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「日本はソニー向きのマーケットになった」。有機EL BRAVIA投入の'17年テレビ戦略

 5月8日、有機ELテレビ「BRAVIA OLED A1」をはじめとした、今夏の日本市場向けテレビ製品を一斉に発表したソニー。2017年のテレビ、そしてソニー国内製品販売をどのように展開していくのか、ソニーマーケティングの河野弘社長に単独インタビューした。現在のテレビ市場に対する認識からスタートしたが、ソニーという企業が作るべき製品や顧客との関係まで広がる、非常に広汎な話題になった。

BRAVIA A1シリーズを披露するソニーマーケティング 河野弘社長

「台数」からも「ラインナップ整合性」からも離れて

 奇しくもソニーが新製品を発表した同日、市場調査会社であるBCNはPOSデータを元に分析した、日本のテレビ市場の状況を公開した(詳しくは記事参照)。価格下落が始まってはいるものの、日本のテレビ市場は4Kテレビを軸に上向いており、ソニーもその恩恵を受けている。だが河野社長は、市場認識について、少々意外な答えを筆者に返した。

河野社長

河野社長(以下敬称略):率直に言えば、数字的には我々の期待をだいぶ下回っています。

 2011年の「地デジ特需」から、もう6年・7年が経過しようとしているわけです。特需後の買い換え需要が2016年頃から伸びる、と想定していたのですが、買い換えの波は想定よりもかなり下です。2020年を控えているわけですが、販売数がガンガン伸びていく……という期待はできそうにありません。年間800万台程度まですっと伸びる想定をしていましたが、これは修正をかけました。

 でも、「だから日本の市場が魅力のないものになった」のかというと、決してそうではありません。以前に比べより鮮明に「付加価値を認めてくれる市場」になった、と感じます。「日本は狭い家が多いので大画面テレビは売れない」と言われましたが、46インチから50インチ台が非常に良く動いています。さすがに他国のように、75インチや85インチが主流にはならないでしょうが……。

 数量に期待できないことを肝に据えながら、付加価値が受け入れられるか、という部分に関しては、むしろ私たちが思っていた以上に伸びている。そういう意味では「ソニー向き」のマーケットになってきたのではないか、と思うのです。

 では、その中に有機ELをどう位置付けるのか、ということが問題になる。

 本誌読者のみなさんはよくおわかりのように、有機ELの魅力はコントラストと発色の良さから来る「画質」そのものである。しかし一方で、ミドルクラスからハイエンドの、4K+HDRを実現した液晶テレビも急速に画質を上げた。特に今年の商品でいえば、X9000Eシリーズはデザイン・画質・価格のバランスという意味で傑出している。ソニービデオ&サウンドプロダクツ・企画マーケティング部門 部門長の長尾和芳氏も「このエリアは非常に競争が激しく、重点項目であり、出来に自信を持っている」と話す。

有機EL「BRAVIA A1」(KJ-65A1)
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 確かに有機ELを使った「A1」の画質は魅力的だし、他社の有機EL製品も、画質面で同様に魅力的である。一方、液晶だとかなりのクラスのものが、半分に近い価格で買えてしまう。市場がここをどう評価するかが難しい。有機ELと液晶の棲み分け・差別化について問うと、河野社長は明確にこう述べた。

河野:まったくコンセプトが違う、別のラインの製品だと思います。

 有機ELの優位性、技術的なポイントはあるんですが、A1をお買いになる方は、本当にそこを比較して買うのかな……。あのたたずまい・デザインを含めた部分を評価して買うのではないかな、と思っています。

 もちろん、対価格性能比や絶対的な画質は検討項目に入るでしょう。でも、要は「どっちが好きですか?」という世界なのではないかな、ということなのですが。

 モノを買う時、みなさん比較的ロジカルに機能などを比較しますよね。それはもちろんあるんです。あるんですけれど、それに陥りすぎないエモーショナルな部分、「好きか嫌いか」「気に入ったかそうでないか」も、家電の選び方に入ってきていいはずなんです。

 日本の家電メーカーはある意味すごく真面目なので、「ラインナップの整合性が」みたいな話をしがちです。でも本来、お客様にはラインナップ戦略を評価する必要なんてないんですよ。「そういう価値観ではない」展開も当然必要なんです。ベンチャーの一部に、デザイン性を重視した製品を展開する流れがありますよね? ああいう方々は非常に重要な活動をしているのではないか、と思うのです。

