イトウです。大変長らくご無沙汰しておりました「ワンコイン・ブルース」、突然の掲載に至った理由は、1枚のハガキでありました。

 立ちそばは「早い、うまい、安い」の代名詞。長きに渡って、働く人の胃袋を支えてきた。ファストフードのバリエーションも多い昨今は、「よりうまい」そばを追究することで、ビジネスパーソンの定番お昼としての地位を保ち続けている。だから美味しいおそばをいかに安く提供するかが、このビジネスの鍵なのだろうと思っていたら!

 この考えを覆す出来事があったのです。まずは、お読み下さい。

 編集Y氏とイトウに届いた、(株)三ツ和・小諸そば事業部からのハガキ。
 新店舗のプレオープンの案内状で、「小諸そばが新しくなります!」とある。

 東京・神田の鎌倉橋にあるお店をリニューアル、食材や食器や内装、外装、制服、おそばの提供に至るまでの全てを一から見直し、モダンなスタイルで展開する店舗を、8月中旬にオープンさせるのだという。

「高級とは値段ではなくお客様」

 小諸そばといえば、「美味しい打ちたてのそばをお客様の前で茹で、適正価格で召し上がって頂きたい」という創業者の考えをかたくなに守り通し続けてきた組織。例えば内装にも(安っぽくみられるような)節目のある木は使わないなど、店造りにもいい素材を使うことにこだわってきた。そのため、出店コストを下げられないのが現場の人間には大変な苦労なのだと、平井敏美専務からかつて伺った。(インタビュー「高級の定義は価格ではない、お客様である」)

 その、小諸そばが一切を見直してリブランディングするというのです。

:差出人は、超人気そば店「みよた」を企画した、横尾龍彦本部長ですね。今回の企画も横尾さんが係わっていらっしゃるのでは(インタビュー「女性客5割超の“立ちそば”、『みよた』ができるまで」)。

Y:行きましょう。横尾さんにもお話を伺いましょうか。

 ということで 「いざ、鎌倉(橋)!」 リブランディングの第1号店、「小諸そば 鎌倉橋店」のプレオープン初日に伺いました。

 「小諸そば 鎌倉橋店」はJR神田駅からも地下鉄大手町駅からも近い、ビジネス街のど真ん中にある。道行く人は男性ビジネスパーソンが中心。立ちそば店にとって最も重要なターゲット層が集中している場所なのだ。

 どきどきしつつ、向かうと現れました。新しいお店が!

リニューアルした「小諸そば 鎌倉橋店」の外装。落ち着いた色合いになり、お洒落感が増しました。思わず足を止める人も多い。
リニューアルした「小諸そば 鎌倉橋店」の外装。落ち着いた色合いになり、お洒落感が増しました。思わず足を止める人も多い。

 お昼時で人通りも多い「小諸そば 鎌倉橋店」の前に立つ。店に目をやった人が、呟く。

 「……高級感、あるねえ」

 プレオープンは招待客のみ。店員さんは招待客の出迎えに加えて、入店しようとする一般客にお詫びをするのにも忙しい。見たところでのお客さんの受けは上々、小諸そばサイドも手応えを感じているのでは。

 ところでY氏はどうしたのだ!? 現地集合後、共に入店することになっているのですが…。相変わらずだなあ。

 目立たないところでY氏を待つことにする。そっとウインドーを見ると

 「つゆへのこだわり」

 の文字が目に入った。文面には、「厳選した本枯節の厚削りを使用、香りと風味をいっぱいにひき出している」とある。

 小諸そばが目指しているのは、老舗が作るような辛いつゆ。ただしょっぱくなったのでは意味が無い。実現に必要なのは、旨味をとことんひき出した出汁で、それを作るのに欠かせない食材が「本枯節の厚削り」。

 ですが本枯厚削りは扱いが難しく、旨味を引き出すのに時間がかかり、しかも、お高い(涙)。よって、立ちそばではなかなか手の出せない素材なのですが、その「本枯節の厚削り」の出汁を、14日以上熟成させたかえしと合わせて旨いつゆづくりに挑み続けているのが、小諸そばなのであります。

え、真っ白なおそばじゃないの?

