「メルカリうまい、トヨタ存在感なし」なぜ日本企業はシリコンバレーで失敗するのか —— 元米Yahoo!VPの日本人女性に訊く

渡辺さんと奥本さんの写真

左から渡辺千賀、奥本直子。BUSINESS INSIDER JAPAN編集部にて撮影。

Facebookやアップル、グーグルといった超一流のIT企業から、創業間もないベンチャー企業まで乱立するIT企業の聖地・シリコンバレー。日本企業も多数進出しているものの、この地で大きく成功した例は少ない。

大企業からスタートアップ企業まで、なぜ日本企業はシリコンバレーで存在感を示せないのか? シリコンバレーで日本企業を支援する女性2人に直撃した。

1人は奥本直子。元米Yahoo!社員で、国際的なビジネス展開を行う部署のバイスプレジデントまで務めた経歴を持つ。もう1人は日米進出をサポートするコンサルティング会社Blueshift Global Partners創業者の渡辺千賀。現在、渡辺と奥本はBlueshift Global Partnersで日本企業の海外進出・ビジネス開発などをサポートしている。

奥本直子

米マイクロソフトなどを経て、米Yahoo!本社にてインターナショナルプロダクト&ビジネスマネジメント部門のバイスプレジデントとしてYahoo! Japan、Yahoo!7を担当。 2014年より、ベンチャー・キャピタルのWiLの創業に参画。2017年に独立し、Blueshift Global Partnersに参加。

渡辺千賀

三菱商事の営業部門に女性初の総合職として入社。米国ベンチャーへの投資に携わるなどしたのち、 マッキンゼーで大手電機メーカーのインターネット戦略などを手がけた。 現MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏のもと、ベンチャーの投資・育成に従事した経験もある。2000年に渡米し、Blueshift Global Partnersを創業。


なぜ日本企業は失敗するのか? 2つの"シリコンバレーあるある"

奥本は現地企業の社員として、渡辺は日米間のパートナー関係を支援する立場として、長年シリコンバレーから日本企業を見てきた。彼女らにとって「うまくいかない理由」は明快で、"シリコンバレーあるある"のように言語化されている。

"あるある その1"は、「企業の規模にかかわらず、シリコンバレーに出て行くタイミングと、求めるものが間違っている」ことだと、渡辺は鋭く指摘する。

「シリコンバレーで3億円くらい調達したい、という相談はよく聞きます。でも、そもそも10〜20億円程度までなら、実は日本で集めた方が簡単なんですよ。シリコンバレーは確かにエンジェル投資家やベンチャーキャピタルは多いかもしれない。でも、ベンチャーも何十倍もいるから、熾烈な数の競争の中でお金を集めることになる。むしろ難しいです」

渡辺氏

Blueshift Global Partners創業者の渡辺。現在は休筆しているが、2000年代のブログ全盛期にはアルファブロガーとしても知られる存在だった。

"あるある その2"は「上場してからシリコンバレーに来ること」。たとえば2000年代前半に一斉を風靡したSNS企業のmixiのような企業もその一例かもしれない。シリコンバレーの起業家の間では「上場したらなかなか人が雇えない、(ストックオプションの売却で)人が辞めてしまうから、上場のタイミングは慎重に判断する」という共通認識がある。

上場して株価がオープンになることは、社内の士気にも影響する。株価の上下に社員が一喜一憂してしまうからだ。小規模な組織で、チーム一丸となって苦しい局面を乗り越えていかなければいけないスタートアップにとって、集中を阻害する"ノイズ"は避けなければならない。

さらに、現地のプログラマーたちから見れば、シリコンバレー進出企業の最も注目度が高い時期というのは、「これから大規模調達をして飛躍する」というタイミングでの入社だ。うまい具合にストックオプションが得られる時期に参画できれば、全力で働いた見返りが、大きな資産となって返ってくるからだ。自身のキャリアにとっても、「あの有名企業の上場を支えた」という経験は得難いものになる。

上場後でのシリコンバレー進出は、こうした「社員にとってのうまみ」がまったくない企業と見なされてしまうというわけだ。

鮮やかにシリコンバレー進出を決めた日本企業はどこ?

では、最近の上手くシリコンバレー進出できた企業はどこだろうか?

渡辺と奥本は「セオリーどおりに上手く進出しているのは、最近では"メルカリ"」だと口を揃える。

メルカリの創業者である山田進太郎氏は、以前、ゲーム会社をZyngaに事業売却しており、現地在住の経験からもシリコンバレー文化を肌で知っている。

「ベンチャーがどのくらいの規模感のときにシリコンバレー進出すべきか、という点では(メルカリのタイミングは)本当に正しい選択だと思う」(渡辺)

日本ではあまり伝えられることのないメルカリのアメリカ進出の状況だが、iOSのアメリカ版AppStoreで2016年7月には総合ランキングのトップ5に入っていたり、彼女らの周囲でもユーザーを見かけるなど、現地でも盛り上がりを感じるという。

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メルカリの直近365日のランキング推移。2016年7月29日が直近の最高位で、ショッピングカテゴリ1位、総合で3位。

出典:AppAnnie

進出がうまい大手企業の例では、リクルートの名前も筆頭に上がった。社員ひとりひとりの起業意識が強く、日本の大企業にありがちな「会社に持ち帰って40人に話したら、議論が振り出しに戻る」ようなことが起こらないからだと、と渡辺は語る。

