UAゼンセンが組合員に行ったアンケート調査によると、来店客からの迷惑行為でいちばん多かったのは「暴言」で全体の約3割を占めた(UAゼンセンの「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果」を基に東洋経済作成)

「謝罪として土下座を強要する」「クレームの際、従業員を怒鳴りつける」「インターネット上に従業員の実名を挙げ、一方的な誹謗中傷をする」――。

百貨店やコンビニエンスストア、飲食店などの接客現場で見られる悪質クレーム。これが原因となり、一般消費者へのサービス低下や、従業員のストレスにつながるケースが散見されている。こうした状況に危機感を抱いた産業別労働組合「UAゼンセン」(以下、ゼンセン)が対応に乗り出した。

5万件超のアンケートが集まった

ゼンセンは繊維・衣料、食品、流通、レジャー・サービスなど多種多様な業種の企業別労働組合で構成されている、日本最大の産業別労働組合である。2017年9月中旬時点で2428組合、172万人余りで構成されている。

11月16日、ゼンセンは厚生労働相に要望書を提出。「顧客によるハラスメント」から労働者を守るために事業者が講ずべき措置を定めることや、悪質クレームに関する実態調査の実施を求めた。

ゼンセンは今回の要望書作成に先立ち、組合員にアンケートを実施。こうしたアンケートを実施するのはゼンセンとして初めてのことだ。「当初は2万件集まれば社会に対して訴えうるものになると考えていたが、職場での反響が大きく最終的には5万件余りのアンケートが集まった」(ゼンセン流通部門の西尾多聞事務局長)。

アンケート結果からは悪質クレームの実態が明らかとなった。来店客からの迷惑行為に遭遇した経験があると回答したのは全体の約74%。そのうち、遭遇した迷惑行為として最も多く挙げられたのが暴言(2万4107件)だった。そのほか、何回も同じ内容を繰り返すクレーム(1万4268件)や権威的(説教)態度(1万3317件)、威嚇・脅迫(1万2920件)が上位を占めた。

今回のアンケートではこうした迷惑行為の具体的な内容についても回答されている。たとえば、暴言については「お客様の(不満の)はけ口になっていて、『このババア』と言われた」、「商品の在庫を尋ねられ、在庫がない旨を伝えたところ、『売る気がないんか、私が店長だったらおまえなんかクビにするぞ』と延々怒られた」といったケースがあったという。

そのほか、「『レジ担当のあいさつがない』との申し出に、電話対応で謝り続けたらお客様から説教され、2時間程度の対応をした」という長時間拘束の例や、「普通に接客していたとき、お客様の機嫌が悪かったのか、かごや小銭を投げられた」といった暴力行為もあった。

精神疾患になった事例も


11月16日にUAゼンセンは厚生労働相に要請書を提出。ゼンセン流通部門の西尾多聞事務局長(中央)は「各職場での反響は大きかった」と語った(記者撮影)

アンケートでは、迷惑行為を経験した組合員のうちストレスを感じた人は9割に上り、1%に当たる359人が精神疾患になったと回答している。

「今回、5万人もの組合員が回答してくれたが、あくまで今働いている方を対象にしたものにすぎない。これまでに悪質クレームが原因でストレスを感じて仕事を辞めていった方もたくさんいるはずだ」(ゼンセン流通部門の安藤賢太執行委員)

今後、悪質クレームにどう対応していくのか。ゼンセンがまず取り組むのが、悪質クレームの呼称を確定することだ。実は、ゼンセンは「悪質クレーム」という名称について、現時点で仮称としている。悪質クレームと呼称した際に、クレームを発する消費者そのものを問題としていると誤解されかねないからだ。

もちろん、ゼンセンとしてはクレームそのものを否定しているわけではない。「クレームは消費者の意見がわかるアンテナでもあり、サービスを向上させるための有益な情報」というのが基本姿勢だ。「問題なのはあくまで悪質だという点。広く社会に受け入れられる名称を考えていきたい」(ゼンセン常任中央執行委員の森田了介氏)。

もう1つの課題が、悪質クレームの基準を明確化することだ。今回、ゼンセンは悪質クレームを「商品やサービスに関する要求内容または要求態度が社会通念に照らして著しく不相当な苦情のこと」、または「一般常識に照らして明らかに不当である要求や異常な態様の要求行為」と定義した。

「顧客至上主義」の呪縛

ただ、その判断基準が企業、もしくは対応した従業員によって異なる場合があり、実際には厳格な対応が難しい。店頭などの迷惑行為については、刑法の適用された判例が少なく、適用されるにもハードルが高くなっているという。


11月20日にUAゼンセンが開催した「悪質クレーム対策セミナー」には多くの加盟組合の代表が集まった(記者撮影)

ゼンセンは早期に業界全体としての基準作りをし、悪質クレームの現状や対応策を周知していく構えだ。

現場で働く従業員が「顧客至上主義」の呪縛にとらわれている点も見逃せない。11月20日にゼンセン主催の悪質クレーム対策セミナーで講演した深澤直之弁護士は「(現場の従業員が)お客様だから仕方ないと思い込んで、我慢しすぎている」と指摘。さらに「(過度な要求については)断ることや無視することも立派なクレーム処理の1つ」と強調した。

今後、ゼンセンとしては悪質クレームの取り締まりを目的とした法整備を訴えていく方針だ。ルールを確立して対策を講じると同時に、消費者1人ひとりが自らの行いを見つめ直す必要もありそうだ。