基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

皮肉と冗句と類まれなる洞察が横溢する、起業からFacebookまでの激闘IT戦記──『サルたちの狂宴』


本書『サルたちの狂宴』は、ゴールドマン・サックスでクオンツとして経歴をスタートさせ、シリコンバレーで起業した会社をTwitter社に売却し、Facebookにジョインした著者による激闘の日々を綴ったIT戦記である。起業し売却しFBに行ってとその経歴は華々しく物凄いが、いうても起業して売り抜けた起業家も、FBのプロダクトマネージャーも何十人もいるわけで、うーん、だから何なんだよ? 感もある。

ところが、これがべらぼうにおもしろいのである! 本書の価値は、まず第一に著者本人のあまりにおもしろいキャラクター性にある。ずば抜けて頭がいいが、負けん気が強くかなりの畜生で、自虐を取り混ぜながら絶え間なくジョークを文章の中に仕込み続け、全方位へ向かって皮肉を撒き散らしていく。時にその皮肉はひたすらに攻撃的だが、それが嫌な気分にさせるようなものではなくて──、思わずウンウンと頷かされてしまうようなきっちりとした分析と状況描写に彩られている。読む前に抱いていたおもしろさの期待値を10倍ぐらい超えてきた圧巻のビジネス体験記である。

このレベルで洞察力と書き手の個性に満ち溢れ、所狭しと笑わせにくるうえに一切息切れさせない文章は、並ぶ物がいないのではないか。今年一番愉快な気持ちにさせられたノンフィクションだ。そのうえ、起業、シリコンバレーといった輝かしくみられる職業、場所に内在するクソみたいな部分をなんのてらいもなく描き出しているがゆえに、起業やシリコンバレー企業についての学びにも満ちた傑作なのである。

邦題について

邦題の「サルたち」というのは何も著者がシリコンバレーの人間をあいつらはサルだと罵っているわけではない。原題は『CHAOS MONKEYS』。これはNetflixが開発したオープンソースソフトウェアで、サーバなどの自動復旧の仕組みが想定どおりに動作するかどうかをテストするため、突発的な負荷を目的として起動される。

『象徴的にいえば、テクノロジー系の起業は社会にとってのカオスモンキーだ。ウーバーならタクシーの営業許可、エアビーアンドビーなら従来のホテル業界、ティンダーなら出会いのスタイルという、どれも既成概念のケーブルを引っこ抜く行為にあたる』著者もカオスモンキーの一匹として、シリコンバレーに飛び込んでいくのだ。

シリコンバレー起業篇

ざっと時系列順に本書の内容をおっていくこととしよう。ゴールドマン・サックスに勤めていた著者だが、2008年の金融危機をきっかけとしてITベンチャーへと転身。ITベンチャーというのはけっこうな確率でうまくいかないもので、著者も気の合った二人の同僚でアイディアを練り、とっとと辞めて起業へと乗り出すことになる。

上巻にあたる「シリコンバレー起業篇」ではずっとこの起業の成り行きとツイッター社へと売却するまでが描かれていくのだが、この苦難9割快楽1割といった道のりがとにかくおもしろい! 著者らが思いついた最初の起業のアイデアは、Amazonで買うと、配送までに2、3日かかるような商品が近隣の店舗にあってすぐ渡せるようならそれを広告として配信できるようにするBtoCアプリケーションの構築だった。

『スタートアップとして成功するには、ミラクルが必要だ。それもちょうど必要な数のミラクル』成功したスタートアップは、たった1つのミラクルを起こして結果につなげる(Airbnbならみなが空いている部屋や別荘を他人に貸すようになる)ものだが、著者らのアイデアを実現するには5つのミラクル(小売の事業主が彼らのアプリを使う、携帯電話でバーコードをスキャンしてリストを作るなど)を起こさなければならなかった。これではまるで話にならない。それでもアイデアとしては魅力的で投資家へとプレゼンを繰り返すが、今度は古巣のベンチャーから訴訟を起こされてしまう。

