重光宏之・ロッテホールディングス前副会長

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ソウル中央地検は10月19日、韓国ロッテグループに大ナタを振るった。背任や横領容疑などでロッテグループの創業者一族3人をはじめ幹部18人を在宅起訴した。逮捕者なども含めると総勢で24人が起訴された。今年5月から240人以上の捜査員を導入して行われた韓国史上でも最大級の経済事件はその舞台を法廷へと移すことになった。

韓国第5位の財閥を相手になぜソウル中央地検はこれほど大掛かりな捜査を進めたのか。さらに、その後、韓国の朴槿恵大統領の親友とされる崔順実(チェスンシル)ゲートと呼ばれる、現職大統領と韓国財閥を巻き込んだ韓国憲政史上最大の政治経済スキャンダルが浮上。崔順実氏の関連する財団に資金を提供していたとして韓国ロッテや重光昭夫会長の名前が取りざたされている。

今後日本ロッテホールディンスも含めて、ロッテグループはどうなっていくのだろうか。韓国に飛び、日本ロッテホールディングス元副会長で創業者の長男、重光宏之氏に話を聞いた。(前編/全2回)

■ロッテグループのガバナンスが機能していない

――ロッテグループは、宏之氏を排除したお家騒動に始まって、韓国検察による韓国ロッテへの捜査とその後の起訴、さらには崔順実ゲートと取り巻く状況は予断を許しません。この状況をどのように見ていますか。

そのご質問にお答えする前に、韓国検察によって私自身にかけられた嫌疑について、まずはきちんとご説明しなければならないと思います。

もともと私は、創業者である父、重光武雄からロッテグループのガバナンスの頂点にある日本のロッテホールディングスを任され、韓国ロッテに関しては弟の昭夫が任されていました。その意味で、今回の韓国ロッテのスキャンダルは決して他人事ではなく忸怩たる思いです。

今回の韓国検察による捜査は、韓国ロッテの裏金疑惑が発端だったわけですが、捜査の途上で韓国ロッテのナンバー2とされる李仁源副会長の自殺や組織的な証拠隠滅などで、韓国ロッテや昭夫の裏金疑惑に切り込むことができなくなった韓国検察が、その実績のために創業家一族全員を無理やり立件したということが報道されています。そうした中で、私自身が、韓国ロッテのグループ企業の役員を兼務していて役員報酬を受け取っていたことが、なぜか韓国における横領にあたるとして在宅起訴されてしまいました。

これらの役員兼務や報酬に関しては、韓国ロッテグループから正式に選任された上で、韓国ロッテが決めた報酬が適切な方法で支払われていたにもかかわらず、このように起訴されたことは非常に不思議です。役員としての働きをしていなかったとされますが、決してそうではなく、ロッテグループの全体最適の観点で、オーナー経営者として、日本からの資金調達に協力したり、日本からの技術提供や商標使用ライセンス供与なども行ってきました。そうしたことからも、私は、無実を勝ち取ることができると確信しています。

韓国検察にも誠意を持って説明を尽くして来ましたが、在宅とはいえ起訴されたことは非常に残念です。また、私自身に嫌疑を受けたことで、世間の皆さまはもちろん、これまで私を支持して応援してくれていた多くの方々にご心配をおかけして大変申し訳なく感じています。しかし、繰り返しになりますが、私自身は、何ら違法行為に関与しておらず、必ず潔白を証明できると思います。

ご質問に戻りますが、一連の問題の根底にある共通した原因は明白です。ロッテグループのガバナンス機能が著しく落ちているということに尽きます。

日韓ロッテグループで総括会長として率いてきた創業者の重光武雄会長は、戦後の混乱期に多くの会社で大勢の従業員が会社の都合でクビになる様を目の当たりにした経験から、自分が創業したロッテでは社員を大切にしてきました。その半面、役員・社員の不正行為には非常に厳しかった。

ところが、韓国では2010年ごろから弟の昭夫が統括するようになり、売り上げ至上主義や短期利益志向が高まり、社風が大きく変わってしまった。また、日本ロッテに関しても、昭夫と結託した佃(孝之)社長や小林(正元)副社長らといった人物が中心になり、私を経営から排除し、武雄会長からも代表権を取り上げてしまった。

