世界初公開された三菱自動車の世界戦略車「エクリプス クロス」(写真提供=三菱自動車)

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■世界戦略車「エクリプス クロス」を初披露

昨年、燃費測定の不正が露見したことで大打撃を被り、ルノー・日産連合の傘下に入った三菱自動車は果たして復活できるのか――。3月7日に開幕した世界有数の自動車展示会、ジュネーヴモーターショーで、三菱自動車は新しい世界戦略車のプロトタイプ(試作車)を初披露した。

その世界戦略車は「エクリプス クロス」。乗用車であることを基本としながら地面と床の距離が大きく、荒れた道も走ることができるクロスオーバーSUVというタイプである。ウィリス「ジープ」のライセンス生産以降、60年以上にわたってSUVを作り続けてきた三菱自動車にとって、SUVはブランドアイデンティティの根幹。エクリプスクロスの開発は不正が露見する以前から行っていたのだが、このタイミングで登場したことで、図らずも三菱自動車のブランド再生のモニュメントのような役割を担うことになった。

エクリプスクロスの登場を見て、ライバルメーカーの幹部はルノー・日産連合の総帥、カルロス・ゴーン氏のスタンスについて次のように語る。

三菱自動車はルノー・日産連合のアジア部門として、下請け的な立場に組み敷かれるのではないかと思っていました。プラットフォームやエンジンを共通化し、儲からない低価格車を中心に数を追わされる、同じグループで言えばルーマニアのダチアのような感じに。その場合、エクリプスクロスのようなモデルは開発後期といえども当然ストップがかかるのですが、それをあえて出してきた。三菱自動車三菱自動車として再生させるとゴーンさんは宣言していましたが、その言葉どおりなのかもと感じましたね」

もちろんルノー・日産連合と三菱自動車の間でプラットフォームの共有化を進めるという方針に変更はなく、今後の開発計画はそれに沿ったものになることはまず間違いない。が、三菱自動車クルマづくりについてはルノー・日産連合にとって都合の良いものだけをやらせるというのではなく、三菱自動車のブランドを生かす形で行うという姿勢が垣間見えるというのだ。

「思えばゴーンさんは、ルノーから日産に派遣されたときも、『フェアレディZ』や『GT-R』などのスポーツモデルを復活させました。これらは経営危機のなかで日産がスポーツカーの時代ではないと自分で捨てたものです。日産にやってきたときは“コストカッター”というイメージが先行していましたが、ブランドにとって大事なものは何かということを考える人でもあった」(前出のライバルメーカー幹部)

■ブランドを維持しながら再生する意味

これはルノー・日産連合のもとでアイデンティティを失うのではないかと戦々恐々としていた三菱自動車関係者にとっては明るいニュースのように思える。が、それはゴーン氏から、最も険しい道での再生を求められているということでもある。「三菱自動車のブランドを維持して再生しろ、再生できなかったときは責任を取らせる」と言われているも同然だからだ。

ルノー・日産連合の傘下入りが決まったとき、三菱自動車関係者のなかには「これからは日産の言うとおりにすればいい。自分で戦わなくてよくなった」といった感想を漏らす人物もいたが、その道は最初から封じられたのだ。ゴーン氏にとって、先の見えない三菱自動車の再生に賭けるのは大きなリスクを伴う。期待に応えられなかったときに三菱自動車がどういう扱いを受けるかは想像もつかない。

世の中からの信用を失った三菱自動車がブランドアイデンティティを保ったまま復活を果たすことはできるのか。

2000年と2004年の2度にわたるリコール隠し以降、三菱自動車は最後まで自分を見失ったまま、昨年のスキャンダルを迎えてしまった。その過程で注目を集めたのは「i-MiEV」や「アウトランダーPHEV」などの電動化技術だった。

電動化は自動車のサスティナビリティ(持続可能性)を確保するのに必須の技術で、それを手がけること自体は悪いことではなかったのだが、三菱自動車はその電動化技術、さらにはエコをブランドの中核に据えてしまった。

各国の規制に対応し、少しでも高い効率で車を走らせられるようにすることはメーカーとして当たり前の責務なのだが、高効率化の技術では世界のトップランナーでも何でもない三菱自動車がそれを金看板にするのは明らかに選択ミスだった。軽自動車やEVの燃費不正も、自社の実力値を無視してトップランナー級のエコ性能を目指した結果引き起こしたようなものである。一方で、高性能車やSUVなど、三菱自動車がかつて得意としていた分野のモデルは手薄になる一方だった。

■ブランド作りにおいてはやせ我慢も必要

果たして、三菱自動車が半ば放置しているような車はもはや見込みがないのか。2006年にフルモデルチェンジされて以降、11年にわたって全面改良がないまま放置されている大型SUVパジェロ」で500kmほどドライブしてみた。

実際に運転してみたところ、先進安全システムを欠いていること、装備類が古いことなど、放ったらかしになっていたがゆえのネガティブさは随所にあるが、肝心の走り味については依然として「これぞ三菱のSUV」という魅力にあふれたものだった。

オフロードモデルでありながら、重量級の巨体を生かした高速道路や郊外路のパワークルーズは爽快。また、路面摩擦の小さいスタッドレスタイヤが装着されていたにもかかわらず、4輪駆動にすれば西伊豆の山岳路でも驚くほど軽快に走ることができた。それでいて燃費も良好で、最高出力190馬力のパワフルなターボディーゼルで2.3トン超のボディを走らせるという条件の悪さを押して、市街地と郊外、高速をあわせて軽油1リットルあたり約12kmも走る。

三菱自動車が自分のブランドアイデンティティを生かして再起するうえで大事なのは、こういう三菱ならではの車づくりに惹きつけられてきた顧客のニーズをもう一度掘り起こすことだろう。パジェロは欧州市場で年間5000台程度、日本では年間1000台強が売れているにすぎず、三菱自動車にとってはやめたいモデルの最右翼であろう。が、「あの○○を作っている三菱の」といった枕詞になり得るモデルは、もはやパジェロしか残っていない。ブランド作りにおいてはやせ我慢も必要だ。

グローバルで見れば、悲観的になりすぎる必要はない。日本においてはブランドイメージに致命的な打撃を被ったが、欧州ではそもそも燃費計測の不正がなかったこともあって、大きな影響は受けていない。アジアビジネスも堅調だ。今は日本でのダメージの大きさに萎縮して、打つべき手を打てなくなることのほうを警戒すべきだろう。

99年にルノーが経営危機に陥っていた日産を傘下に収めたときは、世界中から“弱者連合”と評された。そのルノー・日産アライアンスを、販売台数で世界トップ5の一角を占める勢力に育ててきたゴーン氏だが、2016年度までに世界シェア8%、利益率8%の達成を目指すというプラン「日産パワー88(エイティエイト)」が未達に終わる公算が大となるなど、成長路線に翳りが出てきている。昨年の三菱自動車の買収は、ゴーン氏がビジネスマンとしてのキャリアの総仕上げとして打った勝負手のようなものだ。

安全運転に徹する日本企業はこういった火中の栗を拾うような投資に二の足を踏む風潮が強いが、台湾の鴻海精密工業が満身創痍のシャープを買収し、早くも東証一部再上場を視野に入れた計画を発表するところまで回復させたのを見てもわかるように、世界ではこういう“再生ビジネス”に貪欲な企業は数多い。ゴーン氏の三菱自動車買収も、ブランドや技術力に利用価値ありと踏んでの賭けによるものだ。その期待に応えることができるかどうか、ボールはすでに三菱自動車に投げ返されているのかもしれない。

(ジャーナリスト 井元康一郎=文 三菱自動車=写真提供)