対照的な同期コンビ

 その2人は同期入社だったが、見た目も性格も対照的だった。ところが、なぜか馬があう。入社して20年が経ち、部署も違うけれど何となくお互いの動静は知っていたし、たまには食事にも行っていた。

 Bさんは、大柄で学生時代からスポーツをやっていた。体育会ではないけれど、伝統あるサークルにいて見た目もいかつい。30代になる頃からかつての筋肉が脂肪になって、さすがに体重が気になるようだが今でも早飯の大食いだ。

 Mさんは、小柄で見るからにおとなしそうだ。大学時代は「鉄道研究会」にいた。まだインターネットもない時代に、時刻表と首っ引きであちらこちらを旅していた。入社したころから老成した面持ちだったが、その雰囲気は40歳になってもあまり変わらず、むしろ若く見られてしまうほどだ。

 この2人は、性格も対照的だった。

 一見して豪放磊落なBさんだが、結構気が弱い。大事な商談や会議の前だと、前の晩から眠れなくなる。そして、何を話そうかと入念に準備する、もっとも一度相手と打ち解ければ懐に飛び込んでいくが、それでも宴席があれば早めに店に行き抜かりがないように準備する。見た目とは異なり、「ノミの心臓」なのだ。

 一方でMさんは、図太い。いい意味で「鈍い」とも言えるだろう。遠方の得意先に行くのに、1時間も勘違いして遅れたことがあった。実際は、得意の鉄道の知識を活かして30分遅れになったことを得意げに説明したら、かえって先方に気に入られたこともあるくらいだ。

 亥年生まれのBさんは、年男を迎えた年賀状には「猪突猛進」と書いてきたが、それを見るMさんは子年生まれだ。干支までも、どこか対照的な2人だった。

猪に訪れた意外な転機

 2人が勤務しているのは、飲食品メーカーで、ともに営業に配属された。Mさんは本社部門の経験もあるが、Bさんは営業一筋だった。出世のペースはほぼ同じで、そこそこに早い方だろう。

 ところが、Bさんには大きな転機が訪れた。営業を離れて工場の管理部門の課長へと異動になったのだ。

 営業一筋のBさんとしては少々不本意だったが、Mさんは「期待されてるな」と思った。仕事の幅を少々広げておくことで、将来に向けての地固めを行わせようという会社の「親心」だと感じたのだ。営業といえども、生産部門の状況を知っておくことは今後のキャリアの上では欠かせない。また労務管理などの気を遣う仕事は案外とBさんに向いていると思った。

 ほどなくして、Mさんも営業統括の部門の課長に異動した。お互いに、営業の一線から離れて「次の一手」を考える仕事である。

 淡々と仕事をこなすMさんに比べて、Bさんはちょっと燻っているようだった。そんな噂は耳に届くし、本社の会議で会った時もあまり元気がない。心なしか痩せたようにも見える。

 久しぶりに2人でランチに行くことになった。

 「規則的な生活になったんで、健康にいいよ」
そう笑うBさんだが、どこか寂し気に見える。ちょっと聞くと、デスクワーク、ことにデータ管理がどうも性に合わないらしい。

 何もパソコン作業がしんどいわけではない。そういう仕事は、若手がどんどん進めてくれて、とても助かっているという。ただ、自分が何をすればいいのかわからない。どうやら、そのデータをもとにして改善策などを考えるのがBさんに課せられた仕事のようだが、「よくわからねえんだよ」と言う。

 Mさんはちょっと心配になった。Bさんは「わからない」わけではないのだ。何となく「やる気がしない」のだろう。「みんな優秀なんだよね」とBさんはどこか寂しそうだ。工場は東京の近郊にあり、周囲には飲食店も少ない。仕事が終わるとさっさと帰っていく。職場を離れた部下とのコミュニケーションもあまりないらしい。

 「この歳になったら、自分の仕事は自分で作らなきゃ」
珍しく説教めいたことを言ったMさんの言葉に、「そうだよな」とBさんは頷いていた。「猪突猛進、だけじゃどうしようもないんだよなあ」

思わぬ暴発でひと騒動に

 それから3カ月ほど経った時に、Mさんの元に意外な人物からの内線電話があった。人事部のXさんだ。一期上で人事や総務畑一筋の彼には、Mさんたちも入社以来世話になっている。

 何事かと思い、指定された会議室へ行った。どうやらメールに書けない何かがあるのだろう。部屋に入ると、あらためて周りを確かめるようにして「実は」とXさんは切り出した。

