Spotifyは音楽メディアまで変えてしまう —— 「サブミッションメディア」って何だ?

ギターを弾く男性

Getty Images

ストリーミングサービスが普及した海外の音楽産業では、「サブミッションメディア」と呼ばれる新しい音楽メディアのビジネスモデルが定着しつつある。

その多くはYouTubeに自らのメディアチャンネルを持ち、印象的なロゴデザインとハイセンスな写真をバックに動画の形で楽曲を公開している。2000万人以上のチャンネル登録者を持つ「Trap Nation」や、同じく400万人以上が登録する「The Sound You Need」、300万人以上が登録する「Majestic Casual」がその代表格だ。

サブミッションメディアでブレイクするアーティスト

「Trap Nation」のYouTubeページ

「Trap Nation」のYouTubeページ。

YouTubeより

これらのチャンネルの特色は、トラップやフューチャー・ベース、チルなどのジャンルを中心に、洗練されたエレクトロニック・ミュージックを選曲し紹介していること。パーティー向けの派手なEDMと言うよりも、リラックスして心地よく聴けるタイプのものが多い。

もちろんこれらの大手メディアだけでなく、数万人から数十万の登録者を抱える中堅メディアも乱立している。リスナーにとっては手軽な「作業用BGM」のように使うことができるだけでなく、無名なアーティストにとってはそのチャンネルに投稿(=サブミッション)することで自分の曲を聴いてもらうきっかけを作ることができる。

こうしたサブミッションメディアの多くは分散型メディアとして運営され、SpotifyやSoundcloudなど各種ストリーミングサービスにプレイリストを持っている。紹介した楽曲はツイッターやインスタグラムなどSNSアカウントでも発信される。ヒットの基準が「売れた枚数」ではなく「聴かれた回数」になっている現在、リスナー数の多いメディアやプレイリストに取り上げられることは楽曲のヒットに直結する。

日本にも、こうしたサブミッションメディア経由でブレイクを果たしたアーティストが登場してきている。その代表が、海外の多くのリスナーを持つ覆面2人組のクリエイティブユニットAmPmだ。

2017年3月にデビュー曲「Best Part of Us」をリリースした彼らは、従来の雑誌やラジオ、テレビなどのメディアではなく、これらのサブミッションメディアにアプローチした。そこで取り上げられた結果、SNSを介して海外のコアな音楽ファンに楽曲が広まり、Spotifyのバイラルチャートにチャートイン。それが、まったく無名だったAmPmが世界各国にリスナーを獲得する一因となった。

ストリーミング時代に勃興する「プレイリスト文化」

「海外では、こうした大手サブミッションメディアだけでなく、個人がさまざまなチャンネルに自分のキュレーションしたプレイリストを発表している分散型メディアがたくさん生まれています」

こう解説するのはアグリゲーターサービスTuneCore Japanを運営する野田威一郎社長だ。

「今、海外では何が起こっているのかというと、ストリーミング時代になったことで新たな『プレイリスト文化』が勃興しているんです。有名なキュレーターやインフルエンサーのプレイリストが影響力を持つようになり、アーティストはそこに自分の楽曲を載せてほしいと思うようになっている。そのためにメールやSNSのDM、投稿フォームを経由して自らの楽曲を送る。キュレーターはそれを聴いて、自分のプレイリストに載せるかどうかを判断する。言ってしまえば、ラジオ局がレーベルからサンプルCDをもらって、それをオンエアするかどうか自分で判断するのと一緒です。それがオンライン上で行われているというのが、そもそものサブミッションメディアの形です」

SubmitHubのホームページ

SubmitHubのホームページより

さらには、こうした数々のサブミッションメディアをまとめて束ねるプラットフォームも登場している。それが「SubmitHub」。グーグルを退社し音楽キュレーションメディア「Indie Shuffle」を立ち上げたジェイソン・グリシュコフが展開するサービスだ。

SubmitHubには、ロックやヒップホップやR&Bやエレクトロニック・ミュージックなどさまざまなジャンルのサブミッションメディアが登録され、フォロワー数や紹介楽曲数なども一覧になっている。ミュージシャンはこのリストから好きなテイストのサブミッションメディアを選び、自らの楽曲を投稿する。

無料で使うこともできるが、有料のモデルも存在する。ミュージシャンが数ドルをSubmithub側に払えば、キュレーターに必ず自らの楽曲を聴いてもらいレスポンスがもらうことができるというビジネスモデルだ。

遅れる日本にも芽生えの予感

海外でこうしたサブミッションメディアの展開が進む一方、日本ではストリーミングサービスの普及が遅れたこともあり後塵を拝しているが、少しずつ新たな試みが登場している。

2018年2月、「カルチャー系分散型動画メディア」luteはTuneCore Japanとタッグを組み、日本初のサブミッションメディア「lute music」をスタートさせた。

lute

luteの公式サイト。

lute社長の五十嵐弘彦氏はlute musicの仕組みをこう解説する。

「luteのサイト内に投稿用のフォームがあり、いろんなアーティストに楽曲をサブミットしてもらうという仕組みです。それを選び、lute musicのビジュアルをつけてYouTube上にアップロードする。コンテンツIDの仕組みを用いて、再生回数に基づく楽曲使用料は全てアーティストに還元しています。我々の利益にはならないんですが、こういう取り組みが世に伝播することでluteの認知が広がってほしい。それがアーティストに少しでもプラスになることであれば、我々としてはぜひやりたいと思っています」

YouTubeより

また、音楽メディア「Spincoaster」は、さまざまな領域でアートディレクションを行うデザインスタジオ「Mirror」とタッグを組み、クリエイティブ・プロジェクト「TOKYO SOUNDS」をスタートさせた。

ミュージシャン、映像クリエイター、フォトグラファー、ダンサーなどをキュレーションによって結びつけ、先鋭的な音楽を発信する媒介となることを目指すという。この「TOKYO SOUNDS」内にも楽曲を投稿するサブミッションフォームが設けられている。

まだまだ知名度は少ないが、日本でもこれらのサブミッションメディアから次世代の音楽シーンを担うスターが生まれる可能性は大きい。


柴那典(しば・とものり):音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌やウエブなどを中心に音楽やサブカルチャー分野を中心にインタビューや執筆を行う。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』など。

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