高木浩光氏の通信の最適化と通信の秘密についての議論

3年前に高木浩光氏が携帯電話会社の「通信の最適化」が「通信の秘密」違反であるという問題提起をして、ネット上で大変な話題を集めた。その際に私も議論に参加をし、通信の最適化の批判に通信の秘密を持ち出すのはスジが悪いということで異論を唱えて、高木氏とやりあった。

その当時の私の主張はいまも変わってなく、当時も間違ったことは、言ってなかったつもりですが、残念ながら、ネットで論争をみていたネットユーザーの大半は高木氏の主張が圧倒的に正しいと判断したようだ。

 

今回、改めて高木氏が同様の問題提起をしたブログを書かれている。高木氏も3年前の議論の論争相手として、私の名前と、それと後から参戦してきて私の会社の元社員でもあるshi3z氏の名前を今回の記事で挙げていた。

 

 

高木浩光@自宅の日記 - 優良誤認表示の「通信の最適化」(間引きデータ通信)は著作権侵害&通信の秘密侵害、公正表示義務を

 

 

今回は高木氏もご自身の主張を断片的なツイートではなく、記事の形で公開されているので、あらためて高木氏の主張のどこが問題なのかを指摘したい。

 

そのまえにネットの一般的には、高木氏の主張が正しくて私とshi3z氏がよく分かんないことをいっていたと認識されている前回の議論とはいったいなんだったかを総括する。

 

私はここで勇気をもってトカゲの尻尾を切りたい。

 

前回の議論で私が負けたみたいに外野に判断された原因は、よく分かってないくせに、議論に乱入してきて自滅したshi3z氏のせいであるということだ。私は彼の見事すぎる自爆に巻き込まれた被害者だ。

 

さて、2行くらいで前回の議論の整理が終わったので、早速、高木氏の記事を見てみよう。(前回の議論の中身に興味あるかたは、高木氏が今回の記事用にログリストを作成されている※氏に感謝※のでそちらを参照してもらいたい。私のツイートだけ引用されて相手のものがないなど恣意的な「ツイートの最適化」がおこなわれているが、十分、参考になると思う。私も忘れていたので懐かしかった)

 

まず、事実として、共有したいことがある。以下、氏のブログの一節を引用する。

 

私の論点整理では、上のツイート群の通り、これは正当業務行為には当たらず、違法行為である(通信の秘密侵害罪を構成する)というものであった。

この事案の後、総務省(消費者行政課)は結局、何も措置しなかったのであろうか、電気通信事業者の言い分「正当業務行為である」は、否定されることなくそのまま放置されてしまっていたようだ。

 

ネットでは高木氏の主張は完全に正しいものとされたようだが、高木氏自身がブログに書いているように彼の主張は結局は無視されているという事実だ。彼が正しいと信じている主張は、彼と彼の意見を信じたネットの観客の思い込みに反して、受け入れられていないという現実がある。

 

高木氏の主張はもちろん正しい部分もあるが、結論としては間違っていると現時点の世の中では判断されているということだ。

 

私は3年前の時も、通信の最適化の問題について、否定する根拠に「通信の秘密」を持ち出すのは「スジが悪い」と批判した。

 

そもそも「通信の秘密」の通信とはなにか。日本国憲法電気通信事業法ができたときには、インターネットなんて存在しなかった。

 

当時の通信とは封書であり、電報であり、電話のことだった。通信の秘密の侵害とは、たとえば封書を勝手に開封して中身を読んだり、電話を盗聴したりすることだ。封書を運んでいる途中で雨に濡れて便せんの字がにじんだり、電話の音が悪くて聞こえにくいことは通信の秘密の侵害ではない。

 

ネットで閲覧する画像が回線品質が悪いために画像が劣化した=通信の秘密の侵害というのは、そもそもの通信の秘密とはなんだったかを考えると無理があるし、実際に通信の秘密の侵害ではない。

 