大企業が失敗する典型的な例は、指摘しだせばキリがないほどだ。

その一例を渡辺は球技に例える。

「シリコンバレーという場を勘違いしている。上司から、"何か面白いことやってるみたいだからちょっと見て来てよ"と言われて、Tシャツに短パン、みたいなノリでアマチュアのソフトボールの試合に混ぜてもらうかのように来てしまう。

シリコンバレーは、真剣勝負の超絶的な大リーグなんですよ。ルールが違う、サイズ感が違う、そういうことを経営トップのレベルで理解して事業に特別にコミットしないと成功は難しい。厳しい言い方かもしれませんが、そういうやり方でコミットしたことがある人が、日本の経営層にはほとんどいないのかもしれない」

シリコンバレーの有名人・孫正義、不思議なほど存在感が希薄なトヨタ

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純利益1.4兆円の決算を誇らしく語る孫正義氏。2016年度決算説明会にて撮影。

撮影:中西亮介

奥本氏

孫正義氏には日本で知られていないような姿もあるらしい。大きなエンジニア向けイベントとあれば、プレゼンターとして場を沸かせるネタを仕込んで来ることもある、と奥本は語る。

シリコンバレーで知られる日本の企業経営者とは誰なのか。奥本は、即答で「孫正義(ソフトバンク会長)」だと言う。

「商談のためなら、たった3時間しか滞在しなくても飛んできて、ディールを決めに来るんですから。シリコンバレーのインサイダーの人たちの間でも"孫正義"の名前はサインを求められるくらい、圧倒的に有名ですよ。同じようにサインを求められる有名人は、プログラミング言語・Rubyの生みの親、まつもとゆきひろさんですね」

シリコンバレーには、日本の大手自動車メーカーも研究所などの形で進出している。トヨタ自動車のTOYOTA RESEARCH INSTITUTE(TRI)などもそうだ。TRIは、2016年の設立時に組織のトップに米国防高等研究計画局(DARPA)のプログラムマネージャーを務めたギル・プラット氏を招聘して、最高のAIエンジニア集団をめざして組織づくりを進めている。シリコンバレーは、アメリカに3つある重要な拠点の1つだ。日産もシリコンバレーに研究拠点を持っている。ホンダも、Honda R&D Innovations, Inc.という社名の研究拠点がある。

TOYOTA RESEARCH INSTITUTEの設立会見の模様。トヨタ自動車が自動運転時代に自動車業界のトップ集団でいるために作られた組織だ。

渡辺と奥本は、こうしたシリコンバレーに進出した国内自動車メーカーの状況を「がんばっている」と表現する。これは、決して良い意味ではない。なぜか?

奥本は、米Yahoo!社員の立場でシリコンバレーの変遷をコミュニティーの中心から長年見て来た。当然、ネットワークは非常に幅広い。そんな奥本らのネットワークのなかには、驚くことに日本の自動車メーカーの研究者は一人もいないという。

世界に誇る日本の自動車メーカーが、AI研究を加速させるグーグルやFacebook、マイクロソフト、そしてAIの計算リソースを支える半導体大手NVIDIAの本拠があるシリコンバレーで「存在感がない」と聞くのは、率直に言ってショッキングだ。

自動車メーカーには、良い意味でも悪い意味でも、"内向きの力学"が働いている。そこから外に出て活躍する、ということがなかなか難しいのではないか、と彼女らは分析する。

あらゆる自動車メーカーがそうなのだろうか? 奥本は必ずしもそうではないと言う。

「日本と対照的なのはドイツの自動車メーカー。彼らはものすごく真剣にシリコンバレーに対抗しようとしてますよ。面白い技術だと思ったら驚くような機動力でドイツに持って帰って、試すんです。これから自動運転の時代が来る、そのときにオープンイノベーションに"本気で"取り組まなければ生き残っていけない、と彼らはわかっているんだと思います」

どうすれば日本企業はシリコンバレー流になれるか?

シリコンバレーに限らず、アメリカという国は多国籍でさまざまな文化と背景をもつ人たちが集まる国だ。そうしたコミュニティのなかで、認められ、仲間の輪を広げていくには、頭の良さや日本的な組織力だけでは足りない。

奥本はこう話す。

「シリコンバレー住人たちは、良くも悪くもみんな"濃い"人たちです。プレゼンターとしての孫正義さんは、アメリカ人から見ても強烈な部類ですが、あんまり薄味だと味がしないというか(笑)。移民の国・アメリカで、(様々な理由で祖国を離れて人生を送る)移民というのは、みんなプライドが高いんです。言い方は悪いですが、日本のように、リッチになった国でリッチに育って、安定した仕事をしてきた人には、わからないものはやっぱりある。

例えば相手を事業に巻き込んでいく"ドライブ感"。これって、元々ある人とない人がいて、"ない人"にドライブ感を持てというのは難しくて。トレーニングで底上げはできるかもしれないけれど、そもそも"全員を平均的に底上げする"という発想自体が間違いな気がするんです。

例えばメルカリさんだったら、これまでの尖っているメルカリをもっと尖らせるにはどうしたらいいか。あるいはリクルートのような会社をもう1社作り出すにはどうしたらいいか? そういうことを、精密ろ過をする"ミクロフィルター"で選別するように考えた方が建設的な気がします。あらゆる企業がシリコンバレーに行かなきゃいけないわけじゃないですから」

(本文敬称略)

(撮影: 中西亮介)

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