東京大学(東大)は、同大らの研究グループが、睡眠中に海馬の神経回路がどのようにクールダウンされるのかを明らかにしたことを発表した。

この成果は、東大大学院薬学系研究科の池谷裕二教授、理化学研究所(理研) 脳科学総合研究センターの藤澤茂義氏、マックスプランク脳科学研究所研究員の乘本裕明氏(元:東京大学大学院薬学系研究科 大学院生/元:理化学研究所 基礎科学特別研究 員)によるもので、2月8日の「Science誌」(オンライン版)に掲載された。

海馬が学習や記憶に関わっていることは知られているが、神経細胞の数には限りがあるため、そのままでは脳内が記憶情報で飽和してしまう。そのため何らかの「クールダウン」の機構が海馬に備わっていると長らく予想されていた。

このたび研究グループは、生体動物および「sharp wave ripple(以下、SWR)」を発生する特殊な脳スライスを用いることで、 SWRがシナプス可塑性に与える影響を調べた。その結果、SWRが睡眠中にシナプスの繋がり度合いを弱めていることを突き止めた。この現象は、眠る直前に学習した情報をコードするニューロン群では生じなかった。つまり、SWRは必要な情報を確保しながら不要なシナプスを弱めることで、記憶キャパシティを確保することが明らかになった。また、睡眠中のSWRを阻害するだけで睡眠不足の状態を十分に再現できることから、睡眠の目的のひとつは「SWRを出して回路をクールダウンするため」であると言える。

この成果は、脳回路の機能制御における睡眠の役割を解明し、「生物はなぜ眠るのか」という疑問について明確な答えを提示するものであるという。自閉スペクトラム症や統合失調症などでは、睡眠中のSWRの発生が乱れ、脳回路の興奮性が高いことも知られている。研究グループでは「睡眠中SWRによる脳回路のクールダウンが生じないことが多様な精神症状に引き起こす」という仮説をたて、その検証と治療法の確立に取り組んでいる。老人の脳でもSWR発生低下や脳回路過剰興奮が知られており、実際に一部の老人では自閉スペクトラム様の症状(頑固、社会性欠如など)および統合失調症様の症状(せん妄、被害妄想)などが生じている。研究グループは、SWRの観点から老年性症状を回復できる可能性についても模索していくということだ。