基本読書

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共感によって繋がった"悪の勢力"vs賄賂も脅迫も通用しない選りすぐりの"善の勢力"──『マルドゥック・アノニマス』


能力者同士の”勢力”間の争いを描いてきた『マルドゥック・アノニマス』もついに第三巻。一巻も二巻もドチャクソおもしろかったけれども、三巻はその遥か上をいく面白さだ。二巻ですでにギア・フルスロットルだと思っていたが、あれはまだまだ序の口であった。三巻に至っては、アホほどおもしれえ、なんだこれはなんだこれは……と呆然としながら読み進めてしまった。おもしろすぎて頭痛がしてくるぐらいだ。
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この『マルドゥック・アノニマス』については、すでに『マルドゥック・スクランブル』全三巻、『マルドゥック・ヴェロシティ』全三巻の冊数を超えていくことがもう確定しているわけだけれども、現時点ですでに、冲方丁のすべての作品を合わせた中でも最高傑作になるんじゃなかろうかと期待してしまう(いや、アニメ脚本もゲームシナリオあるしシュピーゲル・シリーズもあるし、”最高”を何か一意に定める必要も感じないんだけれども)。それぐらいにこの三巻には興奮させられてしまった。

ざっとシリーズ全体について紹介しておく

いちおうざっとシリーズ全体について紹介しておくと、舞台となるマルドゥック・シティには科学技術によって特殊能力を植え付けられた”強化された存在(エンハンサー)”がおり、物語で一貫してその中心に位置するウフコックは、そんな科学技術によって生み出された、知性を持ちどんな武器や道具にでも変身できる万能道具だ。

『マルドゥック・スクランブル』では元娼婦の少女にして後に高度な電子干渉能力を持つバロットがウフコックの相棒となり、彼女が一度死にかけるきっかけとなった事件と男の秘密を追うことになる。『マルドゥック・ヴェロシティ』は、スクランブルの前日譚であり、ウフコックの前の相棒だったボイルドとこのこの街の物語だ。

『マルドゥック・アノニマス』では、舞台をスクランブルから2年後に移し、死にかけ、自身の存在意義に悩むばかりだったバロットも無事安定した生活を取り戻し学校に通う日々がかえってきている。だが、ウフコックおよび彼が所属する合法組織イースターズ・オフィスは日夜この都市に存在する非合法な存在と戦っており、非合法なエンハンサーたちがこの都市に存在していることを示唆する情報がもたらされる。
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捜査線上に浮かび上がってくるチーム名は〈クインテット〉。そのボスであるハンターは、針状の武器を中枢神経に寄生させ”共感”をもたらす能力を持ち、”均一化”という思想に邁進しこの都市で”天国への階段”を登ろうとする、共感によって結びついた”悪の勢力”を作り上げていく。その勢力の能力者らは巻が進むごとに増えていき、ウフコックは監視用の道具、物言わず名を捨てた”アノニマス”となってハンターの周囲に散らばり、その情報を集めていく──というのが二巻までの内容で、第三巻ではついにウフコックらイースターズ・オフィスとクインテットが激突する!

 だが自分が監視していたのは、ただの犯罪者集団ではなかった。怪物の群だった。このマルドゥック市が築かれてのちの長い歴史の中でも、とりわけ強力かつ残虐で、純然たる”共感”(シンパシー)という暗黒の絆で結ばれた者たちだ。(バンド・オブ・ブラザーズ)

ハンターという最悪の敵

これまでシリーズでは少数同士の能力バトルが多かったが、ついに能力者数も50人を超え、もはや個々人による能力者バトルというよりかは勢力と勢力のぶつかりあいであり、能力者ウォーズといった感じだ。しかもその全員が固有の特殊能力を持っているのだから、一瞬先に何が起こるのかわからない/どのような横槍、未知の能力がとんでくるかわからない、ハンター☓ハンターの蟻編終盤のような緊張感がある。

それにしてもハンターというのは最悪の悪役だ。抽象的な話をするが、”悪”は基本的に悪いやつら、法でも常識でもなんでもおかして目的を遂行するやつらなので、裏切りもすればスタンドプレーも目立つ。ようは「だいたい集団戦に向かない」というか「組織に向かない」人間の集まりで、ある意味そこに善の介入する余地がある。疑心暗鬼に陥らせる、裏切りを誘発させる、金なりなんなりの利益で相反させる、そもそも集団で襲うことができない(信頼によって結びついていないから)──などなど。

だがクインテットの面々はハンターの能力によって”共感”によって結びつき、そして”均一化”の思想によって束ねられている。ハンターの強烈なリーダーシップも伴って、裏切りも疑心暗鬼も発生しない強固な”悪の勢力”が成立してしまっている。