 ですからA1は、「ラインナップのロジック」をあまり考えすぎずに作りました。もちろん、画質や価格などで一定の条件はないといけないので、そこは守りましたが。「どういうところにバリューを感じてお買い求めになるか」を考えた上で作った製品です。

 そうすると結局は、液晶のBRAVIAシリーズのラインナップとは合わせず、「まったく違ったものです」ということを明確にしないといけない、と思っています。

 CESで発表した当時から、ソニーは有機ELの「A1」と液晶の「Z9D」を「2トップで幅を広げるもの」と説明してきた。河野社長の言う「液晶とは別のもの」という発言は、それをよりアグレッシブにしたもの、という印象も受ける。

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液晶のフラッグシップモデル「BRAVIA Z9D」

河野:液晶のラインナップは、他社競合もありますし、すでにある形ができあがり、今年のモデルもそこからの継承性があります。現実的な話をすれば、昨年のモデルから若干上に後継モデルを位置付け、階段的に訴求する、いままでのオーソドックスなマーケティングと言えます。もちろん、価格戦略や販売競争も含めて、です。

 主力である液晶テレビにおいてはオーソドックスに戦うものの、「有機EL」という新しい技術は同じ軸線上に置かず、新しい技術を使った新しい製品、として訴求したい、というメッセージがここからも伝わってくる。

 では、いままでの液晶テレビとは違うデザインを強く訴求し、「有機EL」という部分はトーンが下がるのか……というとそうではない。

河野:「有機EL」「OLED」という言葉は、ネットをイメージして使っていきます。

 というのは、「浮いているようなデザイン」とか「たたずまい」といったものは、表現しづらくて「キーワード」にはならないんですよ。お客様に商品にたどりついてもらう、検索のキーワードとしてなにが出てくるかといえば「OLED」です。だから、「有機EL」「OLED」というキーワードをフックにしていきます。

 しかし、さきほども述べたように、最終的な購買判断としては「有機ELだからこれを買う」というよりは「コレに惚れたから買う」というエモーショナルな部分が強いだろう、と思っています。有機ELというキーワードで目に触れてもらいつつ、そこから感性に訴える形で購買に結びつければ……と思います。

1枚の板とスタンドを組み合わせたようなデザイン
背面にもこだわり

「ネットで見るテレビ」の一般化推進はテレビ買い換えの起爆剤

 冒頭での河野社長のコメントにあるように、日本でのテレビ市場は、メーカーの期待ほど伸びていない。では、なぜ伸びないのか? そして、買い換え需要を拡大するにはどうしたらいいのか? それを問うと、河野社長からは想像以上に率直な回答が帰ってきた。

河野:お客様がテレビを買い換える一番の要因は「故障」です。そして、日本人の感覚からすれば「壊れていない、まだ見れるのだから買い換えるのは……」という意識があります。

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 実際のところ、製品が壊れるまでの寿命は、過去のテレビに比べずっと良くなっています。これは、メーカーとしては必要なことであり、良いことです。過去には「ソニータイマー」なんて揶揄もされましたが、今は格段に長寿命になっています。それが買い換え需要のブレーキになっているのも、皮肉なことですね。

 しかし、それ以外で買い換えていただけるかというと、難しい。「いまできないこと」「世の中的にはすでに面白いことが始まっているけれど、自分達はできていない」ことを、強く訴えていかなければいけないんです。

 画質・音質はもちろん重要ですし、それはずっとやってきたことです。しかし、それだけだと「もうきれいだし」という風に思われてしまう。いくつかの要素が同時に必要です。

 では、なにが「買い換えの後押し」になるのか? 具体的には2つある。

河野:ひとつは「4Kの美しさ」。「ほら、こんなに変わっているですよ、このくらいのものをもう見ているんですよ」という格差を自覚していただかなくてはなりません。

Android TVでアプリ追加も容易

 もうひとつが、私たちがいま戦略の軸にしていることです。

「いま、皆さんはもう『テレビ』は見ていないんですよ。『ネット』を見ているんです」というメッセージ。これについて、「え? それはどういうことなんですか?」と疑問に思う方々に訴求していくことです。

 私たちの調査によれば、「テレビという機器」でのお客様の視聴時間は伸びているんです。その伸びはなにか、というと「ネット」です。平均で月に10時間程度、週に3時間くらいは見ています。

