21世紀に入り、生産量が激増しているプラスチック。便利さの一方で、大量のプラスチックが海に流出し続け、近年は5mm以下の「マイクロプラスチック」にも大きな注目が集まっている。そこで、マイクロプラスチック汚染について早くから研究を続けてきた高田秀重先生の研究室に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=内海裕之)

 東京農工大学農学部環境資源科学科の高田秀重教授は、「環境汚染の化学」の専門家だ。

 みずから現場に赴いてサンプルを採取し、研究室で分析する。フィールドとラボの間を行き来する研究スタイルで、世界中の環境汚染の現場を見てきた。そんな中、マイクロプラスチックの問題は研究室のひとつの幹とも言えるテーマになっている。

 海のプラスチック汚染問題、さらにマイクロプラスチック汚染問題がどんなふうに認識され、理解が深まってきたのか教えてもらおう。

東京農工大学教授で、早くからプラスチック汚染の研究に取り組んできた高田秀重さん。
東京農工大学教授で、早くからプラスチック汚染の研究に取り組んできた高田秀重さん。

「こういったことが問題になり始めたのは、1970年代の初めにさかのぼります。72年に、カリブ海の東の海域で、プラスチックのゴミがたくさん浮いているという報告がありました。バミューダトライアングル、あるいはサルガッソー海と呼ばれるところです。風が吹かず、帆船の時代には、たくさんの船が難破したので有名ですね。それに続いて、ウミガメの体内からプラスチックが見つかったなどと報告されました。プラスチックの大量消費は、1960年代に始まっていますから、その影響が出始めたのが1970年代ということです。ただ、70年代、80年代の報告は散発的で、社会的にそれほど大きな関心を集めるには至らなかったと思います」

 1972年といえば、環境問題について、世界で初めての大規模な政府間会合である国連人間環境会議(ストックホルム会議)が開催された画期的な年だ。海洋のプラスチック問題が認識された背景には、環境意識の高まりもあっただろう。

 次に大きな動きがあるのは、1990年代後半。「市民科学者」を名乗る人物の活躍と、前にも触れた「環境ホルモン」騒動で、海のプラスチックゴミの問題が大きく取り上げられるようになる。

「キャプテン・チャールズ・モアという人が、太平洋の真ん中、ハワイのちょっと北側あたりにプラスチックがたまっている場所があると報告しました。この人は、研究用の大きなヨットを持っていまして、世界の海を回る中でたまたまその海域で風を待っていたところ、周りを見るとプラスチックがたまっていると気づいたんです。『プラスチックスープの海』という一般書も出しています。彼らの試算では、その海域で、海に浮かんでいるプラスチックの量と、海洋中の動物プランクトンの量を比べると、プラスチックのほうが5倍ぐらい多いとしました」

チャールズ・モア著『プラスチックスープの海』
チャールズ・モア著『プラスチックスープの海』

 とても強烈な試算だ。動物プランクトンよりも、海に浮かんでいるプラスチックの方が多い(重量ベース)というのである。このように数字が出てくるとにわかに問題の深刻さが分かる。ちょっと先走って書いておくと、21世紀になってからの知見では、このままの状態が続くと海のプラスチックの量は、2050年までに魚の量を超える(重量ベース)との試算が、2016年の世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)で示された。2015年には、世界中で年間4億700万トンものプラスチックが生産されている。人類はせっせと化石燃料を掘り起こしては、その一部を海に流し、それがつもりつもって、今や、プランクトンや魚などのバイオマスに匹敵する量に達しているのである。

 つくづくとんでもないことだ。

 さて、1990年代後半は、もうひとつ、重大な環境汚染問題が取り沙汰された。

「いわゆる環境ホルモンについても問題提起されたのはこの時期です。日本語にも翻訳された『奪われし未来』が最初に刊行されたのは1996年。プラスチックというと、それ自体無害なように思えるんですけど、実は添加剤としていろんな化学物質が入っています。その中には、環境ホルモンとして働くものもあります。それだけではなくて、環境中の有害物質を吸着します。僕もその頃、ある人に勧められて、海岸に落ちているプラスチックに何が含まれるか調べてみました。すると、環境ホルモンの1種のノニルフェノールが、もともとはないはずなのに、すごい濃度で出てきて驚きました。それで僕自身もこのあたりから、プラスチックのことを追うようになりました」

 ノニルフェノールは代表的な環境ホルモンで、室内実験ではヒトの乳がん細胞に添加すると乳がん細胞が異常増殖することが確認されている。一方、野生生物では、イギリスの河川の淡水魚で、雌雄同体の生殖異常を引き起こしていることが判明している。このような結果を受けて、日本国内の河川でもノニルフェノールの環境基準が作られているほどだ。

