『ルポ 川崎』では、若きラップスターたちをこの街のキーとして、希望として描いている。なぜ川崎はラップの街になったのか? そもそも日本でラップはどう広がったのか? 若きラッパーたちはいま、何を歌っているのか?
『ルポ 川崎』著者・磯部涼さんのインタビュー前編はこちら:「ここは、地獄か?」川崎の不良社会と社会問題の中で生きる人々
(聞き手:望月優大)
ラッパーの歌詞に共感する若者たち
――現在、川崎はヒップホップの新しい聖地として盛り上がっています。世界中にヒップホップはありますが、ヒップホップやラップが川崎のような背景をもつ街に結びつく必然性のようなものがあったのでしょうか?
磯部 まず、ポップ・ミュージックの中心がラップ・ミュージックになったということだと思います。
昨年、調査会社のニールセン・ミュージックによって、ヒップホップ/R&Bがアメリカで初めて「もっともヒットしたジャンル」になったと発表されましたが、おっしゃる通り、最早、ラップのない国はないと言ってもいい。
さらに、このジャンルには「自分のことを歌う」「自分がいる環境のことを歌う」という伝統があるので、世界中で街について歌った曲が生まれているのではないでしょうか。
――ヒップホップがメインストリーム化してきている。
磯部 もちろん、そうです。ヒップホップ、ラップ=不良文化ではありません。ただ、ラップと不良文化の相性がいいことは間違いない。
ギャング・チームを結成していたBAD HOPも、先輩に「向こう(アメリカ)のギャングはラップをやってるんだから、お前らもギャングだったらラップやれよ」みたいに、半ば命令される形で始め、のめり込んでいきました。
そして、彼らがヒップホップの背景について調べてみると、アメリカでも貧困などの問題があることを知り、「オレたちと同じだ」とシンパシーを感じて、ラップをすることに必然性が生まれた。
とは言え、先程も言ったようにヒップホップ、ラップ=不良文化ではなく、BAD HOPのリーダー、T-Pablowが若者の間で知られるきっかけとなったテレビ番組の企画『高校生RAP選手権』には真面目なタイプの子も出場していました。
実際の学校だとスクール・カーストに別れてそのような子と不良の子が関係を持つことは少ないかもしれませんが、ヒップホップではフリースタイル・ラップでもって白熱したバトルを繰り広げる。それもこの文化の面白さです。
――不良っぽい子以外にも裾野がかなり広がっているんですね。
磯部 今年1月にNetflixで配信されて話題になった『DEVILMAN crybaby』というアニメも川崎区が舞台のモデルで、ラッパーが登場します。
BAD HOPのTiji Jojoにそっくりな登場人物が、自分のコンプレックスをフリースタイルで吐露する感動的なシーンがあるのですが、それを聴いていた女の子が「私の歌だと思った」と言うんですね。
つまり、そこでは、ラップは単に今っぽさを演出する小道具ではなく、普遍的な「歌」として描かれているんです。
僕も川崎区で取材中、様々な問題を抱えている女の子から、iPhoneでお気に入りのラップ・ミュージックを色々と聴かせてもらったことがありましたが、やはり、苦労をしてきたラッパーの歌詞に共感するその子の解説を聞いていると、彼女にとってラップは「私の歌」なんだということがよく分かりました。