京セラドーム大阪で行われたプロ野球「マイナビオールスターゲーム2018」の第1戦(7月13日)。セ・リーグ先発投手の松坂大輔(中日ドラゴンズ)が、いきなり先頭バッターの秋山翔吾(埼玉西武ライオンズ)にホームランを打たれ、1回に5失点を喫したが、見ていて実に気持ちのいいゲームだった。
こんな感想を何の説明もなく書くと、松坂が打たれることを喜んでいるように思われてしまうかもしれないが、ある意味ではそういう感情もあるのかもしれない。
松坂に感じたのは、敗者の美学だ。それは、松坂にとって予想もしない厳しすぎるマウンドだったと思う。
1回の先頭バッター秋山にライトスタンドに運ばれたものの、続く2番の柳田悠岐(福岡ソフトバンクホークス)を高めのボールで三振に仕留めた時点で、まだまだ余裕があったはずだ。球速こそ時速130キロ台のボールばかりだが、それでも「平成の怪物」と呼ばれたピッチャーは、醸し出すオーラと勝負度胸が違う。柳田が気おされたわけではないが、真っ向勝負の迫力に柳田のバットは空を切った。
しかし、ホッとしたのも束の間、ここからパ・リーグの怒涛の攻撃が始まる。北海道日本ハムファイターズの近藤健介がセンター前ヒットで出塁すると、同じくファイターズの中田翔に死球を与えてしまう。
1アウト1塁2塁。ここで5番の吉田正尚(オリックス・バファローズ)がセンター前に弾き返し2点目が入る。
なおも1アウト、ランナー1塁3塁。続く6番浅村栄斗(埼玉西武)がライトフライに倒れたものの、ここで迎えたのは同じくライオンズの後輩、森友哉だった。投げたのは真ん中高め球速137キロの球。それは打った瞬間にホームランと分かる弾丸ライナーの3ランになった。
これで合計5失点。8番今江年昌(東北楽天ゴールデンイーグルス)をなんとか内野ゴロに打ち取ってチェンジにしたものの、8人の打者に4安打(2ホームラン)、1死球と散々な内容だった。
しかし、私が松坂に心打たれたのは、後輩たちに打たれても打たれても直球系のボールで怯むことなく勝負し続けていたからだ。
「正直悩んでいます」
37歳になった松坂だが、今回の球宴はファン投票1位で選出されていた。それでも今の松坂にとってそれは、純粋な喜びだけで投げられるものではなかった。39万4704票というぶっちぎりの票数で選ばれた時点で、彼はこう話している。
「びっくりするような数の票を入れていただいた。その期待に応えたいけど、どうやって投げようか、正直悩んでいます」
前半戦は、7試合に登板し3勝3敗、防御率2.41。それほど悪い成績ではないが、以前のように時速150キロ台のボールを連発するようなことはない。というより明らかに球威はなくなっている。それでもファンは、松坂のピッチングを楽しみに待っている。
どうするか?
彼が出した結論は、すべてストレート系のボールで勝負する逃げないピッチングだった。ところがそのボールはまったく通用せず、1回に30球を要し、まさかの5失点で撃沈することになってしまったのだ。
しかし、松坂はどんなに打たれても下を向くことはなかった。もちろんオールスターゲームなので、レギュラーシーズンより気楽に投げられる部分はあるだろう。お祭りムードの中で、対戦する打者との駆け引きを楽しめるのは、出場する選手の特権だ。それでも、ここまで打たれると悔しくないはずがない。しかも、1イニングに2本のホームランを浴びる。それは信じたくもない結果だったことだろう。
ただ、そんな松坂を見ていて、何かとても吹っ切れているような感じを覚えた。もう怪物ではない自分を自覚している…そんな感じの落ち着きだった。それはある種の強さでもあった。そして、試合後の彼のコメントを聞いて納得した。
「宣言通り、直球系で勝負にいって、見事に返り討ちに遭いました。真っ向勝負するには難しい球でした。あらためて緩急の大事さが分かりました。悔しさというより、パ・リーグの打者のスイングはすごいなと感じさせられました」
言い訳なし、打者に敬意
そこに言い訳がましいことはなにひとつなかった。あるのは、「今の自分でどう戦うか」という決意と「打たれた相手への敬意」だけだ。
開幕前に松坂にストレートに聞いた。「今シーズンは、何で勝負しますか」。
すると彼は言った。「いままで培ってきた経験で勝負します」。
松坂は、今の自分がかつての自分でないことをよく知っている。それは厳しく、残念なことだが、それでも彼はまだまだ諦めていない。「あらためて緩急の大事さが分かりました…」。これは彼の中にある希望であり、戦い方の処方箋だ。
1回に5失点。これだけ打たれたことは、悔しさ以外の何物でもないだろうが、その中で冷静に「今の自分を知る」作業が行われている。負けの中に、次への指針を見つける。きっとこの姿勢を強さと言うのだろう。
「真っ向勝負するには難しい球でした」
だとすれば、どういう球で勝負しなければいけないのか。その答えは、後半戦のペナントレースで披露してくれることだろう。
孤高のライオンは、まだ風に向かって歩いている。
(=敬称略)
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