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1本のツイートでキャリアを失ったスターの愚行と、トップ番組を容赦なく切ったテレビ局の英断

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
人種差別ツイートのせいで主演番組を打ち切られ、エージェントも失ったロザンヌ・バー(写真:Shutterstock/アフロ)

 スーパーヒーローをお得意とするスタジオが、まさに正義の行動に出た。皮肉屋をも黙らせるその潔さに、アメリカが騒然となっている。

 問題の発端は、アメリカ東海岸時間29日早朝にロザンヌ・バーが投稿した1本のツイート。そのツイートで、彼女は、オバマ前大統領のアドバイザーだったヴァレリー・ジャレットに対し、人種差別的かつルックスを侮辱する発言をした。バーは1時間後に投稿を削除、ジャレットに謝罪をしたが、彼女が主演とエグゼクティブ・プロデューサーを兼任するコメディ番組「Roseanne」のコンサルティング・プロデューサーで脚本家のワンダ・サイクスは、ただちに降板を発表する。そこまではまだしも、その約1時間後、なんとABCが、番組の打ち切りを発表したのだ。

 この3月、21年ぶりに復活した「Roseanne」は、今年、最も話題を呼んだ人気番組である。録画で見た人も入れると、視聴率はアメフトの中継をも抜き、全米で堂々のトップだ。ABCが久々にメジャーネットワークで首位を得られたのには、この番組のおかげが非常に大きい。そんなお宝番組を、ABCは、半日も経たないうちに、あっさりと切り捨てたのだ。

 ABCのプレジデント、チャニング・ダンジーは、「ロザンヌのツイートは嫌悪を感じさせるもので、私たちの価値観と一致しません。よって、番組の打ち切りを決めました」と声明を発表。追って、ABCの親会社ディズニーのCEOボブ・アイガーも、「できることはただひとつしかありませんでした。それは、正しいことです」とツイートをしている。

 この番組は次のエミー賞に候補入りの可能性も十分あったが、ABCはそのためのキャンペーンもやらないと決めた。昔の「Roseanne」を再放送するパラマウント・ネットワークとHuluも、放映中止を発表。アメリカでは、再放送でもレジデュアルと呼ばれるギャラが発生するのだが、バーは、来るべき第2シーズンのギャラを失っただけでなく、過去からの稼ぎも絶たれてしまった。さらに、バーが所属する大手タレントエージェンシーICMも、彼女の追放を決めている。昨日までのトップスターは、一夜もしないうちに、すべてを失ってしまったのだ。それも、たった1行の馬鹿げたツイートのために、である。

局の英断ぶりに業界は感服、拍手

 視聴率1位の番組を失ったことに(それだけでなく、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』のオープニング成績が期待を下回ったことも関係してはいるのだが)ウォール街はすぐさま反応、ディズニーの株価は落ちた。そうなることがわかっていても、迷いなく決断を出したABCとディズニーには、皮肉屋の業界関係者も、素直に感心させられたようだ。ソーシャルメディアは、今、「なんという素早さ。やるとは思わなかったよ」「勇気ある!」「ABC、よくやりました」といったコメントでにぎわっている。

 中には、このせいで職を失ってしまった共演者やクルーに同情する投稿もあるが、エマ・ケニーは、バーのコメントを知ってマネージャーに「降板したい」と伝えたところ、「もう番組は打切りになった」と伝えられたとツイートで報告。ABCに感謝と支援の言葉を送った。バーの息子を演じるマイケル・フィッシュマンも、残念だという気持ちを表明しつつ、「偏見、嫌悪、無知に対して立ち上がるのは重要なこと」とツイートしている。

 皮肉な意見がまったくないわけではない。アイガーがオバマ支持者であることは有名で、たとえば、「バーのツイートに『オバマ』という文字が入っていたからだろう」と揶揄するものもあった。それでも、今回は、過去の例とは大きく違う。「#MeToo」の勃発でNetflixがケビン・スペイシー主演の「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の製作を一時中止したり、CBSがジェレミー・ピヴェン主演の「Wisdom of the Crowd」を打ち切ったりした時は、「『ハウス・オブ〜』は、どうせ最近人気が落ちていた」「『Wisdom〜』は視聴率も悪いし、打ち切っても損はしない」などという声が出ている。実際、それは否定できなかった。しかし、来シーズン、ABCは、「Roseanne」だけで6,000万ドル(約65億円)の広告収入を稼げる予定だったのである。