90年代に環境ホルモンは「ちょっと騒がれすぎて、今は反動で報道されにくくなっていますが、だから安全というわけじゃない」と高田さんは言った。
90年代に環境ホルモンは「ちょっと騒がれすぎて、今は反動で報道されにくくなっていますが、だから安全というわけじゃない」と高田さんは言った。

 高田さんたちが発見したのは、無害だと思われていたプラスチックには、もともと添加剤が含まれているだけでなく、ノニルフェノールのような典型的な環境ホルモンを吸着してしまう性質があることだ。そのため、周囲からノニルフェノールなどを集めてしまい、「運び屋」として働いてしまっているというのである。

 こういった内容の論文を高田さんたちが発表したのは、2001年のことだった。それに呼応するかのように、その前後の時期に、プラスチック問題に危機感を持つ人が増え、研究者も増えた。

「21世紀に入って初めの頃は、北極の氷の中から見つかりましたよとか、あるいは南極海に行ったら浮いてましたよとか、見つかる範囲が広がる報告が増えました。最近では深海からも見つかって話題になりましたね。僕たちが直接かかわった研究としては、離島のものがあります。例えば大西洋では、セントヘレナ島ですとか、カナリア諸島ですとか。太平洋では、イースター島とか、みなさんが名前を知らないようなヘンダーソン島、さらにインド洋のココス島とか。他の陸地からかなり離れたところでも見つかります」

 さらに、20世紀の「プラスチック問題」が、21世紀には「マイクロプラスチック問題」として再認識されるようになる。

「2004年に、イギリスのリチャード・トンプソンという研究者が、目に見えないぐらいの大きさのプラスチックも海の中、砂の中に存在すると主張しました。場合によってはそれらが生物に食べられてしまう、つまり生態系の中に入ってくると。それで、研究者の間でも、社会的にも関心を持たれ始めたということになります」

レジンペレット。通常は直径数ミリの円筒形か円盤形で、一般的なプラスチックゴミの破片があるところには、ほぼ100%ペレットが存在する。(画像提供:高田秀重)
レジンペレット。通常は直径数ミリの円筒形か円盤形で、一般的なプラスチックゴミの破片があるところには、ほぼ100%ペレットが存在する。(画像提供:高田秀重)

 なお、高田さんがさまざまな離島のサンプルを得て、マイクロプラスチックを分析しているのは、「インターナショナル・ペレットウォッチ」という活動の一環だ。インターネットや雑誌で呼びかけて、世界の人に海岸に落ちている「ペレット」を見つけてもらい、送付してもらう。それを高田さんの研究室で分析して、どんな物質を吸着しているか調べる。

 ここでいう「ペレット」というのは、海岸でよく見られる「レジンペレット」を指している。プラスチック製品を最終的な形にする前に、直径数mmの円筒型か、円盤型のかたまりにする工程があり、その状態をレジンペレットと呼ぶ。ただ、これは消費者のもとに届いて、無造作に捨てられるというようなものではないので、どんなふうにして環境中に出てしまうのだろうかと最初、不思議に思った。

高田さんが主宰する市民参加型活動「<a href="http://pelletwatch.jp/" target="_brank">インターナショナル・ペレットウオッチ</a>」のサイト。
高田さんが主宰する市民参加型活動「インターナショナル・ペレットウオッチ」のサイト。

「確かにコンシューマープロダクトではありませんが、プラスチック製品の消費が増えれば、作る量も運ぶ量も増えるということで、環境中に出てくる可能性も大きくなります。レジンペレット自体そんなに危険だとは思われてこなかったので、取り扱いが雑な時もありました。工場の中でも、輸送中にでも、こぼれてしまって、水路や川を通じて海に入ってくるわけです。タンカーがコンテナごと落としてしまって、近くの砂浜にレジンペレットが何センチもたまってしまったという事故の報告もここ10年ぐらいの間でも何度かあります」

 たしかに、とても小さなもので、別に危険とも思われていないなら、多少こぼれたものは洗い流しておしまいということになってしまうだろう。言われてみれば、容易に想像はついた。

 そして、レジンペレットのうち、特にポリエチレンやポリプロピレンでできたものは、比重が軽く水に浮かぶので、水路、河川を通って、海に至ると、表層を漂うことになる。海上輸送中にコンテナごと脱落事故を起こした場合は、直接的に海に大量投入されてしまう。それらの一部が、海岸に打ち上げられて、ごく普通に見つかるのが現状なのだそうだ。

東京湾のカタクチイワシの消化管の中から出てきたマイクロビーズ。(写真提供:高田秀重)
東京湾のカタクチイワシの消化管の中から出てきたマイクロビーズ。(写真提供:高田秀重)