 驚きなのは、テレビ放送を見ている時間は、必ずしも短くなっていないんです。「放送を見なくなってネットを見るようになる」と私も思っていたんですが、そうなってはいない。そこに追加される形でネット動画の視聴時間がある。明らかに、YouTubeでありNetflixでありHuluであり……といったものをご覧になっている。店頭でも「AbemaTVは見られますか?」「DAZNは見られますか?」という質問がすごく増えています。BRAVIAはアプリ追加で対応できますから、非常に快適に見れます。

Android TVでアプリ追加も容易

 そういう視聴体験・視聴スタイルが非常に増えているんですよ……ということをお伝えすると、「ウチのテレビはそうじゃない」となる。そこがテレビを買い換えていただく動機になる、と期待しています。

 高画質・高音質という訴求はもちろんですが、苦労して立ち上げてきたAndroidのベネフィットがこんなに広がっている……ということをどうお客様に体感していただくかが重要になっています。

音声検索がブレイク。「スマホ普及」がAndroidに対するイメージを変えた

「そうはいっても、Androidの入ったテレビを使うのは若者のもの」という見方もあるだろう。だが、「もはやそうではない」と河野社長は言う。カギは「音声検索」だ。

河野:年配の方が音声検索をすごく使うんです。だって、簡単ですからね。気付いている方にとってはもう日常化しています。

 音声検索がウケるのでは……という予測は、2015年にAndroid TVを導入した時からありました。自虐的な部分もありますが、従来のテレビリモコンによる文字入力はやはり面倒でした。かといって、過去に出した「Google TV」(2010年アメリカ発売)のようにキーボードがついた製品では、「ちょっと特殊な人のためのもの」という印象が拭えない。Androidでの音声検索のクオリティが非常に高くなったことで、価値が急速に高まっています。

音声による録画予約操作に対応

 とはいえ、ソニーもAndroid TV導入初期から音声検索を推していたわけではない。「リモコンやテレビに向かってしゃべる滑稽さ・定着感のなさがどうしてもハードルと感じられた」(河野社長)という面は否めないという。だが、現在は状況がまったく変わっている。

河野:いまはまったく変わりました。音声認識へのハードルは減っています。

 理由はやはり、スマートフォンの普及です。我々の製品もスマホと連動していますが、それがあることがあたりまえと捉えていただけるようになりました。テレビについても、この2年での受け止められ方を変えたのは、やっぱりスマホなんです。

 とはいえ、ソニーのAndroid TVへの取り組みは平坦なものではなかった。2015年にAndroid TVへとプラットフォームを切り換えた時には、完成度の点で厳しい声も聞かれた。録画機能の実装が発売に間に合わなかったり、動作が遅かったりもしたのは事実だ。ソニー自身、Android TVへの切り換え時、「OSでテレビを選ぶ人はいない」として、プロモーションの軸には据えなかった。開発が非常に厳しい状況であったのに加え、マーケティング的にもそれを推すことに躊躇があった。

河野:(当時は)あまり「スマホ」とか「IT」とか言っちゃいけない……という意見があったのは事実です。「見るとお客様が混乱します、不安になります」という風な。OSの不安定さもあり、「Android」という言葉を聞いた瞬間に「止めてください!」と言われることもありました。「こんなものを使ってソニーはどうするんだ」といった風に言われたこともありました。

 いまだから言えますが「ギブアップ宣言」を出す直前まで追い込まれた時期もありました。

 しかし、なんとか改善を繰り返し、ここまで持ってくることができました。不安定な要素はかなりなくなり、安定してきています。ソニーの中でもAndroidに対する知見がかなり蓄積された、と感じます。アプリも増えていますし、同じ動画配信アプリでも、どんどん改善が進んで操作性が良くなっています。

 いまだと「スマホで出来ることがテレビでできますよ」「スマホで観ている動画の続きを、テレビでも見れますよ」という説明が「わかりやすい」といっていただけるようになったんです。スマホでAndroidが市民権を得たことで、「テレビもAndroidですよ」という共通訴求ができるようになってきました。

 いまや、ソニーのセールスの中に、Androidであることに対して反対はありません。もちろん、「ネットにつながねばいけない商品」ですから、そこに伴う難しさはあり、説明する上で避けられない部分はあります。しかし、そこに対する理解も進んでいますし、それはやらなければいけないことです。

 一方で筆者にはひとつ疑問もある。Android TVのような要素は、現在はテレビ内蔵でなく「外付け」でもできる。Amazonの Fire TVやApple TV、ひいてはPlayStation 4も含めたゲーム機などをテレビとつないでも実現できる部分はある。テレビ本体を買い換えるよりも低コストではある。「テレビはモニター化する」という主張であり、そこには一定の説得力がある。そことテレビビジネスとの関係はどうなるのだろう?

