暗号通貨ブームの裏側で顕在化してきた、その基盤技術の「構造的な問題」

ビットコインの価格は1月に入って暴落したとはいえ、まだ高い水準にある。そんななか、暗号通貨にまつわるデータ処理の遅さやそれに伴う売買手数料の高止まりなどの問題が改めて浮き彫りになっている。こうした基盤技術の構造的な問題は、いかに解決されていくものなのか。
暗号通貨ブームの裏側で顕在化してきた、その基盤技術の「構造的な問題」
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「月に届きそうな勢いだ!」。暗号通貨(仮想通貨)であるビットコインの熱狂的な支持者は、声を揃えてこう言っていた。2017年12月中旬の記事執筆時点では、ビットコインの価格は天井知らずで上昇を続けていた[編註:価格は1月中旬に暴落したが、それでも1年前と比べれば高い水準にある。09年からのグラフはこちら]。

急激な値上がりは、暗号通貨の億万長者を次々と生み出した一方で、このデジタル資産を支える技術に以前から存在する弱点を浮かび上がらせている。この弱点は、デジタル通貨の長期的な存続を脅かす可能性もある。

ビットコインは、サトシ・ナカモトを名乗る人物またはグループが世界に与えた贈り物だ。ナカモトは08年、ビットコインの設計に関する論文[PDFファイル]を公開した。

ナカモトはこの論文のなかで、従来の金融機関が不要な摩擦を生み出していると主張。銀行などの仲介業者が取引コストを手数料として徴収するために、「手軽な少額取引」が不可能になっていると訴えた。

そしてナカモトは、ビットコインがこのような状況を一変させると主張した。解読不能な暗号を利用したピアツーピア型ネットワークで取り引きが確認されるため、取り引きを一元管理する組織が不要になるというのがその理由だ。

この論文では、マイクロペイメントという言葉は用いられていないものの、その考え方は間違いなく採り入れられている。非常に少額なデジタル決済を可能にすれば、インターネットの経済に変化をもたらしたり、発展途上国の人々を支援したりできるというわけだ。

論文の発表から9年後、ナカモトの発明は大きく花開いた。1ビットコインの価格は、2017年12月中に1万7,500ドルを超えるとみられていた。17年1月と比べると17倍の高騰だ。

しかし、大量の少額取引を可能にする経済的啓蒙主義の新しい時代はまだ実現してはいない。なぜなら、取引手数料をなくすという目的でナカモトが考案した通貨は、まさにその取引手数料にまつわる問題を抱えているからである。

あまりに遅いプラットフォームの処理能力

ビットコインを売買する人は、ビットコインのネットワークに参加している世界中のコンピューターでその取り引きを確実に処理してもらうために、手数料を支払っている。米国東部標準時12月12日午後の時点で、1件の取り引きを10分以内に処理してもらうのにかかる手数料は、およそ19ドルだった。

ある試算によれば、この手数料を3ドルに減らすと、1件の取引を処理してもらうまでにおよそ24時間かかるという。友人に立て替えてもらったピザの代金を支払うなら、ビットコインではなく送金ツールの「Venmo」を使ったほうがいい。

ヴィデオゲーム配信プラットフォームの「Steam」は12月7日(米国時間)、ビットコインの受け付けを終了すると発表した。手数料の高さがその理由だ。それに先立つ12月4日には、先物取引を手がけるCMEグループのシニアエコノミスト、エリック・ノーランドが、高額な手数料のためにビットコイン価格の急騰が終わる可能性があると指摘している。

ビットコインの取引手数料があまりにも高くなった理由は、この通貨の運用に使われるピアツーピアネットワークの処理能力が、現在の標準的なデジタルインフラと比べて劣っているからだ。ビットコインの設計について研究しているコーネル大学のエミン・ガン・サイラー教授の試算によれば、ビットコインのネットワークが1秒に処理できる取り引きの数は多くても7件で、通常は3.3件だという。

VISAの事例を見てみると、9月から12月までの3カ月間に処理された取り引きの数は292億件だった。これは、1日あたり3億1,700万件、1秒あたり3,674件に相当する。

