日本の大手家電メーカーが衰退するのを尻目に、ドイツには創業118年目を迎えてなお、無借金経営で売り上げを拡大し続ける家電メーカーがある。「Miele(ミーレ)」がそれだ。洗濯機や掃除機、食器洗浄器などの家電を世界100カ国で展開し、高い性能と使いやすさ、洗練されたデザインを備え、多くの人から長く愛されている。

 日本でも消費者の心をつかんでいる。今月来日した同社のラインハルト・ツィンカン共同経営者兼社長によると、日本での売り上げもこの5年間で2倍に増えたという。

 「私たちがつくっているのは、今必要とされる製品ではない。常に将来のニーズを見据え、長期的な視野で価値を生み出している」と語るツィンカン社長。同社が100年以上もの間、強くあり続け、消費者の心を離さない理由はどこにあるのか。ミーレの秘密を解き明かす。

2016年に発表されたミーレのArtLineシリーズ。据え付け型のキッチン家電で取っ手がないのが特徴。タッチパネルに触れるとオーブンの扉が開く
2016年に発表されたミーレのArtLineシリーズ。据え付け型のキッチン家電で取っ手がないのが特徴。タッチパネルに触れるとオーブンの扉が開く

 ドイツの首都ベルリンから西へ約400㎞、ギュータスローという人口10万人ほどの静かな街に、創業118年目を超える高級家電メーカー、ミーレの本社がある。

 2015年、ミーレはドイツの市場調査会社などが実施する「ベストブランド賞」の企業部門で、BMWやアディダスを抑え、1位を獲得した。

ミーレ本社はハノーバー空港から車で約1時間半、ギュータスローというのどかな街にある
ミーレ本社はハノーバー空港から車で約1時間半、ギュータスローというのどかな街にある

 ミーレの洗濯機や掃除機、食器洗浄器などの家電は、高い性能と使いやすさ、洗練されたデザインを備える。現在世界約50カ国・地域に現地法人を持ち、1万9100人の社員を抱える。その製品は20年以上の使用を想定してつくられ、厚い信頼と支持を得てきた。ドイツの家庭では、代々ミーレの家電を引き継いで使うことも多い。

 同社の創業は1899年。技師のカール・ミーレ氏と実業家のラインハルト・ツィンカン氏が共同でクリーム分離機製造を始めた。以来、4世代にわたり、ミーレ家とツィンカン家で経営を続けてきた。創業時からのルールで両家から1人ずつ、常に2人の社長を置く決まりとなっている。

会社の入り口付近には、創業者のカール・ミーレ氏(左)とラインハルト・ツィンカン氏(右)の銅像がある
会社の入り口付近には、創業者のカール・ミーレ氏(左)とラインハルト・ツィンカン氏(右)の銅像がある

リーマンショックの影響も軽微

 16年6月期の売上高は前期比6.4%増の約4638億円。前年比数%の伸び率で推移を続けている。

 「ミーレが目指すのは急ぎ足の成長ではなく、一歩一歩、市場環境などに左右されない自然な成長(オーガニック・グロース)だ」(ミーレ社長)。前年を割ったのは08年にリーマンショックが起きた際だったが、売上高の減少幅は1.2%にとどまった。

 現在、国内外1万9100人の社員を率いるのは、技術を担当するマルクス・ミーレ社長(48歳、写真左)と、販売・マーケティングを担当するラインハルト・ツィンカン社長(57歳、写真右)だ。

技術部門責任者のミーレ社長(左)とセールス&マーケティング部門責任者のツィンカン社長(右)。今も近くに住んでいる
技術部門責任者のミーレ社長(左)とセールス&マーケティング部門責任者のツィンカン社長(右)。今も近くに住んでいる

 「私たちは先代から、会社のため、2つの家族は“結婚したカップル”のように同じ方向を向いて手綱を握り合い、決して“離婚”してはならないと伝えられてきた」(ツィンカン社長)。先代の言葉を守り、両家は良好な関係を維持し、景気に左右されない手堅い経営を続けている。取材中も、相手の言葉は互いに尊重しつつ、絶妙なタイミングで合いの手を入れ冗談を言い合うなど、2人の信頼関係と仲の良さがよく伝わってきた。

先代が決めたルールは厳守

 永続経営のカギは何か。それは、会社を永続させるための厳しいファミリールールを代々定めてきたことだ。

 まず、創業者たちは、企業理念と株の所有について定めた。

 企業理念は「IMMER BESSER(常により良いものを)」。全世界の約2万人の社員の頭に刻印されているこの理念のもとで、今日まで生産を続けてきた。人々の生活をより良いものにできるよう、常に最善を尽くす。発売までの全工程で常にベストな状態を目指すため、開発に5年以上をかけることもある。