 ひとつ注意しておきいたのは、これらは外に出た段階で、すでに「マイクロプラスチック」だということだ。「一次的マイクロプラスチック」という言い方もあり、洗顔料・歯磨き粉に使われるスクラブ剤(目に見えないほど小さいので、マイクロビーズと呼ばれることもある)もまさにそうだ。

 本稿では、環境中で小さくなる「二次的マイクロプラスチック」を中心に話を進めているが、「一次的マイクロプラスチック」も、起源が違うだけでやはり深刻な海のプラスチック汚染のサブジャンルだ。世界的にも注目されており、化粧品などにスクラブを使わないようにする規制はあちこちで行われるようになっている。

 そして、レジンペレットは、本当に世界中であまねくみつかることや、封筒などに入れて送りやすいことなどから、地球規模のモニタリングに適している。高田さんたちの「インターナショナル・ペレットウォッチ」が大切になってくる所以だ。

左の2つがレジンペレット。レジンペレットは、2次的マイクロプラスッチックと分布が重なり、数にして全体の5~10%存在する。製品をつくるときに加えられる添加物の含有量は少ないが、2次的マイクロプラスチックと同じように周囲から汚染物質を吸着し、形や大きさがそろっているおかげで分析もしやすい。そのため、2次的マイクロプラスチックによる汚染のモニタリングにも適しているという。
左の2つがレジンペレット。レジンペレットは、2次的マイクロプラスッチックと分布が重なり、数にして全体の5~10%存在する。製品をつくるときに加えられる添加物の含有量は少ないが、2次的マイクロプラスチックと同じように周囲から汚染物質を吸着し、形や大きさがそろっているおかげで分析もしやすい。そのため、2次的マイクロプラスチックによる汚染のモニタリングにも適しているという。

 閑話休題。

 プラスチックが見つかる場所が広がり、それらが「マイクロ化」している現況も把握された頃から、生物にどれだけ取り込まれているかという報告が相次いで寄せられるようになった。小さなものだから、そのまま体内に入ってしまうケースが想定され、実際に探してみたら、つぎつぎと見つかるようになった。

「20世紀には、比較的大きな動物、クジラであるとかウミガメからプラスチックが見つかっていたわけですが、少しずつ小さな動物でも見つかっていきます。たとえば、亜南極オーストラリアのマッコーリー島で、オットセイが食べているものを見るためにフンを観察していたら、魚の骨のじゃなくてプラスチックがあったと。これが2000年代の初め頃です。同時期に、ミッドウェー島のアホウドリでも見つかりました。私たちも北海道大学の綿貫豊教授との共同研究で、ハシボソミズナギドリという渡り鳥の消化管の中にマイクロプラスチックがあるのを確認しています。この鳥は、南はタスマニアから、北はベーリング海まで、赤道を越えて渡りをする希少な海鳥で、汚染物質の影響も受けやすい鳥になるわけです。そして、今ではカタクチイワシですとか二枚貝ですとかからも見つかるようになっています」

ベーリング海のハシボソミズナギドリを調べたところ、12個体のすべての消化管から0.1~0.6グラムのプラスチックが検出された。(画像提供:高田秀重)
ベーリング海のハシボソミズナギドリを調べたところ、12個体のすべての消化管から0.1~0.6グラムのプラスチックが検出された。(画像提供:高田秀重)

 日本の周辺海域についてのマイクロプラスチックの現状把握は、2014年に環境省が行っている。プランクトンネットを船で引っ張ってサンプリングしてまわった結果、1平方キロメートルにつき、172万個のマイクロプラスチックが浮遊しているという結果を得た。これは北太平洋の平均の16倍、世界の海の平均の27倍だという。ぼくたちはマイクロプラスチックのホットスポットに囲まれて暮らしている。

5兆個のプラスチックが世界の海を漂っている。日本の周辺海域の密度は世界平均の27倍だ。
5兆個のプラスチックが世界の海を漂っている。日本の周辺海域の密度は世界平均の27倍だ。

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

高田秀重(たかだ ひでしげ)
1959年、東京都生まれ。東京農工大学農学部環境資源科学科教授。理学博士。1982年、東京都立大学(現首都大学東京)理学部化学科を卒業。1986年、同大学院理学研究科化学専攻博士課程中退し、東京農工大学農学部環境保護学科助手に就任。97年、同助教授。2007年より現職。日本水環境学会学術賞、日本環境化学会学術賞、日本海洋学会岡田賞など受賞多数。世界各地の海岸で拾ったマイクロプラスチックのモニタリングを行う市民科学的活動「インターナショナル・ペレットウォッチ」を主宰。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。
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