日本の女性リーダー比率は先進国でも圧倒的に低い。
撮影:今村拓馬
職場でのヒールやパンプスの強制をなくす「#KuToo」運動や職場の「メガネ禁止」規定の告発などによって、職場における女性差別が次々に明るみになっている。その一方で、経営層における女性比率の少なさも問題視する声が多い。特にスタートアップ界では女性の起業家、経営者の少なさが目立つ。
信じられないほど男子校ノリ
スタートアップ業界における女性起業家の少なさは、ある種の「弊害」も生んでいる。一言でいえば「男子校ノリ」が許容されてしまっていることだ。
独立系ベンチャーキャピタルのB Dash Venturesが10月29日から31日にかけて開催したスタートアップの祭典「B Dash Camp」では、女性登壇者・審査員の数は96人中1人(公式ウェブサイトに公開されている情報より。ナイトセッションは含まない)だった。
Twitter上では(前回5月開催のものだが)、スタートアップ業界にとってマイナスイメージに繋がりかねないような、”男子校カルチャー”や“信じられないほど男子校ノリ”を指摘する声が複数、存在する。
過去に参加したことのある20代の女性起業家(Aさん)はこう語る。
「イベント登壇者で女性はほとんどいませんでしたし、参加者も男性が大半なので、居心地は良くなかったですね。夜の飲み会も、参加せずにひとりでホテルの部屋にいました」
B Dash Campを主催するB Dash Venturesの担当者に話を聞いた。そこで分かったのは、主催者としてもダイバーシティーに課題意識がある、ということだ。
ここ1年、ベンチャーキャピタルとしての投資先の半数から1/3ほどは、女性役員のいる企業だという。実は直近のB Dash Campにも4〜5人の女性起業家などに依頼はしていたが登壇がかなわなかった、という経緯を明かした。
こうしたいわゆる「男子校ノリ」について批判が出ていることは認識しており「排除しなければならない問題」とも言う。
性別や人種の構成に常に気を使うべき理由
こうした男性一色の風景は、B Dash Campに限ったことではなく、日本のスタートアップ業界に散見される。週刊東洋経済が取り上げた「すごいベンチャー100 2019年版」では、女性起業家が代表を務めるベンチャーは100社中3社。
Forbes JAPANが11月に選出した「起業家ランキング2019 BEST10」もトップ20には女性が1人、日本財団が2019年に実施した「ソーシャルイノベーションアワード」のファイナリスト9組も、ずらっと並ぶのは男性の起業家のみだ。
「そもそも母数に女性の起業家が少ない」という指摘は当然、あるだろう。
これに対し、ニューヨーク在住のジャーナリスト、津山恵子さんは「こうしたイベントやカンファレンスの登壇者や参加者については男性偏重にならないよう、アメリカでは意識的に性別や人種などの構成に気を使っている」と指摘する。
「アメリカのイベントに出ると、いつも女性の比率の高さに驚かされる。逆に日本人対象のイベントでは、パネリストとして『紅一点』と紹介されることもあった。アメリカのイベントで性別や人種のダイバーシティに気を配るのは、白人男性ばかりでは説得力も、ビジネスや政策を促進するための訴求力もないから。結果、イベントとしての意味さえないからです」
女性リーダー比率が最低レベルの日本
上場企業における女性役員比率。微増を続けているが、先進国基準には程遠い。
出典:内閣府
さらに言えば、女性リーダー比率の低さは、スタートアップに限った問題ではない。日本のビジネス界そのものが、多様性に乏しい。
国際労働機関(ILO)が2016年に実施した調査では、企業における役員の女性割合は、主要7カ国(G7)ではフランスが37%とトップ。平均では約23%に対し、日本は3.4%に止まっている。2018年の同調査では、女性管理職の割合に広げても日本は12%とG7で最下位だった。
欧米諸国では昨今、スタートアップ業界においてジェンダーの多様性を確保する動きが盛んだ。その理由の一つに、人工知能(AI)を実装する際に起こるジェンダーバイアス問題(AIの学習トレーニングに使用するデータが、個人の偏見によって汚染されてしまう問題)がある。
2018年、アマゾンが開発していた人工知能を活用した採用システムに女性を差別するという機械学習上の欠陥が判明し、開発を取りやめたことが報じられた。過去10年間の履歴書のパターンを学習させたところ、技術職の志願者のほとんどが男性だったため、女性とわかる候補者の評価を下げる傾向が出たという。
産業におけるAI活用がこれまで以上に議論される中、ビジネスの場におけるマイノリティの登用・確保は、単なるお題目では済まされない、重大な倫理的意味を持ちはじめている。
こうした流れを受けて、イギリスからは「30%Club」(役員に占める女性割合を30%に向上するという世界的なキャンペーン)など自発的な動きも生まれている。
投資家から「3Pする?」にトラウマ
ある女性起業家は、セクハラが原因で投資家との飲み会に行けなくなってしまった、と話す。
そうした状況を鑑みると、日本の現状は世界の議論から一歩も二歩も遅れていると言わざるを得ない。
“男子校ノリ”と言えば言葉は軽いが、こうした土壌から、より深刻なケースが生まれているのも事実だ。
別の20代女性起業家・Bさんは、より直接的な差別発言を受けた経験がある。
国内の有名ベンチャーキャピタルに投資の相談に行った時、担当者から「表向きには言っていないけれど、うちは女性には投資をしていません」と言われたという。
「その担当者の話を聞くと、過去に女性に投資した後に妊娠・出産などで仕事を休まなければならなくなったケースが何度かあったそうです。でも、体調不良やメンタル疾患など、起業家が結果としてビジネスを継続できなくなる状況は他にもあるはずなのに、なぜ妊娠・出産だけが“問題”とされるのか。納得いきません」(Bさん)
さらにもう一人の女性起業家、Cさんは、あるスタートアップのアクセラレーションプログラムに参加した際に受けた、飲み会での不快な体験を話してくれた。
「女性の胸の話とか、どのAV女優が好きか、といった下ネタが話題の中心で、居心地が悪かったですね。(投資家から)私に対しても『俺とコイツとどっちがやりたい?』『3Pする?』という話をされて、その場では何も言えずに笑って流してしまいました。言ったところで場が白けてしまうだけだなと思ったし……。すごく悔しかったです」(Cさん)
その体験がトラウマとなり、Cさんはそれ以降、起業家の集まりに行かなくなってしまったという。
人権問題なのに、結果出さないといけないの?
人工知能の産業活用が叫ばれる今こそ、多様性について考え直す必要がある。
一方でBさん・Cさんとも、こうした性差別的な体験を実名で告発することには抵抗があると話す。その背景には、スタートアップを取り巻く業界構造や、そのコミュニティの狭さがある。Cさんはこう語る。
「今は告発をしてもビジネスのメリットにならないので、声を上げられません。自分が結果を出したら、ちゃんと名前を出して女性差別問題について発言したい。人権問題なのに結果を出さないと何も言えないのか、というモヤモヤはありますが……」
これまで人間しかできないと思われていた分類や抽出を、AIで効率化するサービスは、今後数十年で、私たちの生活に欠かせないものとなることが確実視されている。
最先端のテクノロジーを使って世界を変革するスタートアップ業界にこそ、その倫理性が問われている。
「男子校ノリ」という軽い言葉で覆い隠されてきた性差別やセクハラ問題を、今こそもう一度見つめ直し、女性リーダーたちの「見えない叫び」に耳を傾ける必要があるのではないだろうか。
(文・西山里緒、写真・今村拓馬)
※編集部より:ツイート引用の表現の一部を変えました。2019 年11月24日10:50