河野:リテラシーの高い方を中心に、そうした発想があるのは間違いありませんし、それもよくわかります。

 一方で、外付けと内蔵では、周囲に配置される機器の量や入力切り換え、アップデートなどまで勘案すると、利便性の面で内蔵の方が有利な部分もあります。「ご心配なく、これは内蔵でアップデートも自動ですから簡単ですよ」「周囲がシンプルですよ」といった説明もできます。両方あってよくて、「中に入っている方がいい」という人もいると思うのです。

 どちらにしろ、「テレビという機器にネットインテリジェンスがついてくる」ということには非常に大きな訴求力があり、認められる素地がある……ということを、今実感しています。

 過去には「結局スマホさえあれば、すべてのニーズは埋められるのでは」という人もいましたが、結局、それは違いましたね……というところですね。バディとしてのスマホ、という価値はあるのですが、常にそれだけでいいわけではない。やはり「最適なサイズ」というものがあり、家に帰った時はテレビに勝るものはない。「リビングに置くものも、スマホと同じくらい賢いものに」という点は刺激していきたいです。

 一方で、家庭におけるテレビの保有台数は減っています。リビングのテレビがいらいない人はいないのですが、寝室や子供部屋向けには減っている。その部分が、買い換えが進まないひとつの要因になっています。「そこはもうスマートフォンやタブレットでいい」という意見もありますが、個室にどういうテレビを提案すべきか……。今はちゃんとした解をもっていないのが実情です。一方で、「小型で2KのAndroid TVを」ということは十分にあり得ます。

変わる「売り方」。コモデティに抗うための「ソニーストア」の役割

 そして、Android TVに対する姿勢の変化は、売り方にも影響を与えている、と河野社長は言う。

河野:Android TVには「発見性」というか「わくわく感」というものがあります。それが新しいテレビの楽しみ方につながっているのですが、まだ伝え切れていないのではないか、と感じます。弊社と各店頭が連携し、勉強会も常に行っています。

 販売数量は、一般的に「仕入れの多い店舗ほど多い」ものです。しかしAndroid TVでは、「一般的な仕入れ量が多い店舗より、ずっと多くを販売している店」が出てきています。そういう店舗には、実演と提案ができる店員さんがいらっしゃいます。

 それは、単に何でも解説できる、ということではないのです。非常に複雑な製品なので、やろうと思うと際限なく解説できてしまう。でもそれでは効率が悪く、泥沼にハマってしまいます。お客様のパターンや求めているものに応じて、適切な情報をご提案する……、例えばスポーツが好きな方にDAZNを、ドラマが好きな方にHuluをすぐにお勧めするようなことができる店員さんの能力が重要になります。

 これは、要は昔の「実演販売」ですよね。手際よく、「へー」と思ってもらえるものをそこでデモしてもらえると、買いたくなるじゃないですか。そうなると、お店に来ることが楽しいと感じていただけるはずです。そうじゃないと、どんどんネットに置き換わりますよね。店舗で悪い体験をすれば、逆に店には行きたくなくなる。

 ゆくゆくは店舗・流通の価値の再認識につながると思います。結局、ネットとは補完関係にあります。みなさん情報はネットで調べてくるわけですが、購入する時は店舗にきていただきたい。

 ではなぜ、河野社長は店舗にこだわるのだろうか? 売れるなら通販でも店舗でも変わりはないはずだ。事実、ソニーにはオンラインのソニーストアがある。「昔はほとんどVAIOだけだったが、今はBRAVIAもαもかなり売れます」と河野社長は言う。オンラインでの直販に顧客を誘導する……という発想があってもいい。しかし、それでも「店舗」との関係を重視する。それは「販社と流通」という(ある種生臭い部分もある)ビジネスの関係を想定した部分もあるのだろうが、「そうすることがソニーの製品作りとってプラスである」という判断があってのコメントでもある。