 ショーウインドー横の看板暖簾にも目をやる。そこにはおそばの写真に合わせて

 「お蕎麦へのこだわり」

 が書かれている。

 小諸そばといえば、お高い御膳粉(更級粉:そばの実の中心のでんぷん質の部分)を使って打つ高級な白いそばの「さらしなそば」を立ちそば価格で提供、業界に革命を起こし、発展してきた。だから御膳粉を使ったそばへのこだわりが書かれているのだろうと、期待しつつ、続く文面を見る。え、なにこれ!

 「ぬき実(玄そばから殻の部分を取り除いたもの)を丸ごと挽いた「挽きぐるみ」を使用。蕎麦独自の味、食感、風味をお楽しみいただけます」

 えええっ挽きぐるみ!? 御膳粉のさらしなそばじゃ、ないの!?

 のけぞりそうなほどに驚いていたそのとき、Y氏が現れました。

 それもそうですね。と入店すると横尾さんが登場。

 テーブル席もあるけれど、調理の様子がよく見えるカウンター席に腰を下ろした。

厨房を囲むようにして配置された客席からは調理をする様子がよく見えます。奥には落ち着いて食べられるテーブル席も。スタッフの制服は法被。和食割烹の雰囲気です。
厨房を囲むようにして配置された客席からは調理をする様子がよく見えます。奥には落ち着いて食べられるテーブル席も。スタッフの制服は法被。和食割烹の雰囲気です。

 外観だけでなく店内も、落ち着きとシンプルさと温かみが調和、厨房にいるスタッフの姿の清々しく、ピンと伸びた背筋や食材を扱う手元にも、高級店さながらの緊張感が漂う。

 料理の受け取り方も、今までの小諸そばとは違う。花番さん(ホールを仕切るスタッフ)がテーブル席に料理を運び、カウンター席の客は厨房スタッフから直接料理を受け取っている。つまり、普通の飲食店となんら変わらないサービスのお店なのでした。

 さて、おそばを注文しよう。券売機が置かれているが、プレオープンのこの日は花番さんがオーダーを取りに来てくれる。卓上に置かれたメニューから、Y氏は「満腹 上天丼セット」720円を、イトウは(大好物の)「冷やし月夜のばかしそば 大盛」490円を注文する。

値上げ幅は40円前後か

 メニューを見つめるY氏。

Y:そういえばこの前、“いつもの”小諸そばに行きまして、かき揚げそばの大盛りを食いました。390円。

 リブランディング店の「かき揚げそば大盛り」の値段は440円。つまり50円の値上げになる。「月夜のばかしそば 大盛り」の通常店での価格は450円(40円増し)で、上天丼セットは690円(30円増し)。ちなみに、「もりそば」は通常の店舗では260円で、リブランディング店舗だと290円(30円増し)での販売となる。

 つまりリブランディング店舗での販売価格は、大体40円前後くらい高く設定されている…ということかな?

 少々値上げをしていても、お値段的は十分に立ちそば価格。
 とはいえ、それだけならお安くいただける通常店舗を選ぶ人は多いはず。

 それゆえ、リブランディング店舗では食材もおそばも変えることにしたのだろう。そのおそばは、小諸そばを小諸そば足らしめている、あの、さらしなそばではなく挽きぐるみのお粉に変えたというのです。さらしなのおそばこそが小諸そばの最大の特徴のひとつではなかったのでしょうか……(ねえ、ホントにこれで良かったの!?)。

 余計な心配をしていたそのとき、カウンターにおそばが置かれた。思わず声を上げる。

:うわっ、美味しそう!

