トヨタ、新型「プリウスPHV」は本当に売れるのか?
■普通のプリウスとほとんど変わらなかった旧型
「燃料電池車もEV(電気自動車)も普及には長い時間がかかる。ハイブリッドの次のエコカーの本命はプラグインハイブリッドです」
2月15日、トヨタ自動車はPHEV(プラグインハイブリッド電気自動車)、新型「プリウスPHV」を発表。その席上で内山田竹志・トヨタ自動車会長は気勢を上げた。
PHEVとは、外部電源からの充電が可能な大型の蓄電池を搭載し、蓄えた電力を使って電気モーターだけで走行可能というエコカーである。トヨタがPHEVを作るのは初めてではない。2012年1月に旧型プリウスをベースにした初代プリウスPHVをリリースした。だが、性能や商品力が十分でなく、PHEVのライバルモデルやEVとの戦いで一敗地にまみれた。
ハイブリッド技術では世界の圧倒的トップランナーであることを自負するトヨタにとって、PHEVで他社の後塵を拝することは耐え難い屈辱であったことは想像に難くない。内山田会長は初代プリウスの開発責任者を務め、“ミスターハイブリッド”を自任する人物。
「ハイブリッドで他社に負けたりした日には、内山田さんのカミナリが落ちる。ホンダさんがアコードハイブリッドでウチをはるかに上回る燃費を実現させたときなど、恐くて顔を直視できないくらいでした」
あるトヨタのエンジニアは社内のピリついた雰囲気をこう語っていた。
アメリカやヨーロッパで過剰に厳しい環境規制が敷かれるなか、PHEVはその規制に対応する現実的な手段としてここ数年、にわかに注目度を上げてきた。そのPHEVでまさかの2連敗を喫するわけにはいかない。新型プリウスPHVの仕立てやスペックを見ると、ありとあらゆる角度からクルマの企画を見直し、旧型のネガティブな部分をすべて潰すことを念頭に置いて開発されたことが見て取れる。
旧型が売れなかった理由はさまざまだが、最大のネガティブファクターは、ノーマルプリウスより価格が大幅に高いにもかかわらず、見た目も使い勝手も普通のプリウスとほとんど変わらなかったことだ。満充電でのEV航続距離がオンロードで20km程度と短いうえ、強めに加速するとエンジンがかかる。EV走行分がドーピングされた平均燃費計の素晴らしい数字は一部のエコマニアの心をくすぐるかもしれないが、ただそれだけという車であった。
■航続距離、パワー感、充電方式の改善
顧客からの不満はよほどのものだったのであろう。今回発売された新型プリウスPHVでトヨタ関係者が一番力説していたのは、そのEV性能の抜本的改善だった。
PHEVの特徴であるEV走行の部分が大幅に強化された。バッテリーの容量は旧型の4.4kWhから8.8kWhへと倍増。EV航続距離は旧型がJC08モード走行時で26.4kmにすぎなかったのに対して同68.2km、スポーツタイヤを装着しても55.2kmと2倍以上に。計測条件の厳しいアメリカの公称値でも25マイル(約40km)に達している。満充電でスタートした場合、都市走行でも2時間前後のEV走行は十分に期待できる。この一点だけでも新型プリウスPHVは旧型に比べて格段にEVらしくなったと言えよう。
航続距離だけではない。充電方式も旧型が交流200V普通充電のみだったのに対し、EVの国内標準規格であるChaDeMo急速充電と家庭用の100V充電の3方式に対応したことも、トヨタ関係者が強調していたポイントだった。遠出のとき、途中でバッテリーの残量が下限に達しても、急速充電20分でフル充電の80%まで回復させることができ、再びEV走行することができるようになったのだ。
モーターパワーも増強された。現在販売されているプリウスの第4世代モデルのシステムに手を加え、強めの加速のときには通常の走行用モーター(53kW)に加え、普段は発電機として使われているもうひとつのモーター(23kW)も走行に使えるように改良した。
旧型のモーターは60kWと数値的には新型より強力だったが、バッテリーだけではそのフルパワーを出すことができず、実際に走ってみるとエンジンがかかるケースが多かった。北米モデルのスペックシートによれば、新型の場合、バッテリーだけで最大68kWの出力を確保できるらしい。
昨年夏、新型の試作モデルを千葉のクローズドコース、袖ヶ浦フォレストウェイでドライブする機会があったが、サーキットのストレートでもAT車であればキックダウンするくらいまでアクセルを踏み込まないとエンジンはかからなかった。
