スマホをはじめとしたデジタルツールが普及する中で、紙の新聞や書籍に触れる機会が減り、カレンダーや時計もスマホで代用する人も増えています。
生活環境の変化にさらされているのは大人だけではありません。
「最近、もっとも懸念しているのは、『おしゃれな新婚家庭は乳幼児の文字環境として砂漠のようだ』ということです」
子どもの読解力研究に携わる国立情報学研究所の新井紀子教授は、子どもたちが「生活の中で新たな語彙や数字に触れる機会が少なくなっている」と警鐘を鳴らします。
ダサくて余計なものを排除した結果…
ニュースは新聞ではなくネットニュース。書籍や雑誌は電子書籍で購入。カレンダーはおしゃれさを重視した文字が少ないもの。
腕時計は使わずスマホ(あるいはApple Watch)、家にある時計は小さなデジタルのものだけ。
こんな光景、もはや珍しくありませんよね?
「高学歴でテクノロジーに理解が深く、教育への意識が高い家庭こそ『環境文字砂漠』になりがち。うちの研究所でも、30〜40代で新聞をとっている人はもはや少数派。自宅にテレビがない人も増えてきています」
「酒屋さんが持ってくる日めくりカレンダー、新聞の折込チラシ……私たちが育つ中で一見“ダサくて余計なもの”が生活にあふれていることで、学んだことは多いはずなんです」
「赤ちゃんは、身近な大人が興味を持っているものを見て育ちます。絵本と知育玩具だけ与えていればOK、小学校に入れば日本語は難なく読み書きできるようになる、ということは決してありません。おしゃれな家庭ほど注意! です」
親にできることは? 砂漠を脱するアドバイス
新井教授は、「科学的なしっかりした裏付けはまだない」と断りつつ、子どもたち、そして幼稚園や小学校の教員と接してきた専門家視点のアドバイスとして、こんな具体的な方法をあげます。
1.カレンダーは月日、曜日入りのものに
数字だけのもの、英語だけのものなどおしゃれなカレンダーは素敵ですが、小さなお子さんがいる家庭にはもう少し情報量が多いものがおすすめです。
カレンダーは数の並びを自然に理解するのに有効な手段。小1で「じゅういち」を「101」と書く子、相当います。
2.文字盤の時計を壁にかけよう
デジタル時計ではなく、1から12までの数字が書かれた時計に。秒針や分針の動きを見て数字や時間の感覚を得られます。
「6時まであと何分」を視覚的にわかるのは文字盤だからこそ、です。
3.トイレには日本地図や世界地図
一人で狭い個室にこもるトイレは集中できる場所。「今日は何の日」が書いてある日めくりカレンダーや地図がおすすめです。
新しい語彙や地名に習慣的に触れられますし、親子の共通の話題にもなりやすいです。
4.ICカードは便利だけど、硬貨やお札も使って!
