「おねがいゆるして」のメモに心を揺さぶられた社長が決断したこと

    「お金がない」を言い訳にさせない。

    東京都目黒区で5歳だった船戸結愛ちゃんが両親から暴力をふるわれ、亡くなった事件。結愛ちゃんは毎朝4時に起き、ひらがなの練習をさせられていたという。

    「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」「もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします」

    ノートに残されていた文章は、多くの人の心を揺さぶった。ソフトウェア会社サイボウズの青野慶久社長も、その一人だ。

    「あれはつらかった。なんで止められなかったんだと思いました」

    「ただ、僕も3人の子どもを育てているから、子どもを叱りたくなる親の気持ちもわかる。親を問い詰めて終わりにしたくない。これは親だけで解決できる問題じゃない。社会で子育てするようにしなければ、と思いました」

    児童相談所がFAXを使っていると知って

    10万人超が賛同した署名プロジェクト「もう、一人も虐待で死なせたくない。総力をあげた児童虐待対策を求めます!」の発起人となった認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんが6月10日、こんな記事を発信した。

    ーー虐待されている可能性があり支援が必要な子どもの転居先がわからなくなった場合、親や子どもの情報をFAXで送り、居場所を探している児童相談所がある。児相のIT化は進んでおらず、その理由は「セキュリティの関係上」とのこと。

    その後、厚生労働省は6月20日に、迅速かつ確実に情報を伝達するため、情報共有の方法をFAXから全児相へのメーリングリストに見直す方針を示した

    このことを知った青野さんの対応は早かった。

    6月21日、クラウドサービスの無償提供を表明。

    児相同士の情報共有ツールとしてメーリングリストを使うとのこと。お金がないのはよくわかったので、kintoneなどの児相向け無料プランを用意します。より効率的で質の高いIT化を進めてください。 https://t.co/eS4OaAAD28

    FAXの代替案がメーリングリストだと知ると、すぐさまクラウドサービスの無料プラン提供を表明。

    6月28日、特別プランを公開し、相談窓口も設置。

    虐待防止に向けたIT化支援の件、社内で体制を作り、公式に発表しました。先行事例が出つつあるので、ノウハウを共有しながら解決していきましょう。悲しい事件を無駄にしないよう大人が変わらないと。 https://t.co/CewihPKBua https://t.co/CewihPKBua

    その1週間後には社内で体制を整え、関心がある自治体や児童福祉関係者からの相談フォームも整備し、プレスリリースを発行。こんなメッセージを寄せた。

    虐待の問題を解決するには、プライバシー情報に⼗分配慮しながらも、互いに情報を共有し、密に連携しながらチームワークで取り組む体制が必要です。

    システム化の遅れが、犠牲となる⼦どもたちを⽣み続けています。 虐待の問題は⼈災です。

    周囲の⼤⼈たちが団結し、1⽇も早く、問題解決に向けて対策を進めていきましょう。

    なぜ、こんなに早い動きができたのか。

    結愛ちゃんの事件を知り、#こどものいのちはこどものもの のハッシュタグでSNSで発信や活動を続けているタレントの犬山紙子さん、坂本美雨さんが7月17日、サイボウズに青野さんを訪ね、取り組みについて聞いた。

    21年間、変わらなかったから

    青野さんはこう話す。

    「すでに虐待のニュースは下火になっています。世間の関心が高まっているときに行動を起こさないと、社会は変わりません。自治体の情報システム改革については、(サイボウズが創業した1997年から)21年間、ずっと言い続けてきても変わらないのですから」

    自治体の情報システムのICT化は「プライバシー保護」を理由に遅々として進まない。2015年にマイナンバー(個人番号)が導入されたが、生活が便利になった実感がある人は、あまりいないのではないだろうか。

    結愛ちゃんの事件では、香川県の児相が関与していたが、目黒区に転居した際、児相間で情報共有が十分ではなかった可能性が指摘されている。

    東京都内の11の児相間では、情報はデータでやりとりされているが、都外の児相とのやりとりは今なおFAXが使われている。

    「時代遅れな一部の意見に合わせた」

    一般質問のために児童相談所間の連携・ICT化について改めて調べたが、メール等の導入が見送られた経緯には呆れる他ない。あらゆる情報がウェブを介して行われる時代に、時代遅れな一部の意見に合わせて紙とFAXを用いていたようだ。それが子どもたちの命を危機に晒した自覚のなさには怒りを覚える。