社員は経営者の背中を見て仕事をします。経営者が不正やごまかしに対して曖昧な態度をとったり、経営者自らが不正に手を染めるようなことがあれば、会社全体が必ず良くない方向に進んでしまう。これだけ騒ぎを起こしても何の自浄作用も働かない経営陣や取締役会を見ているとロッテグループの将来が危ぶまれてなりません。

ロッテグループでまじめに社業に尽くしている従業員たちのためにもこれは絶対に改めなければならないと思います。

■検察は何が何でも起訴したかった

――今回、そもそもソウル中央地方検察庁が韓国ロッテを捜査するきっかけは何なんですか。

私の聞いている話では、昨年ごろから捜査していたようです。捜査のきっかけは、韓国ロッテとは別の会社に捜査に入ったときに、その会社を使って韓国ロッテが裏金を作っているのではないかという資料が出てきたそうです。それに関連して、ロッテケミカルという石油会社の原料の仕入れに関して、帳簿上の仕入れと実際に購入した金額との差が大きいということだったようです。

――日本のロッテ物産が関与したといわれていましたが。

確かに、一時日本のロッテ物産という貿易会社がからんでいるのではないかといわれました。IMF危機の1998年ぐらいからですか、ロッテケミカルが日本の商社から石油を買っていたのですが、カントリーリスクが高まったので直接韓国に売りたくないという話があり、ロッテ物産を経由するようにした経緯があります。当初は双方に経済的なメリットがありました。韓国で借りるドルの金利よりも、日本の方が安かったのでその差でロッテ物産の利益が出ていた。日本のロッテ物産としては貿易ができて、なおかつ利幅を稼ぐことができたので、メリットがあったのですが、韓国が正常化することでそうしたうまみがなくなってきた。当初は2000億円ぐらいの取引だったのですが、2013年ごろからなくなったのです。一時日本に利益を流しているのではないかといわれたのですが、韓国の方が税金が安いので、基本的にはありえません。誤解なんですね。しかしそうしたこともあって検察も捜査したのでしょう。

――捜査が本格的に動き出したのは。

6月10日のことですが、韓国ロッテの政策本部と呼ばれる経営企画機能を持つ中枢部門、さらに昭夫の自宅などに前代未聞の規模の捜査員が投入され、捜査が始まりました。ところが、これは韓国メディアで報じられていることですが、組織的な証拠隠滅などがあり、実際にはなかなか証拠が出なかった。その上、先ほど申し上げたとおり、韓国ロッテのナンバー2、李仁源副会長の痛ましい自殺などがあり、捜査が難航した。それで捜査の方向は変わって、弟の疑惑だけでなく、父は贈与税の問題で追及される形になったようです。私に関しては韓国ロッテグループから受け取った役員報酬が横領にあたるとされるものです。

――ソウル中央地検は当初どういう捜査を行っていたのでしょうか。

特捜4部と5部があたっていました。5部は軍事産業、防衛産業がらみの捜査をするところらしいのです。実はロッテワールドタワー(第2ロッテワールドタワー)を建てるときに、近くにあった基地の滑走路が邪魔になった。そのとき滑走路の向きを変えてロッテ第2タワーが建てられたとされており、そのとき韓国ロッテ側から政治に対して何らかの要請があったのではないかという疑いがあって、そうした捜査が行われたのだと思います。ただ、いまではこの問題はもう捜査をやっていないと思います。

――韓国ロッテの経営陣を対象とした捜査から重光一族に捜査の目が向けられるようになったのはどういったきっかけだと思いますか。

李仁源という韓国ロッテの副会長が自殺したのが何より大きなきっかけだったと思います。グループ会社の社長が裏金を作ったり、ありもしない減価償却費を主張して支払い済みの税金の還付を受けるため国に裁判を起こして取り戻したりと、いままでのロッテでは考えられないいろいろな問題が判明しました。そのグループ会社と昭夫をつなぐ糸が李仁源の自殺によって切れてしまったのです。それで方針が切り替わったのだと思います。

――それ以外に金庫番といわれた人が自殺したのはどのような影響があったのか。

ほかの人間は副会長の指示でやりましたと言い、弟は副会長から何も聞いていないという形になって副会長がすべてを背負い込む形になりました。検察は当初、弟を逮捕しようとしていたのだと思いますが、それができなくなってしまったのです。検察としては過去最大規模の捜査員を投入して韓国第5位の財閥の捜査をしたわけですから、何もないでは済まされない。このままだと検察の責任問題になる。創業家全員が悪いことをしたという方向に捜査を切り替えたんだと思います。

