『パスタを巻く』 静かに波打つ言葉


社会
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『パスタを巻く』トーマ・ヒロコ著 ボーダーインク・1620円

 “パスタを巻く”

 この何とも気なるタイトルは、まさに食べ終わりそうなお皿に残った1本のパスタのように表紙にくっついてこちらを見ている。その横に小さくたたずむ著者、“トーマ・ヒロコ”という名前を初めて見た時、ウチナーンチュの方の印象よりもむき出しのコンクリートに映し出された影のように静かでモノトーンな風景が浮かんだ。

 彼女は10代半ばから詩を書き始めていた。3冊目となる本作には、彼女が本格的に大学で文学を学び、卒業後本に関わる仕事がしたくて数年東京に暮らした後、故郷沖縄の地で会社勤めという多忙な日々の中でつづられた彼女の10年間が27編の詩となって収められている。

 彼女と同じ場所にいないのに、分かる分かるとうなずいてしまう人間関係や、肩の力が抜けてクスッとする瞬間がある。時折顔を出す沖縄の風景、故郷への愛と疑問、忘れてはならないあの日のこと。いつの間にか彼女の少し後ろで同じ風景を見ているように引き込まれてく。SNSで発信してしまえばもう思い返すことがなくなるような細かい心の動き、温度、あの時の痛みや気恥ずかしさが1滴ずつためた雨水のように大切に描かれている。

 読み進めていくうちに、いつしかモノトーンなイメージの彼女に鮮やかな色がついていくようだった。

 また3部構成のそれぞれの最後は、彼女が所属するゴスペルチームでのコンサートで朗読された詩を含め、信仰を持って書かれた作品で締めくくられている。それは他の日常を切り取ったものとは異なる光と力強さを放っているように思える。誰もが時に押しつぶされそうになる自身の弱さや醜さと、全ての人への神のあわれみと愛、神からの赦(ゆる)しが分かりやすい視点で描かれている。

 読み終えて目をあげると、少し長かった梅雨を終えた沖縄に強烈な日差しが降り注いでいた。ひどく蒸し暑い空気の中で彼女の言葉が静かに波打つのを感じた。今日も彼女はゆっくりゆっくりパスタを巻きながら、日々の機微をつづっているのだろうか。  (木村華子・シンガーソングライター)

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 トーマ・ヒロコ 1982年浦添市生まれ。沖国大日本文化学科卒業。詩集『ひとりカレンダー』で第32回山之口貘賞受賞。詩集に『ラジオをつけない日』、エッセー集『裏通りを闊歩』がある。

 

パスタを巻く―詩集
パスタを巻く―詩集

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トーマ・ヒロコ
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