つまり、通信の最適化という「行為そのもの」は、そもそも、通信の秘密にはまったく関係ないことを指摘したい。サービス約款にも書いてあるし、目的も大きすぎる音声データや画像データを小さくするだけなので、サービス品質の問題であって、通信の秘密の問題ではない。実際、音声データの同一性なんて、そもそも電話では保証されていないし、データ通信の世界でもiモードなど携帯電話の世界ではこれまでもおこなわれていた。ちなみにインターネットの世界でもiモード以前にweb-TVというサービスがあり、ここでも通信の最適化と同等のことは行われていた。

 

では高木氏の主張する通信の秘密の侵害とはなにかというと、通信の最適化そのものではなく、通信の最適化をするときにデータを閲覧しているのが通信の秘密の侵害だと主張しているわけだ。これはちょっとテクニカルな主張で、一般人には理解しにくい。

 

この理屈が分かりにくいのは、通信がアナログからデジタルへ変わっていく過程で、通信の秘密の概念が、最大限に拡大解釈されているからだ。

 

高木氏の指摘のとおり、実はインターネットでのルーターがパケットを転送するという当たり前の機能についても、これは通信の秘密の侵害だという解釈がされていて、但し、刑法上では正当業務にあたるので罪は問われないという整理になっている。機械的にパケットを中継しているだけのルーターが通信の秘密を侵害しているというのは感覚として違和感は覚えないだろうか?

 

パケットヘッダを読むといっても、読むのは機械で、目的はパケットヘッダをみてデータを転送するだけだ。別にその情報を知ったところでなにもうれしくないし、他の目的に使っているわけでもない。そもそも、だって機械である。

 

とはいえ、違和感があっても、結局、正当業務で罪は問われないんだから問題ないんじゃないかと思うかもしれないが、この整理のせいで、インターネットの通信を中継する業者は、どのようなことをおこなっても通信の秘密の侵害にあたるという解釈になって、正当業務にあたるかどうかについての議論のために大変な労力を強いられてきた。迷惑メール対策サイバー攻撃に対する防御、Winnyのような通信網全体をスローダウンさせるような高負荷の通信をおこなうサービスをどうやって対策するか、そのたびに大騒ぎになったのは通信の秘密の拡大解釈の問題があったからだ。

 

本来、封書や電話という人間同士のやりとりのときにできた通信の秘密の概念を、人間対機械、さらには機械対機械の通信までやりとりされるインターネットにもそのまま適用したのが、そもそも無理があって、インターネット時代が進んでいくにつれ、いろいろ整合性がとれなくなり、余計な手間を増やすわりには、本来、守りたかっただろう個人の通信のプライバシーみたいなものも侵されているにも関わらず、それに対しては無力であるというのが、現在の拡大解釈されつづけてきた「通信の秘密」が抱えている問題だと、個人的には思っている。

 

このあたりは、現在、話題のブロッキングの議論にも関連してくるので、別途、実名のブログで、もう少し詳しく書くつもりだ。

 

通信の最適化の議論に戻る。つまり通信の最適化という行為そのものは通信の秘密を侵害しない。しかし、通信の最適化をするためには、圧縮する対象のデータを読まないと圧縮ができない。そのときに(圧縮するプログラムが搭載されているコンピュータが)通信の秘密の侵害をする。それは正当業務行為ではないので、免責されないはずだ、というのが高木氏の主張で、現状は氏の主張は無視されていて、正当業務行為であるという判断がされているのが、いま私たちが住んでいる世界線ということになる。

 

正当業務行為であるとみなされている現実そのものは自然だと私は思う。なぜなら、さきほど書いたように、そもそも昔からやられていることだし、約款にも書いてあるからだ。もし、通信の最適化を望まず、お金を余分に払っても良いと考えるユーザーが大量にいれば、そういうメニューが出来るだろうし、そういうサービスをやっている業者に移行すればいいだけだ。

 

インターネットはそういうことをしてはいけないという意見もある。

 

高木氏の主張に賛同する人に多く見られるのが、インターネットとは送信者がデータを送ったら、それと同一のデータが受信されることが保証されるべきで、それは絶対とするべき、という意見だ。

 

3年前の議論でも私が間違っていると頭に血が上っていたひとたちだ。

 

