アジア、男余り1億人

Too many men

男性ばかりで混み合うデリーの街角

 アジアで人口の「男性超過」が拡大している。インドや中国で特に深刻で、男女の人口差は1億人に達した。不均衡な男女比がもたらすのは結婚難の問題だけではない。経済の非効率を生み、周辺国まで巻き込む社会不安にもつながっている。

 砂ぼこりが舞う道路に小規模な商店や露店が連なる。インド北部ハリヤナ州のジャッジャール地区は、一見するとインドの普通の地方都市だ。ただ、この町は長年、あることが問題になっている。男の赤ちゃんが不自然に多く生まれているのだ。

時系列でみた人口全体の男性超過 (百万人) 時系列でみた人口全体の男性超過 (百万人)

時系列でみた人口全体の
男性超過 (百万人)

ASIA

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インドの街
0~6歳の男女比128対100

 出生時の自然な男女比は、女児100人に対して男児105人前後。しかし2011年の国勢調査では、ジャッジャールには0~6歳の男児が6万7380人、女児が5万2671人。女児100人に対して男児が128人いた計算だ。インド全体の同じ年齢層の男女比は108対100だった。

 3月下旬、ジャッジャールを訪れた。子供を持つ30~60歳代の男性10人近くに尋ねたところ、全員が1人以上息子がいると答えた。10代の息子2人がいる男性(43)は「みんな男の子が欲しいんだよ。だって女の子は結婚したら別の家に入ってしまい、自分たちの面倒を見てくれないじゃないか」と説明。この男性は、出生前に女児だと分かって中絶した人を知っている、と話した。

 インドでは多くの地区で女児の堕胎や育児ネグレクトにより男女比がゆがんでいる。夫の両親と暮らす父方居住の伝統に加え、女性が嫁ぐ際に持たせる持参金の負担も一因とされる。インドの人口に詳しい西川由比子・城西大教授は「女の子はお金がかかり、自分の家に対する寄与があまり高くない、ということが男の子を求める一つの理由」と指摘する。

 多産の時代は、男児が生まれるまで生み続けた。教育費上昇などで子供にお金がかかるようになり現実的に生める人数が減ると、選択が始まる。超音波などによる出生前の性別診断技術の発展も重なった。国連の「世界人口推計(2015年改訂版)」によると、15年時点ではインドの人口全体で男性が女性より約4800万人多くなった。

時系列でみた人口全体の男性超過 (百万人) 時系列でみた人口全体の男性超過 (百万人)

時系列でみた人口全体の
男性超過 (百万人)

INDIA

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男女差、この30年で70%拡大

 こうした人口の「男性超過」はインドや中国をはじめアジア特有の現象だ。国連の推計によれば、15年のアジア全体(サウジアラビアなど中東を含む)の人口は、男性が約22億4000万人、女性が約21億4000万人で、1億人の男性超過。差は30年間で70%広がった。一方、欧州は2600万人、北米は300万人の女性超過。医療が整っている先進国では、平均寿命が長い女性の方が多いのが自然だ。

 インドでは、人口全体と同じように、経済の担い手も男性に偏っている。国際労働機関(ILO)によると、14年の女性の労働参加率は27%。世界平均の50%を大きく下回った。

 米マッキンゼー・アンド・カンパニー系の調査機関は15年のリポートで、インドで女性が男性と同等に働いた場合、今のままのシナリオよりも25年の国内総生産(GDP)が60%高くなりうると推計。男性への偏りにより、本来得られる成長機会が失われていることが浮き彫りになった。

 こうした状況を受け、インド企業のなかには、女性の潜在力を生かして成長につなげる動きが出てきている。北部ウッタル・プラデシュ州にある自動車部品大手マザーソン・スミ・システムズのワイヤハーネス工場は、約2900人の工員の58%が女性だ。工場の担当者は「女性のほうが男性より効率的に働く。高度な集中力と一貫性を求められる作業なので、女性のほうが向いている」と話す。

自動車部品大手マザーソン・スミ・システムズのワイヤハーネス工場は、約2900人の工員の58%が女性だ。

北部ウッタル・プラデシュ州にある自動車部品大手マザーソン・スミ・システムズのワイヤハーネス工場は、女性従業員を積極的に雇用している

男女の差にビジネスチャンス

 男女の差を埋めることをビジネスチャンスとした企業も登場している。ニューデリー郊外のオフィス街の駅前には毎朝、ピンク色のバイクタクシーが数台待機している。運転手は全員女性。昨年1月に始まったインド初という女性専用二輪タクシー「ビクシー・ピンク」だ。

 バス車内の暴行事件など女性を狙った犯罪が多いインドでは、通勤の危険が女性の労働参加を阻害している面がある。ビクシーのディヴィヤ・カリア最高執行責任者(COO)は「駅から周辺への移動手段はきちんと監視されていない。男性運転手は女性に嫌がらせをしてしまう」と話す。女性向けバイクタクシーは1台当たり1日20~25回の乗車需要があるという。

 「女性は『負債』と見なされてきた」と話すのは、女性専用の就職仲介サービス「シーローズ」のサイリー・チャハル最高経営責任者(CEO)だ。14年にポータルサイトを立ち上げ、既に約100万人の女性ユーザーを獲得。約1万6000社が求人を出している。「女性が稼いで、良い『資産』と見なされるようになれば、親の男児選好も弱まり、人口全体の男女比も戻ってくるはず」と話す。