 ABCおよびディズニーとしては、短期的には損をしても、ブランドイメージという長期的な意味でのメリットを考えたのだろう。こうやって正しい前例を示されてしまうと、今後、ほかのスタジオや局も、同様の対応に出ないと叩かれる。ハリウッドにおける人種差別への対応は、今、はっきり道しるべが作られたと言っていい。

良くも悪くもハリウッド史上に大きく名を残す「Roseanne」

 それにしても、たった8回で終わった新生「Roseanne」は、最初から最後までドラマチックだった。

 そもそも、21年も前に終了したシットコムを今さら復活させるという、いかにも新鮮なアイデアに欠けたメジャーネットワークならではの企画がこんなに当たるとは、誰も予測していなかった。主演はトランプ支持者で知られる65歳のバーで、彼女が演じる主人公ロザンヌ・コナーも2016年の選挙でトランプに入れたことが初回で語られる。だが、その初回は、今と違ってメジャーネットワークにライバルが少なかった1997年のシリーズ最終回よりも多くの視聴者を獲得し、「トランプ派アメリカ人のパワーを見くびるなということか」と騒がれることになった(低迷するメジャーネットワークを救ったのはトランプ支持者だったという皮肉)。この大成功で、ほかの局もこぞって昔の人気番組の復活企画にゴーサインを出し、秋に始まる新番組のラインナップは、まるで過去のデジャヴのようになっている。

 番組ではまた、隣にイスラム教徒家族が引っ越してきて、ロザンヌがテロリストだと決めつけるとか、お金に苦しむロザンヌの夫ダン(ジョン・グッドマン)が不法移民を雇って人件費節減を考えるとか、かなりタイムリーで政治的なトピックが扱われてきた。とりわけ今シーズンの最後にロザンヌを鎮痛剤オピオイドの依存症にしたのは、ショッキングだ。アメリカで、現在、交通事故よりも大きな死者を出しているオピオイド依存症は、非常に深刻な問題。しかも、ロザンヌがそうなったのは、膝が痛いのに手術を受けられないのが理由で、アメリカのひどい健康保険事情にもつなげているのである。

今月放映された「Roseanne」第1シーズン最終回。なんとか膝の手術を受けられることになったロザンヌを、家族がディナーで祝福する。来シーズンは秋に始まるはずだった(写真/abc)
今月放映された「Roseanne」第1シーズン最終回。なんとか膝の手術を受けられることになったロザンヌを、家族がディナーで祝福する。来シーズンは秋に始まるはずだった(写真/abc)

 反トランプが大多数の業界では、「Roseanne」の初回のヒットにトランプが大喜びしたことを受け、「自分は絶対あの番組を見ない」などと言う人もいた。しかし、回を重ねるごとに、微妙に反応は変わり、筆者の周囲でも、本日の打ち切りを聞いて「実は良い番組だと思い始めていたのに」という声がちらほらと聞かれた。だが、終わってしまうことに反対する人はいない。意外な展開ではあっても、もっと良い展開はないのだ。

「Roseanne」は、古い番組の根強い人気ぶりを教え、ストリーミングやビデオゲームに若い層を失うメジャーネットワークがターゲットにすべきエリアを示してくれた。視聴者を笑わせつつ、大胆に政治的なテーマを取り上げることができるのだとも、証明してみせている。しかし、最後にこの番組が与えた教訓は、今の時代、無知な発言がもたらすことの危険の大きさだった。

 1988年から9年間、人気を誇った「Roseanne」は、すでにハリウッドのテレビの歴史に名を刻まれている。だが、その内容は、今日、大きく書き換えられた。このページを、人は、これから何度となく見直すだろう。そして、その都度、絶対にやってはいけないこととして、頭に叩き込むはずである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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