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ネットフリックスの日本300万契約の影響力は大きいのか小さいのか

 先週、ついにNetflixが、日本における契約者数を開示しました。

 あくまでメディア向けのクローズドのイベントの場で「ざっくり300万で、さらに増え続けている」と言及しただけで、公式なリリース等が出されているわけではないようで、それほど大きな話題にはなっていないようですが。
 通常Netflixのようなグローバル企業が、決算発表以外のタイミングでこうした数値に言及するのは異例と言えますし、ある意味日本市場に対する本気度が感じられると思います。

 ここで気になるのは、果たしてこのNetflixの日本の契約者数300万という数字は、大きいのか小さいのか、という点でしょう。


■米国におけるNetflixの影響力は圧倒的

 なにしろNetflixのグローバルの契約者数は1億5100万契約。
 なんと日本の人口よりも多い契約者数を誇っています。

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 だからこそ、Netflixのこんまりメソッドの番組が、世界的にブームになってしまったりするわけです。

 さらに、米国単体で見てもその契約者数は約6000万。
 アメリカの人口が約3.27億と言われていますから、アメリカ人の5人に1人がNetflixを契約してることになります。

 しかも、注意していただきたいのはNetflixの契約者数は、あくまで「契約」者の人数であること。
 世帯主が契約していれば普通に考えると子ども達も見ることができるわけで。
 アメリカの世帯数が約1億3000万世帯であることを考えると、約6000万という数値は、すでにアメリカの半数の世帯がNetflixを見られる環境にある計算になるわけです。

 もともとアメリカはケーブルテレビの契約者が多いお国柄で、そのケーブルテレビ契約者数をNetflixが抜いて話題になったのが、もう2年も前の2017年のことというぐらい、米国においてはNetflixが浸透していると言えます。

 

 そう考えると、人口が1億2000万を超え、世帯数も5000万を超えている日本において、Netflixの契約者数が300万というのは、世帯普及率で見ると6%。
 アメリカの50%近い世帯普及率を考えると10分の1程度でしかないわけです。

 当然、Netflixの日本における影響力は、アメリカに比較すると圧倒的に小さいということができるでしょう。

 2015年9月にNetflixが日本でのサービスを開始したときに、メディアがこぞって「黒船襲来」と話題にしていましたが、今のところNetflixには黒船と言うほどの大きなインパクトがあったとは言えないようにも思います。

 

■そもそも日本では有料の動画配信サービスが苦戦している

 ただ、視点を変えると、この300万という数字は少し違って見えてきます。

 そもそも日本は、アメリカに比べると地上波テレビが非常に強く、テレビを有料で契約する文化があまりない国だと言われています。

 米国におけるケーブルテレビ契約者数の5000万をNetflixが上回って話題になっていたのにたいし、日本はそもそも多チャンネルが見られるケーブルテレビ契約者数は800万世帯程度と言われており、多チャンネルの有料チャンネルサービスの代表的サービスであるスカパーの契約者数も324万契約です。

 動画配信サービスにおいても、現在国内シェアトップと言われているdTVでも2016年に500万人突破がニュースになっていた程度。
 日本における有料動画配信サービスには、実はアメリカにおけるNetflixのような圧倒的なトップ企業は存在しないわけです。

 そういう意味では、Netflixの300万契約は、いよいよライバルと同等の契約者数まで辿り着いた数値と言った方が良いかもしれません。
 ここからがNetflixが日本に普及できるかどうかの分岐点とも言えるでしょう。


 そういう意味で興味深いのがNetflixの日本オリジナルコンテンツへの注力具合です。
 ここ最近、Netflix日本独自のオリジナルコンテンツである「全裸監督」が、業界関係者を中心に大きな話題となっていますが、全裸監督はなんと制作期間2年半にもわたるいばらの道を辿ったプロジェクトだったそうで、その分Netflixの本領を感じさせるコンテンツになっていると言えるでしょう。

 さらにこれから12ヶ月の間に、Netflixは16もの日本オリジナルコンテンツを投入する予定なんだとかで、力の入れようが感じられます。

 ここに来てNetflixが日本市場に注力している背景には、明らかに世界の動画配信サービス市場の競争激化があります。

 Netflixは、今年は米国の契約者数がついに減少に転じてしまった上に、今年の11月には巨大なライバルであるディズニーが「Disney Plus」という新しい動画配信サービスをひっさげ市場に参入してくるため、米国における競争が激化することが明白です。

