局面を大きく変える地殻変動は、往々にして極めて静かに進行する。東証1部上場企業のバイテックホールディングスが、レタスなどの葉物野菜の植物工場の新設計画を発表した。ごく一部の植物工場関係者を除くと、このニュースに注目している農業関係者はほとんどいないだろう。

一挙に5工場体制を構築

 バイテックホールディングスは創業が1987年で、2017年3月期の連結売上高は1388億円。半導体や電子部品の販売事業から出発して関連分野に事業領域を拡大。2011年には環境エネルギー事業に進出し、全国各地で大規模太陽光発電所「メガソーラー」による発電や売電事業に進出した。

 植物工場は2016年4月に秋田県大館市で第1工場を竣工し、事業がスタートした。参入の理由は、「農業にはマーケットが確実にある」と判断したことにある。ここ数年、天候不順が頻繁に起きており、食料の安定供給にはビジネスチャンスが間違いなくある。だが、露地では生産を完全にコントロールすることはできない。だから、植物工場に照準を合わせた。

バイテックの植物工場事業はここからスタートした(写真提供:バイテック、秋田県大館市)
バイテックの植物工場事業はここからスタートした(写真提供:バイテック、秋田県大館市)

 ここまでなら、植物工場ビジネスに参入した多くのベンチャー企業と思惑は共通だ。取材ではそれを踏まえ、ふつうは「栽培が安定するまでにどんな苦労があったのか」「どうやって販路を開拓したのか」といったことを中心に質問するわけだが、例外的にここでは割愛する。立ち止まって苦労話をふり返るには、バイテックの戦略はあまりにスピーディーだからだ。

 最初の工場を立ち上げたあと、利益を出すのに四苦八苦して足踏みする多くのベンチャーと違い、バイテックは2年目の2017年には早々と、石川県七尾市と鹿児島県薩摩川内市で工場を稼働させた。今年の夏ごろをめどに、石川県中能登町と秋田県鹿角市でも新たに工場を立ち上げる。「栽培の苦労」や「販路の開拓」を聞くのは「拡大の可能性」を占うためで、一挙に5工場体制を構築するバイテックの場合、テーマはさらに先に進めたほうがいい。

大館工場の栽培棚(写真提供:バイテック、秋田県大館市)
大館工場の栽培棚(写真提供:バイテック、秋田県大館市)

 ここまでで、1日の生産量は7万株以上で、重量に直すと合計で7トン。日本で植物工場の研究が始まったのは1970年代で、本格的に普及し始めたのはごく最近。そこに2年前に参入した企業が、一気に最大級の生産規模に躍り出たわけだ。しかも、これはレタス1株当たりの重さを100グラムと仮定した場合の総重量。実際の重さは110グラムまで可能になっており、さらに重くすることにも手応えを感じている。ふつうの植物工場のレタスが80グラム程度なのと比べ、重量でも数歩先を行く。

第6工場からは栽培を全自動に

 この展開は、植物工場に先立ち、新規事業として始めたメガソーラーに似ている。バイテックの本業は電子部品の販売であり、ふつうならメガソーラーを1、2カ所造ったあと、太陽光パネルの販売をメーンにしそうなところだが、同社は発電事業者とパネル販売の両輪で事業を拡大した。植物工場でも、LED(発光ダイオード)照明などを売るために試験的に工場を造るメーカーと違い、バイテックは工場の運営そのものを事業の核にすえた。

 ここまで見るだけでも、バイテックの植物工場事業がこれまでのスケールを大きく超えていることがわかるが、本題は実はこの先だ。同社は2月下旬、さらなる植物工場の建設計画を発表した。2019年に日産4万株の工場を2つ新設し、さらに2020年秋をめどになんと日産が10万株を超す第8工場を稼働させる。第8工場は石川県七尾市にある中学校跡地と場所も決まっている。すべてフル稼働すれば、日産は合計で25万株以上になる。

 話はこれで終わらない。植物工場というと効率的なイメージがあるかもしれないが、既存の工場に限ってみると、「ビニールハウスでやっていることを工場の中に移しただけ」と表現されるほど、多くの人手がかかっている。人工光を使うことで天候に左右されない栽培環境はできるが、やっていることはほとんど手作業なのだ。これに対し、バイテックは2019年に造る第6工場からは栽培を全自動にする。これにより生産コストを引き下げ、自社工場だけでなく、植物工場のフランチャイズ展開にも着手する。

