BUSINESS INSIDER JAPANより転載: 社長はじめ社員は出勤不要で、毎日好きな場所で働けるという振り切った会社がある。インターネットサービス老舗のシックス・アパートだ。働き方に「革命」を起こしたきっかけは、およそ1年前のEBO(従業員による買収)による、親会社からの独立。社員有志が、親会社の上場企業から株式を買い取り、株主となった。そこから何が起きたのか。

上場企業傘下の「コスト」

「このままでは、製品への開発投資ができない」

2011年2月に日本の大手IT企業の傘下に入って以来、古賀早社長はじめ経営陣は、上場企業の子会社ゆえに生じる「コスト」に頭を悩ませていた。

ブログサービスの老舗として知られる同社は、米シックス・アパートの日本法人として2003年に設立。米本社の他社との合併を機に、日本の大企業の子会社という道を選んだ。

しかし、大樹の陰の代償は決して安くはなかった。

移転に伴う入居先には、親会社の規定に合わせた内装やセキュリティー基準をクリアしたオフィスを余儀なくされる。都心ではなおのこと、賃貸料は跳ね上がった。上場企業傘下ゆえにコンプライアンスや内部統制も細かく、それまで単体で事業を展開していた会社ではあり得ない手間もかかった。

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大資本グループ傘下に入るということは予想外の“コスト”もかかる。
Photo: 今井拓馬

コスト増がのしかかり業績が伸び悩む中、上場企業の論理に引きずられていては、主力製品への追加投資がほとんど望めない。

「開発スピードが遅れ、このままではブランドが毀損しかねない」

古賀社長は焦りを感じていた。

シックス・アパートの主力製品であるコンテンツ管理システムを使う顧客は10万社にのぼる。仮にこのまま新たな投資をしなければ最悪の場合、事業撤退ということにもなりかねない。しかも顧客の9割は中小企業だ。

「ある日突然、システムが使えなくなったらどれほど迷惑がかかるか。自分たちにはお客さんへの責任がある」(古賀社長)

社員がオーナーという選択

「投資を自己資金でやるしかない。それには、独立しかない」

2016年のゴールデンウィーク明けのこと。古賀社長が社員を前に話した朝、社内は静まり返ったが、不思議に動揺はなかったという。1年近く親会社と交渉を重ね、ようやく折り合いがついたのだ。

古賀社長の提案は2つ。

  1. 一般的なMBO(経営陣買収)ではなく、社員有志が会社の株式を買い取るEBOを行うこと。
  2. 小規模オフィスに移転し働き方を変えること。

大資本グループ傘下を経験したことで、かえって「スリムでスピードある組織にしたい」という核が定まっていた。EBOを選んだのは、社員が会社のコアであり財産という考えの具現化だ。経営陣も製品づくりに関わり「社員と経営陣の境目がグラデーション」という社風もあった。

「前例にとらわれない選択は、シックス・アパートらしいという社員が多かったのでは」

同社広報マネジャーの壽かおりさんはそう振り返る。

会社の方針には全社員が賛同。社員の8割が株式の買い取りに応じ、オーナーとなった。赤字基調のため、低価格で合意できたのも幸いした。

会社に来なくていい会社

働きやすさを突き詰めると、会社に来なくていいよ。たまに集まろう、になりました

古賀社長は、新宿の高層ビルにあるシェアオフィスの一角で、独立以降の働き方をそう語った。

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古賀社長(左)とSAWSの設計に携わった作村さん。追求するのは社員のQOLだ。
Photo: 滝川麻衣子

現在、神保町に30坪程度のオフィスはあるが、基本的に出社義務はない。

社員が顔を合わすのは担当にもよるが、月に数回ぐらい。

コミュニケーションはすべてオンラインで、“職場”は自宅やカフェにシェアオフィスと、さまざまだ。古賀社長もオフィスに立ち寄ることはあるが、基本は近くのシェアオフィスで日々、仕事をするという。

2016年6月末の独立後、シックス・アパートは「働く場所の自由」に象徴される取り組み「SAWS」を開始した。

  • コンパクトなオフィスに移転し、全日リモートワークに。
  • 定期代の支給を廃止し、 出社回数に応じた通勤手当に切り替え 、用途を問わないテレワーク手当1万5千円を支給。
  • 給与明細の手渡し廃止。経費は銀行振込か少額ならばアマゾンのギフト券支給。
  • 遠隔でも複数人が対面で話せるビデオ会議ツールの導入。集まる時間的コストを削減。
  • 密なコミュニケーションをとるため、ビジネスチャットツールの導入。

独立前の低迷期は先行き不安に包まれ離職者も続いたが、独立後の離職はゼロで、社員は5人増えた。

個人の働き方が価値に直結

SAWSが「金銭的、時間的、精神的なムダの削減につながった」(古賀社長)のは間違いない。しかし、社員の働き方を変えたもっと大きなモチベーションは、社員の大部分が自社のオーナーという、現状の仕組みにあるかもしれない。

EBOで社員にオーナーシップや責任感が生まれたのは確かです。個人の働き方が自分の会社の価値に直結する」(古賀社長)

同社の事業開発シニアコンサルタントの作村裕史さんは社員の変化を指摘する。

やるべきことを一番効率的にこなす方法をゼロベースで考えられるようになったと思います」(作村さん)

アルバイトは店の前のゴミを拾わないかもしれないが、オーナーになれば拾うだろう。「自分の会社という意識があって、いかにコスト削減して売り上げアップするかの提案が生まれている」と、古賀社長も認める。

寝食忘れて働くスタートアップ

ワークライフバランスが論じられてから、仕事の時間の長短に議論が集中しがちだが、シックス・アパートの視点は少し違う。

「働き過ぎの問題も、すべてルールで規制してしまったら、(14年前にシックス・アパートが生まれたような)スタートアップは生まれない。寝食忘れて働くのがスタートアップですから。たくさん働いたときに、それがストレスにならないような仕組みという意味でシックス・アパートの取り組みであるSAWSは優れていると思っています」(古賀社長)

ワークライフバランスというより、シックス・アパートでは、仕事は生活の一部と考える。

結局はQOL生活の質を高めていけば、生活に含まれている仕事も生産性高く楽しめているはず。幸せな状態を維持できれば、仕事は絶対に充実する

働き方の革命は、幸福の追求に帰着するのだ。


Image: シックス・アパート, 今井拓馬, 滝川麻衣子