 そういう意味で、今の日本市場はNetflixの普及率が低い分、ある意味逆に伸びしろが大きい市場と捉えて注力してきているというわけです。
 そう考えると、日本市場に本腰を入れてきたNetflixが、日本の動画配信市場、そしてテレビ市場に、これから何らかの影響を与える可能性は高いように感じます。


■全裸監督から考えるNetflixの特殊性

 もちろん、これからのNetflixの16作品が、全て「全裸監督」のように大きな話題を巻き起こすとは限りません。
 日本ではあいかわらずテレビ局が強いですし、地上波のテレビドラマも新しい取り組みに挑戦しているのは事実です。

 ただ、個人的に今回の「全裸監督」でNetflixの特別な立ち位置を象徴していると感じたのが、ピエール瀧氏の登場シーンです。

 ピエール瀧氏が、今年3月に法律違反の薬物を所持していた容疑で逮捕され、大きな騒動になったのが記憶に新しい方も多いはずです。
 当時、ピエール瀧氏が出演していたドラマやテレビ番組は、次々に取り直しや打ち切りに追い込まれ、出演していたゲーム『JUDGE EYES』は販売を自粛しキャラと音声を差し換え、さらにはピエール瀧氏の所属する電気グルーヴのCD及び映像商品まで出荷停止や配信停止になり、大きな議論を巻き起こす結果となりました。


 タイミング的にはNetflixの「全裸監督」も、この薬物不法所持が発覚する前に撮影されており、配信タイミングを考えると日本のテレビ局であれば差し換えや削除をしている可能性も十分高いところ。
 そこを、Netflixは、差し換えも削除もせず、そのまま放映するという判断をしたわけです。

 もちろん、逮捕から放送開始のタイミングがかなりあいたことも大きいとは思いますし、そもそも米国においては薬物使用という犯罪に対する社会的許容度が違うことも影響はしているでしょう。
 Netflixの看板番組である「ハウス・オブ・カード」主演のケヴィン・スペイシーに未成年へのセクハラ疑惑が発覚した際には、最終シーズン6の降板に追い込まれていますから、犯罪の内容が違ったら結果も違った可能性はあります。

 ただ、やはり個人的に1番大きいと感じるのは、Netflixが有料の動画配信サービスであり、広告収入に依存していないために広告主への影響を考える必要がないプラットフォームであるという点です。

 「全裸監督」はアダルトビデオがテーマと言うことで、そもそもテレビの地上波で放送できる性格のドラマではありませんが。
 仮にこの「全裸監督」がテレビ局制作のドラマであれば、ピエール瀧氏の起用は、広告主への影響を鑑みて見送られる可能性が高かったはずです。
 
 しかし、有料動画配信サービスであるNetflixでは、広告主の反応を考える必要はなく、あくまで視聴者の反応に集中して番組作りや配信停止の判断をすることができます。

 そういう意味で、Netflixにおいては、基本的に俳優による犯罪行為と、その俳優による過去の演技は別という整理なのでしょう。
 だからこそ、「全裸監督」においてもピエール瀧氏の登場シーンを、そのままで放映を開始するという判断を下すことができ、主演を降板したケヴィン・スペイシーの「ハウス・オブ・カード」についても、過去のシーズンはそのまま放映が続けられているわけです。

 ちなみに、Netflixが必ずしも全ての作品において削除を許容しないと言うことではありません。
 直近では自殺をテーマにして注目されているドラマ「13の理由」の自殺シーンが、若者の自殺を誘発しているという批判の高まりを受け、自殺シーンを削除すると発表したばかりです。

 

■Netflixはテレビから干されたタレントの救い主にもなるか

 「全裸監督」をまだ見ていない方には若干ネタバレになってしまいますが、ピエール瀧氏はドラマの中で、トラブル続きの主人公の苦境を救うという非常に重要な役回りを演じています。

 なんらかの自らの失敗によって日本のテレビに使われなくなってしまったタレントや、業界慣習の狭間に落ちてチャンスを得られなくなってしまったタレントにとって、Netflixがドラマの中のピエール瀧同様の救世主になる可能性をついつい重ねて見てしまったのは私だけでしょうか?

 もちろん、今のところ全裸監督シーズン2の予告編にピエール瀧氏の姿は見られませんし。

 私自身が、最近Netflixのドキュメンタリーにハマっているというバイアスは間違いなくかかっていますが。

 300万契約のNetflixが、これから日本の動画やテレビ業界における本格的な黒船に進化していくのかどうか、注目したいと思います。

この記事は2019年9月12日(木)にYahooニュース個人に寄稿した記事の全文転載です。

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