこんなに映画に行くなんて思いもしなかったな。徒歩圏内に映画館のある暮らしってこんな感じなんだ。

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出町座があるのは出町桝形商店街の中。ここがまた最高なんだよね。「今日も元気だ!」なんてキャッチ、なかなか思い浮かばないでしょう。この商店街では出町ふたばの豆餅や、満寿形屋の鯖寿司が人気だけど、わたしのお気に入りといえばなんといっても〈鳥扇〉というかしわ専門店。なぜかは分からないけど京都では鶏肉屋さんとお肉屋さんが別で、ここは鶏肉屋さん。

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ここの唐揚げがなんともおいしい。朝引という、その日の朝に絞めた鶏肉だそう。レバーなんかも食べてみたいけれど、唐揚げがおいしくてついついこっちを買ってしまう……。

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それから、豆腐屋さんの〈いづもや〉もお気に入り。お豆腐や厚揚げのほかにちょっとしたお総菜なんかも売っている。揚げだし豆腐がおいしくて、よく晩御飯のおかずにしている。それからなぜかコロッケも売っている。しっかりとしたお芋の味がほくほく。こしょうがピリッとしていてこれがまたうまい。タイミングが良いと目の前で揚げてくれたりする。その日はラッキー。

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何を買えばいいか悩んだときは、お店の人と会話する。マンションが並ぶような住宅街で育ったこともあり、日常の買い物でコミュニケーションをすることが新鮮だった。かつてほどの活気はないそうだけど、出町枡形商店街には人々のキュートさが詰まっている。今日も元気だ。うれしいね。

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なんだかむしゃくしゃしたときには、自転車で十分くらいのところにある大文字山に行く。ここでトレイルランならぬ、トレイルさんぽをする。山を走るなんて賢者のすることだと思っていたけれど、なんならジョギングより気楽。平らなところだと走り続けないといけないけれど、山はそもそも走っては登れないから歩いていいし、なんなら休憩もする。秋に行ったときは紅葉が美しかった。

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登りきったらこっちのものだ。右に左に、ぴょんぴょんぴょんぴょん弾みながら駆け下りる。このときだけは子どものようになる。気分はキャンプ場のアスレチック。転ばないように注意しながら、スピードを上げていく。脚の裏に土を踏む感触と、街では感じない草の香り。山を下りたころには嫌なことは忘れてしまう。わたしは何に悩んでいたんだろう。

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そこまで自然が近い場所だと何かと不便なんじゃないの?と思われるかもしれない。けど自転車で十五分ほどで繁華街に行けるし、京阪電車一本で大阪市内にも出られる気楽さもある。京都大学が近くにあるおかげで、安くておいしいごはん屋さんやチェーン店も一通りある。京都というと排他的なイメージがあるかもしれないけれど、大学生や留学生がどんどん入れ替わっていくからか一度もそう感じたことはない。街の程よいにぎやかさと、自然が近いことと、都市部へのアクセスのバランスが絶妙に良くて居心地がいい。

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それからやっぱりデルタ、なんだよな。商店街で買ったものを食べ歩くのでもいいけど、デルタで食べるのが楽しい。おいしいパン屋さんがいっぱいあるからそれを食べるのでもいい。LIGHT UP COFFEEで買ったコーヒー片手に本を読むのもいい。ほんとはコンビニのビールが一番多いんだけどね。暖かくなってくるとこれでもかというくらいトンビが飛んでいるので、食べ物を取られないようにちょっと隠しながら食べる。

デルタはわたしの日常における余白のようなものだ。通りがかったついでに寄って、何をするでもなくぼーっとしている。川辺でトランペットや三味線の練習をしているのを聞きながら考え事をしたり、ただスマホを眺めたり……。夫ともここでよく話をしている。五分いても数時間いてもいい。目的がなくても受け入れてくれる空間がわたしを豊かにしてくれる。

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ここには大学時代の思い出も、社会人になってからの思い出も、これでもかというくらいある。

大学に入学したてのころに将来について夜通し話したこと、CLUB METROで遊んだあとの手持ち花火、仕事がうまくいかなくてさめざめ飲んだお酒、両親に彼氏を紹介したあとの涼しい夏の夕暮れ、それからプロポーズを受けた、あのデルタ。

 

時々怖くなる。大学の同級生たちは、会社を始めたりフリーランスとして独立したり海外で働き始めたりしている。一方でわたしは、昔と同じ場所で同じように自転車で行ける範囲の暮らしをしている。

自分だけが昔にしがみついているんじゃないか。
前に進めていないんじゃないか。

同い年ぐらいの人たちがうまくやっているのを知るたびにざわざわとした気持ちになる。

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でも、出町柳に住んで、鴨川沿いを自転車で通勤して初めて知ることだってたくさんある。例えば夏至を過ぎたあたりの、だんだん暗くなっていく山々の稜線を背景にサックスを練習する音が聞こえてきたときのたまらなさ。例えば寒くなってきたある日に頭の上を冬の渡り鳥であるユリカモメが飛んでいって、それが冬一番を告げているという絵の美しさ。日常の何気ない瞬間がこんなにたくさんの色に満ちているなんて。一度はどこかで見ているはずなのに今まですこしも気づいていなかった。

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日々にみずみずしい発見があって、それを気持ち良いと思えるならそれでいいじゃないか。他人と比べる必要はない。それにわたしだって新しい挑戦のために仕事を辞めて、自分なりに前に進んでいる。とどまっているのではなく、自分のやりたいことを叶えていったら出町柳に住んでいた。わたしは全力で、京都に住み続けることを楽しんでいる。

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四月のデルタは、毎年恒例の景色として大学のサークル新歓用のブルーシートが敷かれている。桜の開花が早かったから、今年入学の子たちは桜のない新生活だったのかな。そんなことを考えながら十八歳の初めて出町柳にやって来たあの日の自分を思い出していた。

これからもずっと出町柳に住むかはまだ分からない。けど、どんな所に住もうともデルタのことは一生忘れられないだろう。

 

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著者:ゆりりー

ゆりりー

京都で働くデザイナー。ライターやWeb実装もやっています。 京都、物件、おいしいもの、自転車、山などが好きです。

Twitter:@yulily100 ブログ:ゆるりデザイン研究所