 そばが、茹でたて特有のさざ波のような煌めきに包まれている。

 そばに目を凝らす。挽きぐるみらしい透明感とうっすら青味を帯びたメンには僅かに細かな外殻が紛れていて、神々しい。盛りつけられたそばの幾重にもアーチを作っている様も凛々しく、茹で加減から盛りつけに至るまで、技術を駆使しているのが分かる。

 おそばの40円の値上がり、さらしなそばから挽きぐるみへの変更への疑問、これら全てが吹き飛びました。ああ、早くこのおそばが食べたい。

 しばし待つ。カウンター越しにおそばの載ったトレイが手渡された。Y氏ご注文のお品、「満腹 上天丼セット」720円が、こちら。

 イトウの注文のお品、「冷やし 月夜のばかしそば 大盛り」490円も出来上がった。

 単純と言われようが、盛りつけのエレガントさ、いえ、単に器が違うだけでも味は違ってくる。

見た目も味も、これなら文句ないでしょう

 Y氏ご注文の丼ものにそれが顕著で、円錐状のような口の広い丼はご飯をよそうとフワッと盛れるだけでなく、内側に熱をこもらせずお米の粒が蒸れすぎない。よって米の美味しさと、上に載せられた天ぷらのサクサク感と滲み込んだつゆの旨さが存分に堪能できる。揚げ油の質も良くて衣が軽やか。海老の火の入り具合もよろしく、海老の旨味の強さが引き出されている。…以上、Y氏の「満腹 上天丼セット」を試食させてもらった感想です。

 当方注文の「月夜のばかしそば」は、元々完成度の高いメニュー。この度の挽きぐるみの風味のあるおそばとの取り合わせはまた格別で、汁とっくりから好みの加減に汁を注げば、キリッとしたお味がそばに良く絡み、卓上にあるねぎやカリカリ小梅に手を伸ばすのを忘れるほどに食べるのに没頭、たちまちのうちに丼が空になっていたのでありました。

 食べ終わる頃合いで、カウンターから湯桶が置かれる。

Y氏:あー…。

:ホントに。美味しかったー。

 お味もさりながら、インテリアや器、きびきび働く厨房のスタッフの様子なども、我々を多いに満足させたのでした。

 その厨房ではかき揚げの注文をセットしている。薄衣のサックリと上がったかき揚げが皿の上に置かれた。

 小諸そばは主要店舗にはそばを茹でるのが上手く、美味しいかき揚げを作る人材を厨房に置く。それも、ゆっくり作っているようではダメで、スピード感を持って料理を提供、客を待たせず店の回転率を上げられることも求められる。

 殊に力の入る、鎌倉橋店の厨房に立つのは、小諸そば生え抜きの百戦錬磨の精鋭であろう。彼等の作るかき揚げは間違いなく美味しいはずだ。

Y氏:この店の雰囲気はちょっと「みまき」に似てますね。「みよた」というよりは「みまき」。

:あ、実は私もそう思いました!

 「みよた」は「そばに馴染みのない方に利用してもらえるように」と(和風)カフェっぽさや明るさを意識してつくられたお店。この狙いはピタリと当たり、オープンから2年以上経つ今も、外に行列のできる店となり、しかも客の5、6割が女性という、前代未聞のそば店となっている。

イトウ、「小諸そばの壮大な実験」と読む

 「みまき」は先述の「みよた」の成功のおよそ1年半後、小諸そばが赤坂に出したお店。「みよた」同様、券売機はなくして、注文を取りに来て会計は店を出る時に済ませる、いわゆる普通のおそば屋さんのスタイルなのだが高級感があるのにお値段は控えめ、そして料理が美味しいので、これまた行列が絶えない。

 「みよた」と比べると「みまき」は、より、おそばを好きな人が楽しめるよう、おそば粉の季節や仕入れにこだわり、落ち着きを重視した店舗になっている。「みよた」に比べると男性客が目立ちます。

 「みよた」、「みまき」、そして今回の「(リニューアル版)小諸そば」……。つまり、これらは小諸そばの壮大な実験の場だったのではないだろうか。

(イトウさんの読みは当たるのか? 明日掲載予定の次回に続く!)

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