ブロックチェーンに詳しい起業家で、ゴールドマンサックスやヴェンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツで働いた経歴をもつプリーシ・カシレディも警鐘を鳴らしている。彼女は、ビットコインとそのシステムの技術的限界を警告する記事をブログに掲載した

ブロックチェーンと呼ばれているシステムを支える技術は、規模を拡大するための準備がまったくできていないと指摘したのだ。「何かをメインストリームにしようとすれば、スケーリング(規模の拡大)が必要になります」と彼女は述べている。

ビットコインの取り引きは、「マイナー」(採掘者)として活動する人々に支えられている。マイナーたちは、ナカモトが設計した、取り引きを処理するためのネットワークを構築するソフトウェアを稼働させている。

ビットコインの処理能力は、マイナーたちが新たに確認された取り引きをデジタル台帳(ブロックチェーン)に追加する頻度によって決まる(現時点では10分に1回)。また、ビットコインのプロトコルがネットワーク経由でデータを転送する方法にも左右される。

アルゴリズムの構造的な問題

ビットコインのボトルネックは、現在のシステム設計に深く根ざしている。サイラー教授と大学院生からなるチームは、世界中に分散しているビットコインネットワークの速度を測定するソフトウェアを開発した。

そのソフトウェアで2016年の1年間を測定した結果を見ると、ビットコインネットワークを支える物理インフラは、コンピューターや通信回線の進化のおかげでおよそ70パーセント高速になったという。それでも、ビットコインのネットワークが処理できる取引件数はほとんど変わっていない。「これは奇妙なことです」とサイラー教授は言う。「基盤のネットワークが高速になっているのに、プロトコルはその状況をうまく活用できていないのです」

世界で2番目に規模が大きい暗号通貨システムである「Ethereum(イーサリアム)」でも、スケーリングの問題が尾を引いている。仮想のネコを飼って育てるトレーディングゲーム「CryptoKitties(クリプトキティーズ)」が、12月に爆発的な人気を獲得。アクティヴィティが急増したために取引手数料が急騰し、処理待ち状態の取り引きの数が大幅に増えたのだ。

暗号通貨の熱心な支持者たちは、ネットワークをスケーリングするためにさまざまなアイデアを提案している。8月には、ビットコインの処理能力を懸念していた一部のグループが、ビットコインから派生した「ビットキャッシュ」と呼ばれる新しい通貨を生み出した。登場から3カ月ほど経過したビットキャッシュは1,600ドル前後の価格で推移しているが、元のビットコインと比べて注目度ははるかに低い。

一方、サイラー教授は15年、コーネル大学の同僚であるイッテイ・イーヤルとともに、「Bitcoin-NG」と呼ばれるアルゴリズムを考案した。このアルゴリズムを採用した新興企業のWaves Platformによれば、同社のシステムは1秒間に数千件の取引を処理できるという。

もっとも、こうした派生通貨のなかから、暗号通貨ブームに沸くビットコインの市場シェアを大きく脅かす通貨が出てくることは当面なさそうだ。また、最近のブームでリッチになった投資家のなかには、いますぐスケーリングする必要はないと主張する人たちもいる。

彼らに言わせれば、ビットコインはナカモトが構想していた通貨というより、「価値を保存する」ゴールドのような存在だ。一方で、ウォーレン・バフェットのように、基本的な実用性を欠いていることが大きな問題だと批判する人たちがいる。ゴールドマンサックスのCEOは12月1日、ビットコインについて、価格の変動が激しすぎるため、価値を保存するには不向きだと述べている

ビットコインのネットワークやコードの管理を支援しているビットコイン支持者のなかには、スケーリングを実現したり、ナカモトの当初の構想を実現したりするための方法を検討している人たちもいる。だがカシレディは、大規模に実装できると技術的に実証された方法はないと指摘している。

また、たとえそのような方法があったとしても、ナカモトが採用した分散型という仕組みのために、アップグレードを行うための確固たるシステムがビットコインには欠けている。カシレディが言うように、「本当の意味でのガヴァナンスのプロセスが存在しない」のだ。ビットコインに関して検討すべき要素は、価格だけではないのである。


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TEXT BY TOM SIMONITE

TRANSLATION BY TAKU SATO/GALILEO