 以上はたんなる構想ではない。急激に拡大する事業を支えるため、パートナー企業を集めてコンソーシアム型の運営体制も構築する。具体的には、植物工場を運営する子会社のバイテックベジタブルファクトリー(東京都品川区)が第三者割当増資を実施し、キヤノン電子や設備工事大手の菱熱工業、日本政策投資銀行などが資本参加する。バイテックベジタブルファクトリーは当面の事業拡大に備えて資本を厚くするとともに、将来的には株式の上場も視野に入れている。

業務用レタス市場の1割を

 ではバイテックは工場の生産規模を一気に拡大することで、どんなマーケットを押さえようとしているのか。答えは業務用。コンビニやスーパーなどで販売するサンドイッチや総菜の材料、カット野菜、さらに外食チェーンのメニューで使うサラダなどだ。スーパーの野菜売り場はたとえレタスが品薄でも成り立つが、外食のメニューやサンドイッチに使うレタスは欠品が許されず、しかもスーパーの店頭と違い、簡単に値上げすることはできない。

 そうした企業がもっとも求めているのは、仕入れの安定。度重なる天候不順を背景に、工場野菜の需要が急激に増えつつある。しかも、露地で作った野菜と違い、工場野菜は土がついておらず、菌数も限りなく少ないので、厨房や作業場で洗わずにすむことも多い。生産の安定による価格の平準化と、作業の軽減を合わせれば、工場野菜に値ごろ感が出る。バイテックは工場の自動化を進めることでコストを押し下げ、価格競争力を一段と高めようとする。

 目指すシェアは、業務用レタスの市場の10%。1割のシェアを獲得することに成功すれば、マーケットへの影響力を確実なものにする道筋ができる。ニッチな野菜や果物を除けば、日本の一般的な農産物のほとんどは大勢の小規模農家に支えられてきた。そこに、ようやく「企業」と呼べる規模のプレーヤーが現れるわけだ。

 農家が家業から企業経営へと脱皮し、法人化することの意義は昔も今も小さくない。だがバイテックの登場により、彼らのチャレンジとは違う次元の農業ビジネスが誕生する兆しが見えてきた。そのことは、植物工場だけでなく、農業全体にも影響を及ぼす可能性を視野に入れる必要がある。さらに言えば、バイテックは植物工場のフランチャイズ展開に際し、企業だけでなく、地元の農協や農業法人をパートナーにすることも念頭に置いている。最先端の技術を使った地域の農業の活性化だ。

LEDの光が照らす七尾工場の栽培棚(写真提供:バイテック、石川県七尾市)
LEDの光が照らす七尾工場の栽培棚(写真提供:バイテック、石川県七尾市)

「量の確保」に貢献

 農業を取材していると、「日の光や澄んだ水、豊かな土」の価値を大切にし、植物工場のことを農業とは認めないという声を聞くことが少なくない。自ら田畑と向き合っている生産者だけでなく、研究者の中にもそうした意見がある。否定的な見方が生まれる背景には、1970年代以降、多くの挑戦があったにも関わらず、植物工場が鳴かず飛ばずだったことがある。では、植物工場への先入観を覆すような計画をどう受け止めるべきだろうか。

 人の心を和ます自然はもちろん大切だ。農業がその維持のために大きく貢献できる産業であることも間違いない。だが、実際に日本で起きていることは、農業で働く人の急減と、農地と生産量の右肩下がりの減少だ。農業の最大の目的が食料の供給である以上、もっとも優先されるべきなのは量の確保。日本の農業はそのミッションに応えることが難しくなりつつある。

 今後まず起きることは、高齢農家の大量引退と放棄地の増大の中で、担い手と田畑を守ることができた「勝ち組産地」の台頭だろう。そして、それと歩調を合わせるように、「量の確保」に貢献できる植物工場の存在感がじわじわと高まる。いま植物工場はついに黎明期を脱しようとしている。その動向から目をそらすことはできない。

新たな農の生きる道とは 『コメをやめる勇気

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。

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