 インド政府も12~17年の5カ年計画で、11年に0~6歳の男児1000人に対して919人だった女児比率を、950人に引き上げる目標を掲げた。15年には女児の出産や教育を促すための啓蒙活動を開始。労働参加の面では、今年3月に第2子までの産休を従来の12週間から26週間に延ばす法案を国会で通した。

女性専用二輪タクシー「ビクシー・ピンク」

ニューデリー郊外の駅前で待機する女性専用バイクタクシー「ビクシー・ピンク」

中国人男性の結婚難、周辺国にも影響

 男性超過は社会的な損失も生んでいる。インドと並んで男女比がいびつな中国では、若い世代の男女比と凶悪犯罪比率が並行して上がったとの研究もある。東アジアの人口問題に詳しい国立社会保障・人口問題研究所の鈴木透氏は「結婚できない男性が増えると、不満や性犯罪、女児誘拐、人身売買の増加につながる」と指摘する。

 実際、カンボジアの人権団体ADHOCには、昨年1年間に中国人男性との結婚を目的としたカンボジア人女性の人身売買に関する相談が15件寄せられた。同団体のチャン・ソクンティア氏は「カンボジアの人材が奪われ、経済発展が阻害される。連れていかれる女性たちは、仕事のための移住と違い、母国への送金にも貢献しない」と訴える。

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時系列でみた人口全体の
男性超過 (百万人)

CHINA

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 儒教圏で父系社会の中国ではもともと、家を継がせるために男児を好む傾向があった。1979年に始まった一人っ子政策でこの傾向が強まり、女児の中絶などにつながったとされる。数十年たった今、結婚適齢期の女性が不足するという事態に陥っている。

 最近の研究では、一人っ子政策下で生まれた女児の多くが出生時に戸籍登録されなかったという点も指摘されている。ただ、カンボジアやベトナムで報告されている人身売買の事例は、結婚難にあえぐ中国人男性が少なからずいることを物語る。

中国東部の浙江省の都市である杭州でのマッチメイキングイベントAP

中国・杭州で開かれたお見合いイベントで、ペアになって話す若者たち

中国の凶悪犯罪比率は男女比と並行して上昇

中国の凶悪犯罪比率は男女比と並行して上昇

中国の凶悪犯罪比率は男女比と並行して上昇

1988~2004年でみると、2つの指標がほぼ並行して上昇。汚職など他の犯罪ではこの傾向は見られなかった。出所:レナ・エドランド氏らの研究(2013年)

中国の「消えた女児」、後から登録?

中国の「消えた女児」、後から登録?

中国の「消えた女児」、後から登録?

1990年は女児100人に対して男児117人が生まれたが、この世代は年齢が上がるにつれて女性が増え、男女比が正常に近づいた。最近の研究では、親が女児を後から戸籍登録したことが背景にあり、中国の男性超過の大部分がこれで説明がつくという見方が示された。出所:ジョン・ケネディ氏らの研究(2016年)、国連人口部

ベトナムの男女比、徐々にいびつに

 そして今、徐々に男女比がいびつになっているのがベトナムだ。伝統的な父系社会が根強い北部を中心に、男児選択が起きている。政府によると、2000年の出生時点の男女比は106.2対100だったが、15年には112.8に上昇。今後アンバランス世代が婚期を迎える。現地メディアでは「周辺国からの『花嫁の輸入』につながる」という政府幹部のコメントも報じられている。

 もちろん、アジアのすべての国が不自然に男性超過というわけではない。女性の寿命が長い日本は女性超過。中国本土から結婚相手を連れてくる男性が多い香港や、就職や進学で女性が国中から集まるタイの首都バンコクのように、社会要因による女性超過の地域もある。

時系列でみた人口全体の女性超過 (百万人) 時系列でみた人口全体の女性超過 (百万人)

時系列でみた人口全体の
女性超過 (百万人)

JAPAN

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 とはいえ、アジアの総人口の約6割を占めるインド、中国、ベトナムの人口動態の変化は、周辺国にとってもインパクトが大きい。犯罪などから社会不安が広がるのは経済にとっても痛手だ。3カ国とも年6~7%台の経済成長を続けているが、いびつな男女比を放置していたら足かせになりかねない。

 国立社会保障・人口問題研究所の鈴木氏は、政策面でできることとして、性別選択の中絶を厳しく取り締まることと、社会保障制度の充実が必要だと指摘する。「公的年金で生活できるようになれば(息子が老後保障になると想定した)選択的中絶もなくなるはず」と話す。

 民間でも、女性の労働参加を促して潜在力を引き出そうとするインド企業のように、ビジネスを通じて男女比の是正に向けた意識改革を促すことはできそうだ。長い間しみこんだ習慣を変えるのは簡単ではないが、意識的に男女バランスをとっていくことが、今後の経済成長の支えになるはずだ。

取材・制作
岩本健太郎、John Burn-Murdoch(FT)、舩越純一、鎌田健一郎、安田翔平、佐藤健
写真
小林健

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