昭夫が韓国での活動の拠点としている政策本部から、グループ会社からの私や父への役員報酬の一覧表を出してきたのです。また、父は私の姉と妹らに株を贈与したときに、株の譲渡に関する詳細な報告を検察庁に提出したと聞いています。それで私が役員報酬を横領したとか、父は贈与税を払っていないなどという疑いをかけられたわけです。しかし、先ほど申し上げたとおり、韓国ロッテに対する融資を承認するとか、第2ロッテワールドタワーを建てるときに日本で500億円調達して貸し付けるなど、韓国のグループ企業に対しての仕事もきちんとしていたと主張しています。ただ、検察は「取締役というのは会社と個人との契約なんだ。取締役をしている会社に対してなんの事務的作業をしたのですか」というわけです。私はロッテグループの当時はナンバー2でしたから、それぞれの会社で事務的な仕事をするということではなく、グループ全体の仕事をすることで貢献していているということをお話しました。しかし検察は何が何でも起訴したかったようで、あとは無罪になるかは裁判所で決めることだということのようです。

■現役員らの暴走を止め、経営を正常化させる

――なぜこんなことに。

昭夫は自分ひとりがターゲットになると、風当たりが強くなると思い、私や父など家族を巻き込んだんだと考えています。贈与についても、まるで父が無理やり指示してやっているように言われていますが、あれはでっちあげだったのではないでしょうか。父は事業に対して並々ならぬ労力を注ぐ一方、税務などに関しては専門知識があるわけではないので、そうした分野には、税務に精通した専門家を役員として迎え入れるなど、適切な税務処理をするよう最大限注意を払ってきました。そうした父が脱税を指示するなどということがあるわけないと思いますし、これまで聞いたこともありません。

――昭夫さんは起訴されたあとにお父さんと宏之さんが日本に行って何かアクションを起こされることを警戒したのではないでしょうか。

それもあったかもしれません。弟だけが起訴され、私が日本にいって弟が起訴されたと従業員に話をして説得されるのを嫌ったのかもしれません。自分だけが悪いわけではない。総括会長も悪いんだということを示すために無理なストーリーを検察に出してきたんだと思います。そして、前代未聞の規模の捜査を行ったにもかかわらず思うような成果を出せていない検察がある意味それに乗っかってしまった。

――日本のロッテグループは今回のソウル中央地検の捜査に対してどのような対応をとっているのでしょうか。

韓国ロッテは、日本に関する資料について株主の同意が得られず提供できないと韓国検察に言い訳をしたとされています。ところが、ロッテグループ各社の株主は最終的には日本ロッテホールディングスです。したがって、日本ロッテの役員が資料提供を拒んだという見方がされています。また、ご承知のとおり、一連の捜査を受けて、昭夫が起訴されたあと、日本のロッテホールディングスの取締役会は昭夫の続投を承認したと発表しました。形ばかりの社外取締役がいてもガバナンスが発揮されていないことは明らかです。

――宏之さんは、検察捜査とは別に、不正会計疑惑で重光昭夫氏や韓国ロッテを刑事告発しています。どのような事実が見つかったのですか。

私どもは裁判を起こして韓国ロッテショッピングの決算書の提供を求めたのですが、それをなかなか出してくれなかったのですが、それが今年の1、2月ごろに出てきて、1万6000ページぐらいありましたか。それ以外にも別の会社で6000ページにも及ぶ資料が提供されました。それを分析しました。

中国で投資している先が資産を食いつぶして資本金がマイナスになっているのにもかかわらず、減損処理をしていなかった。金額にすると、数千億ウォンです。私が会計帳簿の請求をしたあとで、昨年韓国ロッテショッピングは大幅な損金を計上して、上場以来初めて、赤字を計上しました。環境が中国で悪化したためだと説明しているようですが、私が帳簿を閲覧したので隠し通せなくなったためだと思っています。しかし赤字を隠す粉飾決算をしていたことは間違いありません。2社とも資本金を食いつぶしているにもかかわらず、減損処理をその年度でやっていなかった。これは株主としてソウル中央地検にも9月30日に告発しています。

不正を放置することは、ロッテグループのためには決してならない。ましてや、まじめに働く社員たちの知らないところで、会社が蝕まれていくことは止めなければならないと思います。現役員らの暴走を止め、ロッテの経営を正常化させるために今後もできることはすべやっていくつもりです。(次回に続く)

(ジャーナリスト 松崎隆司=文)