2017.06.24

世界の覇者「チンギス・カン」の謎を、考古学で解き明かす

名付けて「チンギスカン・考古学」

本当にヒーローだったのか?

チンギス・カンをご存じだろう。およそ800年前に史上最大といわれる版図を築いたモンゴル帝国の初代君主だ。わが国では小学校の教科書にも登場する。

チンギスのことを好きか嫌いか尋ねると、多くの日本人は好きと答える。源義経がチンギスになったという荒唐無稽な伝説や、井上靖が名作『蒼き狼』で人間味あふれる人物として描いた影響からか、彼に好感をもつ人は多い。

歴史上の人物には毀誉褒貶がつきものだ。利益を得た者はその供与者をたたえ、被害を受けた者は加害者をさげすむ。そのことは文字で書かれた資料(史料)に残る。史料には書き手の思いが端々に見え隠れするものだ。

チンギスの場合、彼と彼の息子に侵略された中央アジアや欧州の史料は、悪魔のような征服者とする一方、故郷のモンゴルの史料は、神のような優れた支配者だと記す。井上は後者に依拠した。

小説家ならばそれでいいかもしれない。だが、研究者は違う。できるだけ史実に基づく、ニュートラルな立場で書かれた史料を探し求め、客観的な結論を導かなければならない。

世界には多くのチンギスに関する史料が残る。だが、信頼できるものは少ない。そのため彼の生涯は未解明のままだ。いつどこで生まれ、どこでどんな生活を送り、いつ何が原因で死に、どこに葬られたのか―そんな人物史の基本事項すら、わかってない。

それゆえ、後世の人々は彼に対して、自由にイメージを膨らます。多くは重厚長大で豪華絢爛といったものだろう。何百人も収容できる巨大なパビリオンで、金銀財宝に囲まれて、栄耀栄華の限りを尽くしていたと想像する。世界征服者とよばれた彼のこと、そう思うのも無理はない。だが、本当にそうだったのか。

真のチンギスの姿を解明するには、史料だけでは限界がある。そこで私は考古学からこの問題に取り組んでいる。考古学とは物質資料を使って歴史を復元する学問である。物質資料とは陶磁器や武器といった遺物、建物跡や墓といった遺構などをいう。つまり遺物や遺構から彼の事績を解明しようというのだ。

名付けて「チンギス・カン考古学」。これを看板に掲げている研究者は、世界中探しても、私の他にはいない。

なんのための世界征服なのか

物質資料は、捏造などの悪意がなければ、当時のありのままの姿を伝えるニュートラルな存在だ。史料の信憑性の検証にも使える。ただ、雄弁な史料に比べ、物質資料は多くを語らない。寡黙な物質資料から真実を聞き出すのが、考古学者の腕の見せ所だ。

とはいえ、研究を開始した四半世紀前、チンギスに関する物質資料は、史料よりも少なかった。行き詰まっていた時、さいわい素晴らしい遺跡に巡りあうことができた。それはアウラガ遺跡という。チンギスの大本営で、モンゴル帝国の最初の首都だった場所だ。

そこはモンゴル国東部の広い草原にある。チンギスも眺めただろう景色の中、これまで一五次にわたる発掘調査がおこなわれた。

その結果、宮殿や霊廟などの遺構と、陶磁器、鉄製武器、食物残渣などの大量の遺物が出土した。史料には見られない、当時の食生活や住まいの構造がわかってきた。また、周辺からは鉄工房や耕作地が見つかり、当時の生産のようすも明らかになった。

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