電通子会社があのウーバーに訴えられたワケ

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市場の急成長が歪みを生み出した(写真:Getty Images、デザイン:新藤 真実)

「わが社からおカネを得るために、詐欺の兆候を意図的に無視した」――。

ライドシェアの世界最大手、米ウーバーテクノロジーズ(Uber)が9月中旬、電通子会社の英フェッチ・メディアを相手取り、米カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所に提訴した。

訴えの中でウーバーは、フェッチが自社の広告キャンペーンを請け負う中で、取引先のメディアなどが「アドフラウド」と呼ばれる広告詐欺を起こすのを看過したと主張。それにより、本来なら払う必要のない過大な広告費を支出させられ損害を強いられたとして、損害賠償を請求している。

「アドフラウド」という名の広告詐欺


アドフラウドとはインターネット広告における広告詐欺だ。クリックやインプレッション(広告表示)をコンピュータプログラムで機械的に作り出し、それを基に広告主へ不正に成果報酬を要求する手段が多い。近年、世界の大口広告主企業の間で深刻な問題となっている。ウーバーの訴訟は、アドフラウドの蔓延を端的に反映したものだ。

電通は2016年9月、ネット広告の取引で過大請求を行ったことが最大口顧客であるトヨタ自動車の指摘で明らかになっており、ネット広告ビジネスにおけるより高い透明性が求められている。こういった中で起こったウーバーの訴訟は、広告産業にとっても、電通グループの戦略においても重要な意味を持つのは明らかだ。

だが、この問題を日本では、米ダウ・ジョーンズなど一部の海外ニュースメディアが伝えただけで、国内メディアの報道は皆無だ。

訴状によると、ウーバーは2015年1月、フェッチと広告キャンペーンの契約を締結した。さまざまなウェブサイトに広告を配信し、ウーバーのアプリをダウンロードしてもらうよう誘導するのが目的だった。キャンペーンは実際に行われ、2017年3月の契約終了までにウーバーは8250万ドル(約93億円)をフェッチに支払った。


ウーバーの訴状。電通子会社のフェッチに懲罰的賠償を求めている(筆者撮影)

ウーバーが払った広告費は、フェッチを通じて、「アドネットワーク」と呼ばれる広告流通の中間業者と、「パブリッシャー」と呼ばれるメディアのウェブサイトに広告表示の対価として分配されている。メディアは掲載した広告がクリックされ、アプリがダウンロードされれば、報酬として広告収入を獲得できる仕組みだ。収入を得るには、アプリ直前のクリックが自社サイトで発生したものである必要がある。

この報酬体系の中で、一部のサイトが大量のクリックを機械的に発生させ、実際のダウンロード履歴と不正に結び付けたデータを作り、「うちのサイトのクリックがきっかけでダウンロードされた」と虚偽の報告をして報酬をだまし取った、というのがウーバーの主張。ウーバーは、フェッチがサイトなどの監視を怠って詐欺行為を看過し、広告収入の見返りにサイトなどからリベートを受け取ったことで、自社に過大な広告支出を強いたと指摘している。賠償額は訴状に明記されていないが、損害額は5000万ドル(約56億円)を下らないと求めている。

週刊東洋経済編集部は、18日発売の『週刊東洋経済』12月23日号で「ネット広告の闇」を特集。この一件をはじめ、近年急拡大したネット広告をめぐるさまざまな問題を追った。

フェッチは週刊東洋経済の取材に対し、ウーバーが広告業務に関わる取引先への支払いを滞納していると指摘。その上で、「ウーバーは支払いの義務を回避するために、業界全体の問題を利用している。フェッチはウーバーが新規ユーザーを獲得するのを助け、広告詐欺を減らせるよう助言もした」(マーケティング担当のキャサリン・カーター氏)と真っ向から反論している。また電通本体は「係争中のため、コメントは差し控える」(広報部)と答えている。