    もっとも低いITリテラシーに合わせる

    東京都議の音喜多駿さんのブログによると、全国児童相談所長会の答申で、自治体ごとの情報セキュリティ基準に抵触しないツールがFAXだから、つまり全国で最もITリテラシーの低い自治体や児相の基準に合わせているということらしい。

    その代替案として、厚労省が全国児童相談所長会と調整しようとしているのが、メーリングリストだ。青野さんはこう指摘する。

    「FAXだと紙を持ち出されたり、コピーされたりする恐れがある。メーリングリストも、重要な情報を弱いセキュリティのまま広く配布することになります。クラウドシステムの場合、認証は強固になり、データは暗号化され、アクセス履歴も残ります。プライバシーは今より守れるのに、技術を理解できない大人が足止めしています」

    「予算がない」とは言わせない

    サイボウズが児相などに5年間の無料プランを提供すると発表したのは、データベースやコミュニケーション機能をもつ業務改善ツール「kintone」。案件管理やプロセス管理などに使えるもので、対応方法や活動履歴を関係者で共有できる。

    案件のデータごとに、関係者がコメントを書き込める機能がある。個別の案件について、誰がいつ、どのように対応したかが一目瞭然に。通知も設定でき、自動的に記録に残る。

    「困っている子どもがたくさんいて、一刻も早く救わないといけない。無料で提供するのは『予算がないからできない』と言われないようにするためです」

    警察との情報共有は

    このシステムは、児相間だけでなく、児相が自治体の子ども家庭支援センターや学校、警察と連携する際に活用することもできる。

    犬山さんは情報共有について、こう話した。

    「児相と警察との情報共有の範囲が議論されていますが、児相からすべて報告するということではなく、警察が必要だと感じたときに児相が持っている情報にアクセスできるような仕組みができるといいと思うようになりました」

    「そして、警察が動くときは児相と連携する。それまで児相が築き上げた関係がありますから」

    子どもを守る仕組みはあるか

    児相間や児相と外部間での個人情報の取り扱いやセキュリティ面については、もちろん最大限の注意をすべきだ。そのうえで、坂本さんは「この社会は何を大事にするのでしょうか」と問いかけた。

    「管理されたくない、という市民感覚はあるでしょうが、かといって今は、地域でリスクを抱えた家庭を見つけられるほどコミュニケーションが活発なわけでもありません。フィンランドのように、個人情報を共有することで国民をサポートする国もあり、子どもの命を守るための仕組みを作ることが必要ではないでしょうか」

    青野さんもこう話した。

    「対策する側、つまり大人の都合ばかりで考えられていますが、子どものためを第一に考えたい。いまこの瞬間に困っている子どもがたくさんいる。この危機感を、多くの大人と共有したいのです」

    「kintone」はすでに、九州のNPOなどで導入されている。虐待を受けている子どもの早期発見や保護をするためにほとんどの自治体が設けているネットワーク「要保護児童対策地域協議会」でも活用できないか、検討が進んでいる。

    限られた会議の時間で多くのケースを共有する協議会では、情報共有を効率的にすることが、一人でも多くの子どもに向き合う時間を生み出すことになるからだ。

    政府は7月20日、「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」を決定した。虐待通告から48時間以内に子どもの安全確認ができなかった場合、児相が立ち入り調査を実施するとともに、警察との情報共有を進める。

    【児童虐待緊急総合対策のポイント】

    1. 転居した場合の児相間の情報共有の徹底
    2. 子どもの安全確認ができない場合の対応の徹底
    3. 児相と警察の情報共有の強化
    4. 適切な一時保護や施設入所の措置
    5. 乳幼児健診未受診者、未就園児、不就学児の緊急把握


    安倍晋三首相は20日の関係閣僚会議で「子どもの命を守るため、あらゆる手段を尽くし、やれることはすべてやるという強い決意で、取り組んでください」と述べた

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