平穏な道のりではないわけだが、著者はそれを苦々しく書くのではなく、何てことない一つ一つの文章でアグレッシブに笑いを狙っていく。たとえば『初期のスタートアップで意味のある肩書はCEOだけだ。それ以外は、誰かが「グランド・プーバ最高栄誉クトゥルフ」のように壮大な肩書を名乗ろうと自由である』とか『スタートアップという壮大なオデッセイの渦中では、さまざまなクズを味わう。起業経験の本質は基本的にクズの盛り合わせだ。だがこの日の経験は、不安に駆られて自信喪失になるという深刻なクズで、』とか、どのページを開いても読者をトコトン楽しませてやろう! という気概に満ちた前向きでクソッたれな文章に満ちあふれているのだ。

起業を進めていくうえでの資金集め、仲間集めのノウハウ、裏切り、買収される時の落とし穴についての知見も満載で、実際に起業するときには大いに役に立つだろう。

フェイスブック乱闘篇

そこそこの成功をおさめ、ツイッター社に会社を売却したその後、普通は売却された会社にそのままジョインするわけだが著者は事前に内定を得ていたFBへと移籍することになる(これまた無茶苦茶な事態で波乱まみれだ)。下巻はまるっとFB篇になるわけだが、こっちは著者の視点から紡がれるFBの暴露話がとにかくおもしろい!

たとえば社内にはどこに行っても情緒面で不器用な若い男のギークたちで溢れているから、一割ほどの女性が働く環境としてはたくさんの地雷が埋まっている。そこで、FBではいちいち細かな決まりを設けるのではなく、『同僚を一回デートに誘うのはOK、だがノーと言われたらノーであり、それ以上誘ってはならない。一度誘ったらそこまで、それ以上やると制裁の対象になる』という基本方針を決めていたという。

他にも、新オフィスに移行した際にザッカーバーグがキャンパス内を好きなようにして、アートを創造してもらいたいといったら大混乱が起こったとか──『絵心などないギークたちが、人生で初めて白いまっさらな壁というキャンパスを前にして描きはじめたのは──線と丸だけで描いた悲哀の感じられる人間の絵に大きな吹き出しがついて、フェイスブックの社風をネタに笑えないジョークを呟いている。』(その後ザッカーバーグは「みんながアートを創作してくれるものと信じて託したが、やってくれたのは破壊行為だ」とメールを送信した。)、会社へ向かうシャトルバスに社名などが入ってないので間違ってグーグルに行ってしまうケースが多々あったなどなど。

起業篇ではクズクズ言い続けていた著者だが、FBでは悪態をつきながらもその本物のハッカー文化が、株式公開時の興奮と熱狂が、著者が本気で取り組むことになるサイト横断的な人物同定とそこからの広告戦略が、熱い文章と共に語られていく。FBのような会社がどのように広告収益をあげているかの詳細な解説も素晴らしく、全部載せのように極端に豪華な本だ。この人、起業といいFBといいこの本といい、類まれなる能力を存分に活かして、全力でやり続けざるを得ない人なんだろうな。

おわりに

最終的に著者はFBでの社内闘争に負け、潮時と判断してFBをやめるのだが、かつての同僚への言葉には辛辣なものが多い。上の地位にいるやつのケツにぴったりくっつき、粉ひき機につながれた牛みたいに、会社という大きな組織に言われるまま結果を出すあいつらは、『しょせん、その組織の中で誰よりも思い切ったこともできず、イノベーションも生み出せない人間だからだ。』など。おいおい、そんな名指しで罵倒したらまた訴訟起こされるだろ、と思うのだが、ぬけぬけと書いてしまうのである。

それが単なる悪口になっていないのは、なぜ組織の中でそうした人間が生まれてしまうのか──という一段深い洞察が常にかたわらに添えられているからであって、訴訟は起こされるかもしれないがとにかく読んでいる方としては痛快そのものだ! どのページを開いてもおもしろすぎる本なのでこれでも魅力を全然紹介しきれていないのだけれども、この手の本が好きな人にはもう衝動的に手にとってほしい。