ビジネスにおける係争は、往々にして双方にある程度合理的な言い分がある。どちらが正しいかは、最終的には司法の判断を仰ぐしかない。だがこの訴訟は日本の広告産業に対し、ネット広告の費用対効果についての疑いを真っ向から突きつけたという点で大きな意味がある。欧米の企業主企業の中で噴出する、「ネット広告の価値は本当に巨額の広告費に見合うものなのか」という疑いを、端的に示しているのがこの訴訟なのだ。

ネットが広告市場の中心に

「広告費の半分が無駄金だったことは分かっている。問題は、それがどっちの半分だったのかわからないことだ」。これは19世紀に百貨店王と呼ばれた米国の実業家、ジョン・ワナメーカーの言葉だ。広告ビジネスの本質的な難しさを表した言葉として、長く語り継がれている。テレビや新聞が広告媒体の中心だった時代には、あるCMや広告を見た人のうち、どれだけの人が実際に商品やサービスの消費に至ったのかを、厳密に結びつけることは難しかった。

だからこそネット広告は、2000年代後半以降に急速に伸びた。ネット上のサービスやネット通販で販売される商品であれば、広告をクリックした人のうち実際に商品・サービスを消費した人がどの程度いるかというデータを、相当程度正しく把握できると期待されたからだ。

ネット広告は、世界最大の広告市場・米国ではすでにテレビを上回っている。また日本でも増加を続け、直近の2016年にはテレビの7割にまで迫っている。テレビを逆転するのは時間の問題と考える広告・メディア関係者は少なくない。

ところが、アドフラウドの出現により、ネット広告の信頼性は大きく揺らいでいる。「アドフラウドは、見つかりさえしなければサイトや広告会社の儲けになる。アドフラウドに手を染めるサイトが支払うキックバック報酬は、この『悪のマネタイズ』を一層助長するもの。この循環の中で、広告主企業だけが裸の王様になるおそれがある」。広告産業に長い長澤秀行・デジタルガレージ特任顧問はそう指摘する。

企業が懐疑的になる理由は、アドフラウドだけではない。企業にとっては広告を表示されたくない、アダルトコンテンツや政治的・思想的に偏りがあるニュースサイトなどに、想定外に広告が配信されてしまう事態が世界で多数起こっているのだ。

ネット広告は、中間業者を介して無数のメディアに配信される。テレビや新聞が広告媒体の中心だった時代に比べて、どこに広告が出稿されたかは把握が難しい。特に広告主がより大きな広告効果を求めると配信先の数が増え、いっそう把握が難しくなる。

「大手企業が近年ネット広告に対し、販売促進だけでなく、ブランディングの効果も求めるようになっている。その中で、ブランド価値を毀損するような広告は深刻な問題だ」(長澤氏)。広告がむしろブランド価値を毀損するリスクを生むという、ブランドセーフティと呼ばれる問題が起こっている。

掲載メディアによってはブランド価値の毀損に

実際、ウーバーがフェッチの業務に懐疑的になり始めたのも、自社の広告が極右系と呼ばれるメディアに掲載されていたことがきっかけだ。この広告配信で、一部の消費者から「ほかの大手企業は広告出稿を取りやめている問題メディアに、ウーバーはいつまでも出稿している」と指摘される事態があった。これによる経済的な損失額を弾き出すのは難しいが、ブランド価値の毀損につながったのは間違いない。


こうした問題への対策は、完璧ではないながらもある。アドベリフィケーションと呼ばれるITツール・サービスを導入し、クリックや広告配信先の状況を機械的に把握する手法だ。米国では大手広告主の8割がこういったツールの導入で、何らかの自衛策を講じているという。

一方、「対策にはおカネがかかるため、『なぜ広告業界側ではなく、カネを払っている企業が対策を講じなくてはならないのか』と不満が爆発している」。ヤフージャパンやグーグル日本法人などで長年にわたりネット広告を手がけてきた有馬誠・楽天データマーケティングの社長は指摘する。成長を続けてきたネット広告市場は、今大きな踊り場を迎えている。

週刊東洋経済12月23日号(12月18日発売)の特集は「ネット広告の闇」です。