河野:付加価値を店舗で提案するようなことをやっていかないと、製品がコモデティ化してしまうからです。

 だって、エンジニアはあれだけ心血を注いで製品作りをしているわけですよ? 画質にしても操作感にしても機能にしても、非常に細かなところまでこだわって作っている。それがコモデティ化した製品と同じように売られていくと、メーカーとしての能力も育たなくなります。画質や使い勝手などでの違いをしっかりと体感していただけるような形を作りたいです。

 こうした発想が象徴的に現れている場所がある。それは、銀座・大阪・名古屋・札幌・福岡天神にある「ソニーストア」だ。

 ソニーは過去、アップルストアへの対抗策として、世界中で直販リアル店舗であるソニーストアを展開した経緯がある。だが結果的に、これは失敗に終わった。世界的に見ると、ソニーストアはほとんどが閉店しており、ソニー自身によるリアル店舗展開は終息している、と言った方が近い。

 だが日本は例外だ。5箇所のソニーストアはむしろ活動が活発化している。といっても、そこでたくさんソニー製品を売ろうとしているわけではない。

ソニーショールーム/ソニーストア銀座が入居するGINZA PLACE。銀座の一等地だ

河野:日本はこれから人口がどんどん増え、市場が拡大するという場所ではありません。我々にとって重要なのは、「次もソニーを選んでいただく」こと。他社のお客様に「ソニー商品はどうなんだろう」と思っていただくこと。すなわち、ソニーのロイヤルカスタマーになっていただくことです。

 札幌・福岡のソニーストアには、元々別の場所にあったソニー関連の支社が集結しています。フロア面積は6割くらいになってしまったのですが。でも、私は「支社/拠点はストアであるべきだ」と思っています。リカーリング(持続的・継続的)ビジネスをするなら、そうでなくてはいけません。目の前に商品があってお客様がいて、支社がお客様から見えるソニーになるべきです。

 お恥ずかしい話ですが、以前の現場のマーケティング担当者だと、自分が売る製品に触れることなく商談を進めることが多かったのです。全部を買うわけにはいきませんし、時間もない。結局、パワポのラインナップチャートをみて商談するだけ。実体験もない。

 それじゃあダメなんですよ。

 ソニーストア福岡天神の開店時間はお昼の12時です。

 遅いですよね。

 では午前中なにをしているかというと、支社の人間が、ソニーストア内に置かれた新製品を実際に触ったり、周囲の店舗のみなさんと勉強会を開いたりしているんです。主要な新製品がすべてあって、そこで売る立場の人間も体験し、お客様に対応できる環境があることが重要なんです。

 また、ソニーストアでは、お客様に自由に新製品に触れ、質問していただけます。お客様のサロンとして、カスタマーマーケティングの拠点として機能することを考えてのものです。今回のテレビも含め、新製品はすぐにソニーストアに展示されます。お客様もここにきて、すぐに確かめていただける。盛田昭夫はこういうことを、銀座でやりたくて、ソニービルを作ったんです。でも、それは銀座だけでなく、日本の主要な大都市でやるべき。今はそういう発想で進めています。

 実際、ブログなどで「ソニーストアで触ってきました」という記事を公開する方は増えていますが、そうしていただきたくて、ソニーストアで新製品を公開するようにしたんです。この点は狙い通りです。

 実は、2012年に私が現職に着任したばかりの頃は、こんな話もあったんです。

「新製品をソニーストアに先に置くなんて! そんなことは止めましょう。量販店さんに迷惑がかかります」

 いやいや、そうじゃないでしょう……と。

 確かに、新製品を発売前に見たくて量販店に行くお客様は減るかもしれません。でも、ソニーストアは量販店からお客様をうばいたい場所じゃないんです。結局、見る場所と買う場所はちがったりしますし。発表直後はともかく、実際の発売のタイミングでは、むしろ量販店さんと協力し、送客する努力を過去以上にしています。

 先日、十時(裕樹氏。ソニーモバイル社長)とも、「Xperia EarやXperia TouchのようなXperia スマートプロダクツは、売り方が多様。ソニーストアをうまく使う必要がある」と話し合いました。要は、非常に説明に手間がかかる商品は、ソニーストアで触れて、説明を聞いていただくところから進める必要がある、ということなのですが。ソニーは責務として、説明が必要になる「新しいもの」を出さねばいけません。日本は実験場になるべき場所であり、特権でもあります。

 だから、ソニーストアのような「やれる場所を用意できるかどうか」が重要。固定費としては本当に大変なのですが(笑)、維持できるようにがんばります。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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