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●新しいiPadのネーミングに覚える違和感
アップルは3月21日に、iPadのラインアップを刷新した。昨年3月にはアップル本社で発表イベントを開催し、iPad Pro 9.7インチモデルを発表したが、今回はウェブサイト上での発表に留まった。その理由も、登場した新型iPadを見れば分かる。

アップルのiPadラインアップはこれまで、iPad Pro 12.9インチ·9.7インチモデルを頂点に、9.7インチのiPad Air 2、7.9インチのiPad mini 4、iPad mini 2という5つの製品を取り揃えていた。

今回のアップデートで、iPad Air 2とiPad mini 2がラインアップから姿を消し、代わりに9.7インチモデルの「iPad (5th generation)」が追加された。しかし、この新しくリリースされたiPadを、厳密に「新しいiPad」として良いかどうか迷う。

まずiPad Air 2の6.1mmという薄さから、7.5mmへと厚みが増している。重量も増えており、バッテリー搭載量が増加した。ただこのデザインは、iPad Airのものと同等であるため、iPad Airラインアップとしての進化をしたわけではなかった。

iPad Airと比較すると、プロセッサは2世代向上したA9を搭載し、カメラも500万画素から800万画素に向上した。そしてホームボタンは指紋認証Touch IDをサポートした。

しかし、それ以上の進化をしたわけではない。前述のように薄型化、小型化は進んでいないし、Apple Pencil対応や、Smart Connectorを通じたキーボードへの接続、高色域(P3)ディスプレイの採用、環境光に合わせてディスプレイの色温度を変えるTrue Toneなどの機能も、すべて採用されていないのだ。

○ニーズに合わせて製品を作った

iPadのセールスポイントは、なんといってもその価格だ。これまで、9.7インチモデルのiPadの価格は登場以来、499ドルに保たれてきた。しかしiPad Pro 9.7インチモデルを599ドルで登場させたとき、iPad Air 2を399ドルに値下げした。

今回登場するiPadは、9.7インチモデルのiPadとしては最も安い329ドルで登場した。この価格で32GBのストレージを搭載しており、家庭でのライトな使用やビジネス、教育機関での活用にも十分対応できる。

前述の通りiPad mini 2がラインアップから消滅し、iPad mini 4も128GBモデルのみを399ドルすることから、9.7インチの新しいiPadが、iPadラインアップの中で最も安いモデルとなった。

最も安い標準サイズのiPadをリリースした狙いは、そこに大きなニーズが滞留していたから、と考えることができる。

これまでiPad Air 2には、ビジネス向け、そして教育向けに、大量導入のニーズが存在していた。しかし、2016年末から年明けにかけて、まとまった台数のiPad Air 2を発注しても、最大で10週間の納期が示されるなど、生産が追いついていなかった。

●iPhoneは個、iPadは面の展開
これは、決算発表で、iPadが低迷している事実に反するように見えるだろう。iPadの販売台数は2014年第1四半期を頂点に、長い下落トレンドの中にある。しかし企業や教育機関で求められていた安価に導入できる9.7インチのiPadは足りていなかった。つまり、作れば売れる製品を、作れる体制になっていなかった、ということだ。

厚みを増し、iPad Airシリーズの名前を脱却したiPadを用意したことと、iPadのラインアップ数を削減した理由は、価格が安い9.7インチのタブレットへの大きなニーズに応えることと、そのニーズに応えられる生産体制を整えることを実現しようとしていた、と見ることができる。

iPadの活用は面の展開に

iPadの活用事例を見ていくと、iPhoneのような個人個人がエンパワーメントされるというよりは、企業や教育機関などの組織の中で1人1台を実現し、活用を深めるという「面」の展開が考えられる。

iPadを導入し成果を上げている企業を取材すると、パソコンでは実現できなかったICT環境の実現を指摘する声が多い。

セットアップや操作の簡単さからどんな年齢層にとってもストレスが少なく、若いスマートフォンが当たり前の世代にとっては、スマートフォンのスキルをそのままつぎ込むことができる。

同時に、パソコンが定着しなかった比較的年齢が高い経営層も、スマートフォンを使うようになり、タブレットのハードルは低い。ITのトレーニングコストはぐっと下がる。とくにメール活用やファイル共有、セキュリティ、リテラシーの部分をきちんと教育すれば良いのだ。

また、なにより壊れにくく、バッテリーが長持ちし、経年で動作が遅くなることがほとんどない上、社内でユーザビリティを重視するアプリを内製することで、働き方を変革するきっかけを作ることができるようになる。

また教育機関でも、投資コストの低さが目立つ。よく語られていることだが、パソコンの導入のためには特別な教室設備を用意しなければならなかった。無線ネットワークの敷設はiPadでも同様だが、ノートパソコン型のコンピュータを導入する場合でも、電源やより広いテーブルへの変更といった教室の再デザインが必要となってしまう。

またiPad向けには、Appleが、文書作成、表計算、プレゼンテーション、ビデオ編集、オーディオ編集、プログラミング教育といった一通りの基本アプリを用意しており、別途ライセンスを購入する必要がない。

ビジネス導入の話でも触れたが、耐用年数の長さも重要だ。学校購入の学校導入の場合は、壊れにくさとパフォーマンスが落ちないという両面での「耐用年数」が重要となるし、教材として生徒個人で購入してもらう場合も3〜4年の利用を前提にできることが重要だ。

iPadは、PCやChromebook、Androidと比較して、面での導入のしやすさが目立ち、結果的にコストのメリットで導入を決めることができる対象となっている。そのiPadをさらに値下げしたことの効果の大きさは、絶大なものになるのではないだろうか。

iPadはまだ進化する
iPadの進化は、また別の話

さて、今回のアップデートで2017年のiPadラインアップの刷新は終わりではない、と考えた方が良いだろう。iPadのリリースがニーズに対応することを目的としているなら、アップルのタブレット進化の戦略とは別の話、と見ることができるからだ。

ハイエンドとなる12.9インチ·9.7インチモデルのiPad ProはA9Xを採用しており、今年も新しいプロセッサが出るなら、2年前のプロセッサを採用し続けることになってしまう。

加えて、12.9インチモデルのiPad Proは、アンテナデザインやディスプレイの品質の面で、9.7インチモデルに遅れを取っている。プロセッサや画面サイズの面では12.9インチiPad Proが上位モデルだが、世代としては9.7インチモデルよりも前のものに留まっている。

また、iPad mini 4も、128GBモデルのみを残している不自然な状態であり、場合によってはこのモデルで「iPad mini」シリーズも終焉を迎える可能性がある。

生産体制をニーズに応えやすい状態に保ちながら、iPad Pro 9.7インチモデルを登場させるときにPCからの買替え需要を狙っていく戦略を実現するには、モデル数を増やさずに、より魅力的なiPad Proラインアップを拡充していくことが重要となる。

そうしたアップデートを、2017年中に見ることができるのではないだろうか。

(松村太郎)