1円玉が5枚で5円、5円玉が2枚で10円、100円玉が10枚で1000円……。ICカードの登場で、昔は当たり前のように得ていた数字感覚がなかなか持ちにくくなっています。
最近はお小遣いもICカードにチャージ制の家庭もあるとか。ピッ! で済むのは便利ではありますが、コインやお札に触れる機会も作って欲しいです。
5.朝ごはんのおともにラジオを
ラジオは耳から入ってくる音声情報だけで想像しなくてはならないので、情報処理能力が鍛えられると思います。
できればニュースが含まれるものがベター。生活の中で「聞いたことある」言葉がどれだけあるかで小学校に入ってからずいぶん違います。
6.できれば紙の新聞を購読してください
難しければ、せめて紙の本を買ってください。自分が本を読まないのに、本を読む子に育てるのは難しいです。
7.スマホはお休みしてテレビを一緒に見よう
教育テレビだけじゃなく、朝のニュースやテレビドラマなど幅広く。「こんな場所があるんだ」「こんな仕事があるんだ」……子どもたちはテレビに映るものから生活範囲の外のことを学んでいきます。
「北海道は雪だね」「お正月だから初詣に行くんだね」など、テレビを見ながら話をするとさらによいと思います。
8.時代劇を見よう
「今私たちが生きている世界と地続きで、別の時代があったんだ」という想像力を持つことができます。江戸時代がどんな風だったのか、教科書の絵だけで具体的に思い描くのは大変です。
語彙の獲得の意味でも歴史ものは重要。「印籠」「切腹」「身分」「武士」などの言葉は意識的に触れないと知り得ないですよね。
9.大人同士の会話を聞かせよう
子どもに合わせたわかりやすい言葉ではなく、大人同士の会話を聞く時間が十分にあることも大切です。細かい意味はわからなくていいんです。相手によって声のトーンが変わること、敬語や丁寧な言葉遣いの存在などに自然に気づいていきます。
夫婦の会話、保育園の先生との会話、ママ友との会話。「子どもはいいの」なんて言わず、側にいさせてあげてください。
10.エッチな小説を本棚の高いところに
エッチなものに対する興味をうまく利用しましょう! できればジェンダー・バイアスのないものをお願いします。
「お父さんが隠しているもの」は子どもにとってはお宝。留守の時にそれを手にとって、ドキドキしながら読むはずです。うまく戻せていなくても怒らないでくださいね。
「ずるい!」が文明を作る
「兄弟が少なくなったから算数が教えにくくなった」。新井教授は、小学校の教員から上がったこんな声が印象的だったと言います。
ケーキやお菓子を「みんなでわけなさい」という状況が、割り算や分数を学ぶ上で少なからず役立っていたそう。少しでも多くほしい、でも兄弟みんな考えてることは同じ、どうやって喧嘩しないようにわける?
「『お姉ちゃんの方が多くない? ずるい!』というリアリティがあると、教科書の上の出来事ではなく体感的に理解できます」
「面積という概念が生まれ広がったのも、古代エジプトで土地あたりにかかる税率の計算をするためと言われています。人間の『ちょっとでも得したい』という欲望は、知識を身につける大きなモチベーションになると思います」
官能小説をさりげなく置いておくことをすすめるユニークなアドバイスも「欲」を刺激するもの。
「官能小説というより、ちょっとエッチな描写のある小説、ですね。子どもたちの『何かイケナイことが書いてあるみたいだ、読みたい!』という欲求を押さえつけず、生かしてあげましょう。きっと両親がいない間に手が届かないところに置いても、一生懸命よじのぼって取り出すはず……」
「漢字や表現が正確にはわからなくても頑張って読む、という経験はとても貴重です。今の子どもたちは初めて触れる性的なコンテンツがAVということも少なくありません。いきなりダイレクトな情報に触れる前に、想像力をふくらませてほしいです」
「自然に身につくでしょ」は誤解です
「やかん」「急須」「つばめ」「内側」――新井教授が小中学校の現場を訪ねる中で「知らない」「どんな意味かわからない」と言われた言葉たちです。
確かに、日常生活で頻繁に出てくる言葉とは言えないですが、自分がどうやって学んだかを思い出すのは難しい程度には一般的な言葉に思えます。
「極端なケースに聞こえますが『単語の意味がわかっていない』ことすら見過ごされている子どもたちが、それなりの割合でいるのが現状です。語彙がないと、問題文を読解する前の段階、授業や教科書の内容を理解することがまずできません」
「『私も普通に育ってわかるんだから、子どもたちも普通に育てばわかるようになるよね』は、もはや誤解です。デジタル化、ディスプレイ化が進んだ今、生活の中で新しい言葉に触れる環境は、大人が意識しないと作れません」
「小さい頃から食べてきた母さんの料理、毎日食べていたからと言って再現できないですよね? 味は知ってても、教えてもらって練習しないと作れない」
「それと同じです。言葉は人工物で、知識です。簡単に再現はできないんですよ」