航続距離、パワー感、充電方式の3点で、新型プリウスPHVの“EV度”は旧型とは比較にならないくらいに向上した。ノーマルのプリウスと差別化された外観とあいまって、商品力は大きく向上したと言える。価格は上級モデルになると400万円をゆうに超えるなど、いまだにかなり高いが、旧型に比べると売れるポテンシャルはかなり向上したとみていいだろう。
■エコカー以外の付加価値はあるのか
ただ、新型プリウスにも死角がないわけではない。ひとつはプリウス=エコカーの代名詞という、トヨタが築いたブランドイメージに自ら縛られてしまい、エコカーであること以外の付加価値が薄いこと。
たとえば動力性能。大電力を出せる大型バッテリーを積んでいるのだから、ハイブリッド出力をノーマルプリウスよりも高くして、走りの良さをドライバーに感じさせることはまったく難しいことではない。だが、トヨタはあくまでノーマルプリウスと同じ数値に収めた。
先に新型プリウスのドライバビリティについて良好と書いたが、EV走行能力が増したこと以外についてはほとんどノーインプレッションで、ごく普通の車という域を脱するものではなかったのも事実。エコという枠を取り払ってみると、この程度のドライビングプレジャーで400万円は高いと感じたのも正直なところだ。
関係者によれば、重量増になってもJC08モード燃費でノーマルプリウスを下回ることは許されないという方針から、パワー側にリソースを振り向ける余裕がなかったということらしい。せっかくいろいろな部分を変えたのに、エコを商品作りの最上位に置くという点については旧型プリウスPHVとポリシーがまったく変わっていないのだ。いっそ、プリウス一族からPHEVを切り離してしまったほうが、エコとその他の要素のバランスが取れたPHEVを自由に作れた可能性もある。
もうひとつ気になるのはサービス。新型プリウスPHVはハードウェアの面ではバッテリー容量を8.8kWhに増やし、急速充電にも対応するなど、EVライフを部分的に楽しめる仕様になっている。しかし、インフラ側がそれを顧客に楽しませるようになっていない。
トヨタは旧型プリウスPHVの発売をきっかけに、全国の販売店に普通充電器を約4200基設置した。だが、EVをほとんど手がけてこなかったこともあって、急速充電器については数基しか設置していない。新型プリウスPHEVは急速充電に対応しているのだが、今後の展開については「お客様のご要望をきいてから検討する」(トヨタ関係者)という段階にとどまっている。
■インフラ整備を他人任せでいいのか
ユーザーサービスがないわけではない。新型プリウスPHVを購入した顧客は月会費なしで急速充電器を1分あたり税込み16.2円、すなわち20分324円で使える。月会費1080円を支払えば普通充電器を無料で使える、というものだ。
が、これはいくら何でも真剣味に欠ける。80%充電の場合、EV航続距離は市街地で40km程度と推定される。この距離はレギュラーガソリンで走っても2リットル使うかどうかというレベルである。それを324円という代金と20分という時間をかけてわざわざ充電するのは非現実的だ。しかし、だからといって、単に急速充電料金をトヨタが肩代わりするというのは、EVとの急速充電器の争奪戦を誘発する可能性が高く、うまい手とは言えない。
トヨタディーラーに急速充電器を大量に置き、トヨタのPHEV、EVユーザーには定額制ないし低廉な料金で使わせ、他社モデルのユーザーには高い料金を設定するといった策でも打たないかぎり、プリウスPHVは性能が大幅に上がろうと、自宅周辺はEV、ロングドライブはハイブリッドという旧型と同じ使用パターンに縛られる。
そのあたりの先行投資は全国のディーラーに急速充電器を置いて料金定額制でサービスを提供している日産、また日産に比べると基数は少ないが、同じく全国の販売拠点に充電器を設置し、1分5円でサービスを提供している三菱自動車のほうがずっと積極的というものだ。EVへの橋渡しとしてPHEVを普及させることが使命だと本気でトヨタが考えているなら、インフラ整備を他人任せにするのではなく、自ら積極的に手がけるなどの策が欲しいところだ。
そういった取り組みの不十分さはともかく、EVとしての性能が強化され、純EVとの競争力も飛躍的に高まったのは確かだ。トヨタはその新型プリウスPHVの販売目標について、2500台/月という高い目標を掲げている。果たして顧客が新時代のエコカーとしてどのくらい好意的に迎え入れるか、動向が興味深い。
(ジャーナリスト 井元康一郎=文)