これは、まあ、そりゃそうかもね、としかいいようがないが、だとしても、その根拠にインターネットのなかった時代の「通信の秘密」を持ち出すのはおかしいと思う。インターネットの理念なんてものは海外からきたイデオロギーにすぎず、ネット時代に正しい理念だとしても、どうしても憲法や法律として主張したいのであれば、憲法改正してネット中立性とか入れるなり、インターネットにおける通信の秘密をきちんと法制化するべきだろう。

 

現状は通信の最適化が約款にはいっている通信会社と契約しているのだから、そういう行為をインターネットの理念として禁止したいのであれば、そういう法律をつくるしかない。

 

そもそもユーザーが送りたいデータは、どんなに無駄に大きなサイズであっても、そのまま送るなんて理念が、本当に必要なのだろうか。

 

私はいまの通信の最適化はともかくとして、今後、似たような機能の必要性はずっと無くならないと思う。

 

なぜなら、インターネット上のデータ通信は、今後も早いペースで増大していくのは確実だが、モバイルデータ通信については電波帯域があるので上限があるからだ。

 

「ネット中立性」という世界で猛威を誇ったイデオロギーの総本山である米国で、最初に「ネット中立性」が否定されたのは携帯電話業界だった。あたりまえだ。電波帯域は有限だ。

 

ベストエフォートのデータ転送により運用されているインターネットは、無駄なデータを流すことには自制的であるべきだ。特に電波帯域はどうやって節約するかは、インターネット全体の課題でありつづけるだろう。その際に中間の通信会社ができることというのはあり続けるはずで、それを最初から禁じ手にするメリットなんてまったくないと私は思う。

 

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ここまでで今回の本題は終わりだ。

 

ついでに高木氏がもうひとつ持ち出している著作物の同一性保持権についてもコメントをする。これもスジが悪い主張だ。

 

通信の最適化により、画像とか音声とかを圧縮すると、品質が劣化するので、同一性保持権を侵害するという主張だ。

 

同一性保持権というのも拡大解釈が可能で、とても危険な権利だ。今回の通信の最適化のケースで、あてはめるのは難しいように思うが、主張することは可能だろう。

 

同一性保持権とは、もともと作者の許可無く作品を改変して、その作者の作品だとして、世の中に流通するときに、作者側がそれを差し止めるために主張する権利だ。

 

どこまでの改変を作者が許容できないかは作者自身の判断によるわけで、解釈にはぶれがある。拡大解釈も可能だ。

 

現実的には、どの程度から認められるか。

 

たとえば作曲家が、自分の曲をだれかが演奏しているとする。そいつが下手すぎる。こんなのは自分の曲ではないので演奏するなと主張できるか?

たとえばカラオケで自分の曲は女性が歌うことをイメージして作ったので、男性は歌ってはいけないと主張できるか?

どちらのケースも、認められる可能性は少ないだろう。

しかし、実演家がオリジナルのアレンジを入れ始めると、著作者の意思次第では危険な領域にはいってくる。

 

ただ、著作者が同一性保持権を主張するケースは、きわめてすくないので、本当は同一性保持権を主張できる可能性があるんだけど、だれもそんなことをいわないので、問題になっていないという領域は結構ある。

 

昔、私の会社で着メロビジネスを始めた時に、音楽業界との関係が悪化したときに起こりうる法務リスクを検討したことがある。そのときに潜在的なリスクとして挙げられたのが、制作した着メロを著作者が集団で同一性保持権の侵害だと主張すると面倒なことになるかもしれない。というものがあった。

 

実際はそんなことは起こらなかったし、起こったとしても、カラオケとかですでにMIDIの曲は長い間、流通しているので、主張が認められる可能性は低いんじゃないかというのがそのときの予想だったが、ただ、それでも、もし起こっていたら、XX風着メロとかいうアレンジをおこなう着メロの配信はできなくなっていただろうし、制作の自由度は大きく下がっただろう。

 

話が脱線した。

 

通信の最適化による著作物の同一性保持権の侵害の可能性についてだった。

 

結論として、画像や音声の劣化程度で認められる可能性はないでしょう。そもそも著作権侵害親告罪なので、高木氏が主張しても意味が無い。

 

以上