「がん治療が、遺伝子検査の新技術で素早く正確になる──身近になってきた「精密医療」最前線」の写真・リンク付きの記事はこちら

がんのなかでも、肺がんの致死率は最も高い。アメリカ国立がん研究所の推計では、分子標的治療の増加にもかかわらず、今年は15万人が肺がんで死亡するとされている。

肺がんは細胞の多様な突然変異によって、最も一般的な形態である非小細胞肺がんが発生することが要因のひとつである。医師たちは腫瘍の遺伝子プロファイルから適切な処方を導き出すことができる一方で、突然変異を見つけ出す作業のほうは試行錯誤の繰り返しなのだ。

スクリーニングで最も一般的な突然変異を見つけ、それにあった薬を試し、その薬が効かなければまたスクリーニングして他の薬を試す。患者の容態は一刻を争うにもかかわらず、この作業には数週間、もしくは数カ月かかる場合もある。

こうした状況が、間もなく大きく変わるかもしれない。2017年6月22日にアメリカ食品医薬品局(FDA)は、科学機器メーカーのサーモフィッシャーサイエンティフィックによる次世代シークエンシング技術に基づく検査を初めて認可した。この検査を使えば、腫瘍の遺伝子構成を基に、種々の薬がその患者にどのように作用するかを知ることができる。そして結果がわかるまでに、わずか4日しかかからない。これは、ようやくがん患者の容態改善に効果のある製品へと進化したプレシジョンメディシン(精密医療)の最前線といえる。

一度に複数の遺伝子の特性が明らかになるメリット

これまで、FDAからの承認を得るまでには2年の歳月と22万ページに及ぶデータを必要とした(これはカール・オーヴェ・クナウスゴールの6冊に及ぶ自叙伝『わが闘争 父の死』を始めから終わりまで61回読むことに相当する)。このプロセスを通せば、FDAが個別化医療の進展を規制すべきかが明らかになり、未完成だった新たな技術の実用化に向けて扉が開かれる。

「Oncomine Dx Target Test」と呼ばれる試験板は、ごく少量の腫瘍組織を使って23種類の異なる遺伝子への変化を確認できる。その情報すべてが医師たちにとって有益なものだが、なかでもROS1、EGFR、BRAFの3つは最も重要だ。なぜならこれらの突然変異が、ファイザー、ノバルティス、アストラゼネカ各社による精密医療用の抗がん剤に対応するからだ。これらを用いた検査は臨床検査改善修正法案(CLIA)認定のすべての研究所で実施が可能で、すでに2つの最大手がん研究所で提供されている。

Oncomine Dx Target Testと、これに対応したサーモフィッシャーサイエンティフィックの「PGM Dx System」。IMAGE COURTESY OF THERMO FISHER SCIENTIFIC

さまざまな検査をFDAに認可させることは容易ではなかった。「複数の遺伝子と複数の薬に同じ検査をするのですが、そのすべてが初めてのものなのです」と、サーモフィッシャーの臨床次世代シークエンシング最高責任者であるジョイディープ・ゴスワミは言う。「そのため、自分たちの技術について非常に緻密な精査を行う必要がありました」

FDAは一般的に、ひとつの製品や薬に対して、ひとつの診断を認可する。精密医療の最大のポイントは、各患者の遺伝子に合わせた治療を個別提供することであり、これまでのような一度限りの遺伝子検査はその目的にそぐわない。それだけに、複数遺伝子と複数の薬を扱う試験板には大きな期待がかかっているのだ。

これによってサーモフィッシャーは、新たな遺伝子マーカーや新薬が現れ次第、検査できる。また、1カ所検査するだけで複数のがん治療の手がかりを得られるようにもなる。がん患者の血液中に存在する腫瘍のDNAと連鎖して初期診断を行う「液状がん生検」や、人間の体に生来備わっているがん細胞と闘う力を高める「個別免疫療法」なども、その対象だ。がんとの戦いにおけるこれらの有力な最新技術が病棟で用いられるには、米国が遺伝子や生活環境、これまでの生き方など全てを含めた個人について、話し合うことができるような柔軟性のある法規制を採用するしかない。

有難いことに、FDAはまさにそれを始めようとしている。昨年2月、FDAは1日がかりで一般向けワークショップを主催し、FDAによる遺伝子ベースのがん検査への取り組みに関するフィードバックを集めた(文書は2014年以来更新されていない)。ここで浮上した大きな疑問は、FDAがどうやってさまざまな遺伝子とそれらの臨床上の突然変異すべてを確認するのかということだった。

患者たちに残された時間は少ない

FDAは昨年の夏、高水準の臨床基準を満たす既存の遺伝子データベースにFDAの認証を与えるという考えを提案した。商業用及び学術用データベースに加えて、国立バイオテクノロジーセンターの「ClinGen Dosage Sensitivity Map」を含める考えで、このMapは1,000以上の新薬開発につながりそうな遺伝子を保存している。こうしたデータベースは一般向けにアクセスができるようにし、薬の開発業者たちはすべて同じ情報に基づいて治療法の開発を行うことが可能となる。

FDAは現在フィードバックを精査し、最終的な指導書をまとめようとしている。それが出版されればFDAはデータベース認証のリクエストを受け付け始める見通しだ。

20万ページ以上の申請を取り扱うには、FDAはさらに多くの統計学者、生命情報学者、データ科学者を雇うことになる。FDAはビッグデータ時代にデータの識別と認証を行う資質をもつ優れた人材を採用するために、新たな部門も準備している。ゲノムは言うまでもなく現存する最大級のデータの一部だ。こうした動きが精密医療の将来にどんな意味をもつのかについて、科学者や医薬品メーカーが楽観視する一方で、医師たちは現時点でそれをどう利用できるのかについて興味津々である。

「時間は肺がん患者たちにとって重大問題なのです」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の胸部腫瘍医師のコリン・ブレイクリーは言う。彼はサーモフィッシャーとはかかわりがない。「一度に複数の遺伝子の特性を明らかにし、重要な要素を素早く絞りこむことができることは、我々が病気を治療していくうえで革新的なことです」

それによって、医師が不完全な情報に基づいた治療法を選んでしまうことを防げる。標的治療と比べて効果が上がらないにもかかわらず、医師たちはすぐに患者に化学療法を施すことが多い。患者たちには、6〜8週間という必要な検査をすべて受けるための時間の余裕はないからだ。

また、複数遺伝子試験板のコストは初めは高額かもしれないが、患者たちの病状が悪化して救急病院に行くようなことがなくなるため、長期的に見ればお金はかからなくなる、とブレイクリーは言う。さらに「精密医療によって患者に適切な薬を直ちに処方できるので、その値打ちは十二分にあります」と語る。今年肺ガン宣告を受ける225,000人の人々にとって、少なくとも何人かはそれを実感することになるだろう。

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