 このペースで製品づくりができる理由は、創業以来、株式上場を禁じていることが大きい。そのメリットをミーレ社長はこう語る。

 「四半期ごとに、株主に同じ話をする必要も、急成長を狙う必要もない。そのおかげで長期的な視点で製品をつくることができる」

 無理をしない経営方針を象徴するエピソードがある。

ミーレが1912年に製造した自動車。人気を博したがあえて2年で撤退した
ミーレが1912年に製造した自動車。人気を博したがあえて2年で撤退した

 1912年、ミーレは、自動車生産に乗り出した。人気を博し、140台以上を完売したが、さらなる拡大をすることはなく、わずか2年で撤退したのだ。

 なぜか。生産を続けるためには外部資本を取り込む必要があり、身の丈に合わないと判断したからだ。

 こうして初代から外部資本に頼らない着実な経営を続け、第2次世界大戦以降は、銀行からの借り入れもない。

 また、会社の株式は、代々ミーレ一族が51%、ツィンカン一族が49%ずつを所有する。大切にしているのは、会社の方針の決議には60%以上の賛成を必要とするルールだ。どちらかの家に偏った決定は下せない仕組みとなっている。

 2代目が定めたのは、公正に優秀な後継者を選ぶための基準だ。

 「経営者の長男が無条件に家業を継げるほど、ビジネスは甘くない。能力のない人が社長になることは、会社にとって致命的でしかない」とツィンカン氏は強調する。

 4代目の2人も、「適齢期だから」「長男だから」と先代から単純にバトンを渡されたわけではなかった。

無能な継承者はいらない

 まず、名門大学を出ていること、ミーレ以外の会社に少なくとも4~5年は勤務して社内でリーダーシップを取り、確固たる実績を残していることが大前提だ。

 そのうえで審査がある。後継者選考のポイントは2つ。本人が果たして心の底から後継者になりたいと思っているのか、そして、本人にリーダーとして十分な素質があるのかだ。

 後継者の承認プロセスでは、この2点を満たしているかを株主である一族だけでなく、外部の調査機関を交え、次のように3段階の審査をしていく。

第1段階
 履歴書を書き、「社長志望動機」や自らのキャリアがトップリーダーに足るものであることを株主である一族の前でプレゼンする。

握手しながら互いのバケーションについて話し続ける2人の社長。とても仲がいい
握手しながら互いのバケーションについて話し続ける2人の社長。とても仲がいい

第2段階
 第三者である外部の人材会社の専門家と1日がかりで面談をする。面談では、長所や短所、短所を乗り越える資質、リーダーシップやマネジメントのスキルなどを徹底的に問われる。

第3段階
 調査機関によるインタビューの結果をまとめたレポートを最後に一族全員が読み、後継者として適しているかを話し合う。

 いずれの段階でも、「どちらの家の者か、持ち株数はどの程度かなどは全く関係なく公平な審査をする」とミーレ社長は言う。

 ミーレでは、トップの2人を除いて、基本的に縁故入社は認めない。「万が一入れるとしても、一族の人数は社内に4人までとし、我々と同じような審査を通過した者に限る」(ツィンカン社長)。

 3代目の時代になると、会社の規模も大きくなり、株を持つ家族の人数も増えた。そこで、取締役会議及びファミリー会議について新たな決まりを定めた。

経営戦略もファミリーの同意を得る

 会社の方針を決める取締役会は、ミーレ社長とツィンカン社長のほかに、非同族である財務担当役員、技術担当役員、販売・マーケティング担当役員の3人を加えた5人で構成する。

 5人は公平に同じ権利を持っており、多数決でも、2人の社長の意見だけで決まることはない。「非同族のメンバーの意見は貴重だからだ」(ツィンカン社長)。

 取締役会の5人は、「家族のためでも自分のためでもなく、会社のために最善だと思う意見を出し合える信頼関係がある」と2人は口を揃える。だからこそ、意見がくい違うときにもないがしろにせず、互いの主張にじっくり耳を傾け、より良い結論を導き出す。

17年6月に日本を訪れたツィンカン社長。右は最新の食器洗浄機エコ・フレックス。洗浄から乾燥まで僅か58分(標準運転時間)で終えられる。「世界中の忙しい女性向け」だ
17年6月に日本を訪れたツィンカン社長。右は最新の食器洗浄機エコ・フレックス。洗浄から乾燥まで僅か58分(標準運転時間)で終えられる。「世界中の忙しい女性向け」だ

 また、年に一度は株主の一族全員が集まるファミリー会議を開く。経営方針を説明し、確認し合うためだ。現在株を持つ一族は、第5世代まで含めて約80人。全員が顔を合わせる場の役割は大きい。

 さらに、年に4回、ミーレ家とツィンカン家からそれぞれ3人ずつ選出された代表者による監査役会を開催する。人数を絞って株主の総意を伝え、意見を交換し合い、会社の方向性や事業戦略を議論する。

 「会議には、親族以外は入れない。しかし、銀行や保険会社の社員、医師として高いキャリアを持つメンバーが、僕らを容赦なく追及する。特に歯科医は利益についてしつこく聞くよ(笑)。私たちの給料も彼らの判断次第だ」(ツィンカン社長)

 今後、株の所有者がどれだけ増えたとしても、それぞれの家の株の所有比率と、監査役会に参加する代表者の人数は変えないと決められている。

 こうして、経営陣が常に株主である一族から健全な経営を求められる仕組みができている。

 両社長の子供は13歳と21歳。後継者について尋ねると、「まだまだ自分たちの時代が続く。子供たちに跡継ぎとしてのプレッシャーを与えることもない。ただ、彼らが同じ道を歩みたいと思った時、父がそうだったように、より良い会社であるようにしておきたい」と2人のトップは口を揃えた。

(この記事は2016年8月号の「日経トップリーダー」の記事を再編集したものです。構成:福島哉香)

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