 どうやら、Bさんがトラブルを起こしたらしい。しかも社外だという。概要はこんな感じだ。

 工場の最寄りの駅で、駅員と揉めたらしいのだ。夜の8時過ぎに帰ろうした時に、何かを注意された。何かが気に障ったのかBさんがつかみかかったようで、それが騒ぎになったという。

 「飲んでたんですか?」とMさんは思わず聞いた。寂しさを紛らわすために、工場の近くで一人酒でもしたんだろうか。先日の雰囲気からそんな想像をしたのだ。ところが実際は違ったらしい。Bさんはしらふだった。そして、その若い駅員にも問題があったらしい。どうやら他の客とも似たようなことがあったようなのだ。

 「あの鉄道会社は、取引があるだろ」とXさんは言う。たしかに系列の外食企業に、いろいろな食材を納品していて結構長い付き合いなのだ。

 そんなこともあって、お互いに「迷惑かけました」と言う話になった。もし酔った上での暴力だったら、戒告以上の処分になっただろうが、今回はもっと軽い注意処分で済むという。

 「しかし」とXさんは言う。もう今の工場では難しいから、異動させることにする。「で、」と一拍おいて、Mさんの方に向き直って、頭を下げた。
「お前のところで、お願いできないだろうか」

 同期が部下になる。しかも、傍から見ても妙な異動だ。嬉しい話ではないが、「嫌です」などと言えるわけがなく異動は決まった。それにしても人事が頭を下げるなんて、ロクな話じゃない。Mさんは、後からそう言っていたという。

遠回りして、もう一度スタートへ

 「すまない」

 Mさんに会った時、Bさんは絞り出すようにひとこと言うと黙ってしまった。肩書は「部付課長」だが、今回の一件はキャリアとしては致命的だ。落ち込むのも無理はない。

 形ばかりの言葉で励ましてもしょうがないので、食事を共にすることにした。面と向かい合うのも気まずくなりそうなので、会社から離れた店のカウンターに並ぶ。やはり気になるのは「その夜の件」だ。

 その日、Bさんは一人で残っていた。データを見ながら、「次の一手」を提案するために悶々としていたのだ。一方で、要領よく仕事をこなして帰ってしまう若手に苛立ちもあったという。
 そして、駅でホームの端を歩いていた時に駅員に声をかけられた。それが、なんとなく後輩の姿とダブったらしい。

 「なんだか、生意気に見えちゃってね」

 Mさんは、何も言えなかった。同情はするが、明日からのことを考えなくてはならない。「それでさ」と話題を変えて、Bさんの仕事について話を進めた。

 その日から、およそ1年半が経ちMさんは次長になり、Bさんは営業の現場に戻った。地方の営業所だが、本人は晴れ晴れとしている。

 送別会も慌ただしく、2人で飲む機会もないまま、異動の日にオフィスの隅で立ち話になった。

 「結局、俺は変われなかったし、変わろうとしなかったんだよな」とBさんが言う。「でも、それでいいのかもしれない。猪突猛進でうまく曲がれなかったけど、それが自分の限界なんだろう。でもまだまだ俺にできる仕事もあるはずだし」

 Mさんは、一瞬言葉に詰まった。「そうだよな」と励ませばいいのかもしれない。でも、今からでもいいから「変わってみる」ことも大切なんじゃないか。
 そう思ったけれど、口には出せなかった。

 人は歳を重ねても変わるべきなのか。出世をしたいならそれも必要だろうが、無理して変わろうとするよりは、変わらないままの方が幸せなのか。

 答えは、Mさんにもまだわからないままだ。

■今回の棚卸し

 どんな人にも仕事の得手不得手がある。不得意な分野を勉強してバランスをとる人もいれば、得意な領域に集中する人もいるだろう。しかし、時間が経つにつれて、気が付いたら「我流」に凝り固まる人もいる。

 ビジネスの環境が変われば、ミドル世代には、「仕事の幅」が求められる。自らを変える機会を逸する前に行動を起こすようにしたい。そして、時に同期の仕事ぶりを冷静に見ることもまたヒントになるはずだ。

■ちょっとしたお薦め

 男二人を描いたストーリーは多いが、その関係はそれぞれだ。お互いの生きざまを見ながら、自らを省みることもあるだろう。

 夏目漱石の「それから」はよく知られた名作であるが、男二人の物語としても読むことができるだろう。一人の女性をめぐる二人の葛藤が、行間からにじみ出てくる。

 主人公は若き「高等遊民」だが、歳を重ねてから読んでみると、漱石ならではの奥深さが感じられる。連休中に手に取ってみてはいかがだろうか。

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