「四十七人と八頭」
 ハンターが厳かに告げ、フラワーとコーンから周囲の人々へ目を移していった。聴衆の期待に眼差しで応える政治家か人気ミュージシャンのように堂々たる態度で。
「これが今、〈クインテット〉のもとに集うことができた者たちだ。刑務所にいる者たちも近いうちに釈放されて合流する。メリルの部下たちも俺たちと共闘する。ミスター・フラワー、ミスター・コーン。あなたがたが、この光景と俺の言葉を〈チェスクラブ〉に伝えるのだ。俺たちは市長も連邦当局も恐れない。何ものも恐れはしない。エンハンサーたる我々が、この俺と、五十八人と、十一頭が、これより一丸となって都市に戦いを挑むのだと」

 単にいくつものグループが利益で結びつき、ぞろぞろと集まってきたというのではない。ハンターという頂点に君臨する者がおり、強烈に煽動され、極端な思想の受け皿となる脅威的な集団がいた。全員が一つの方向へと導かれることで勃発する、マンパワーの奔流。

そのうえクインテットの能力者、そしてハンターの能力はどんどん”成長”していく。能力の規模が増し、新たな使い方を発明し、時が増すごとに強くなっていく。主人公サイドの特権になりがちな”成長”そして”共感”による連帯。それだけではなく、彼らの目的の一つは生きていることそのものが非合法な彼らの存在を”合法化”することだ。メタ的には”成長”と”共感”。そして最後に”法”に沿った存在となることを目指す悪。それがハンターら〈クインテット〉の脅威であり魅力なのだ。

対抗する善の勢力

もちろん善の勢力もそれに負けているわけではない。そもそも異常なやり方でハンター側はエンハンサーたちをかき集めたわけではあるが、それに対抗するべくウフコックライースターズ・オフィスはクインテットに対抗するための”勢力”をかき集める。

勢力(パワー)が必要だ」ウフコックがすぐさま主張を押し込んだ。「オフィスだけでは戦力不足でとても太刀打ちできない。この戦いに有用な人々を集めるんだ。〈クインテット〉を脅威とみなし、〈円卓〉が懐柔や圧力といった策を講じても屈せず、市長派と距離を置いておける人々。アンダーグラウンドを知悉し、政治に精通し、情勢に敏感な者。賄賂を受け取らず、偽証や欺瞞に染まることをよしとせず、悪徳を退ける信念と力を持った強い個人。そういう人材を俺やオフィスのリストからピックアップして招集するんだ」

ここで集まってくるのがこれまでのシリーズで登場してきたスタープレイヤーたちであるというのがまた死ぬほど燃えるわけなんだけれども──でもそこには一番重要な人物が欠けている。それはいうまでもなくルーン・バロット。ウフコックを最もうまく扱える最良のパートナーにして、今は平和な日々に戻っていった元娼婦の少女だ。

正直言って、アノニマスの一巻から示されている通りでもあるし、かつての相棒が一度平和な生活に戻った後、ウフコックの危機に戻ってくるとかいう、あまりにもおいしい展開が”物語上起こらないはずがない”のだけれども、それと同時に作中で描かれていく平和極まりないバロットの生活は、そうした物語上必然の展開、読者として当然望んでしまう展開を”覆して欲しい”と願わずにはいられない幸せなものだ。

 着ていく服や男の子から誘われることに悩んでいた卒業パーティも、卒業旅行も、臆することなく楽しみ、いい思い出にできるはずだった。その後のあれこれも。ロースクールを目指すという希望も。ベル・ウィングが病身だということも──誇り高い彼女のことだから、治療の副作用で尊厳が失われると判断するや、こともなげに自殺してしまいかねないこともふくめ──バロットはしっかり乗り越えるだろうと思った。どんな苦難の中でも、健やかさを損なうことなく、正しく受容の精神を発揮するだろう。
 それらはウフコックが今まさに深く関わっている場所とは別の世界のできごとだった。

シリーズ読者としてはあの伝説のパートナーが復活して欲しい、そしてこの極まったピンチをなんとかして欲しい──そう願う気持ちがある一方で、アレほど悲惨な目にあった少女にはせめて闘争と幸せで無縁な人生だけが待ってほしいと願う気持ちも同程度に湧いてきてしまう。そんな引き裂かれそうな感情が読み進めるにつれてどんどん高まっていくからこそ────”くるとわかっている”、”だが、いつくるかわからない”その時を待つのがたまらなく楽しいのだ。かつてバロットを救ったウフコックが反転(ターン)して、ウフコックがバロットによって救われるであろうその時が。

おわりに

はい、というわけで、アホほどおもしろいのでみんな読んでください。本当に最高なので。ついでにSFマガジンで連載も読んでください。

マルドゥック・アノニマス 1 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・アノニマス 1 (ハヤカワ文庫JA)