松浦です。本日朝、「この世界の片隅に」を観てきました。
やられました。個人的評価ですが、「七人の侍」に匹敵する傑作です。
シン・ゴジラ」の時は「みんな語りたがっているし、自分が語る必要はないだろう」と思って断ってしまいましたが、今回なにか企画はありますか。機会があるなら万難を排して書きます。

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 11月16日の夕方、「宇宙開発の新潮流」の筆者、松浦晋也さんから私にこんなメールが届きました。取材に執筆にご親族の介護と八面六臂の松浦さんが「機会があるなら万難を排して」というなら、相当面白いに違いない(彼のブログでの映画紹介はこちらで読めます)。

 11月12日に公開されたアニメーション映画「この世界の片隅に」(片渕須直監督)。戦前に広島・呉市に嫁いできた女性の、終戦をまたいだ日常を描く、という内容は、いかにもお説教されそうな反戦映画っぽいし、「のん(本名:能年玲奈)」さんの声優起用も話題作りのような気がして気が向かなかったのですが、これはもしかしたらと早速映画館を検索したら、当日夜は「え、満席売り切れ?」。

 驚いて翌日朝一番の席を予約し、見に行って、己が先入観を蹴飛ばしたくなりました。すぐに『この世界の片隅に』(こうの史代)の単行本も全巻購入し、原作のすばらしさと、それをどれほど大事にしながら映像化したのかも知りました。

 上映館数が63館という小規模な公開でスタートしたのに、観客動員数が2週連続10位を記録とスタートダッシュに成功、3週目に6位にランクアップしたことも話題になっています。上映館も続々と増加中。

 しかし、原作にたくさんのファンがいるとはいえ、一般的な知名度は決して高くなく、内容も「これは当たる」とは考えにくい。それをこんなに丁寧に(=お金と時間を掛けて)制作し、回収できると踏んだのはなぜなのか。この映画のプロデューサーであるアニメ企画・プロデュース会社GENCO(ジェンコ)の真木太郎社長にお話を伺ってきました。

【後記:松浦さんによる片渕監督へのインタビュー、前後編の大ボリュームで公開されました! 前編はこちらから、是非!】

映画「この世界の片隅に」プロデューサー、GENCO真木太郎社長
映画「この世界の片隅に」プロデューサー、GENCO真木太郎社長

Y:よろしくお願い致します。

真木太郎社長(以下真木):どうぞよろしく。しかし、映画の話なら、片渕監督じゃなくてよかったんですか。

Y:そちらは、既に良質なインタビューが出そろっていますし、よろしければ別途お願いしたいと思います。今回は商売、そろばん勘定のお話を聞かせていただければと。

真木:あ、やっぱり日経さんだから、まずお金の話なんですね(笑)。

Y:そういうことです(笑)。まず真木さんはどの時点でこの映画にかかわられたんでしょうか。

真木:僕は途中から呼ばれたんです。経緯を簡単に説明しますと、2010年、片渕監督が前作「マイマイ新子と千年の魔法」(2009年11月公開)を終えて、次に「これをアニメ化したい」と取り上げたのが、こうの史代さんのマンガ『この世界の片隅に』でした。

「この世界の片隅に」映画公開まで
・2010年8月 片渕監督、MAPPA丸山社長(当時)に「この世界の片隅に」の映画化を相談
・2011年6月 MAPPAに制作準備室設置、シナリオ作業開始
・2012年8月17日 ツイッターで制作発表
・2012年9月 キネカ大森(テアトル東京系列)に「『この世界の片隅に』製作準備進行中」のポスター貼られる
・2013年1月 GENCO(ジェンコ)真木社長、企画に参加
・2015年3~5月 クラウドファンディングでパイロット版資金調達に成功
・2015年6月3日 製作委員会結成、映画製作が本決まりに
・2015年7月4日 約5分のパイロットフィルム完成、試写
・2016年6月 アフレコ開始
・2016年7月 「のん(本名:能年玲奈)」が「すず」の声優に決定
・2016年9月 本編の試写開始
・2016年11月12日 映画公開

 片渕監督は自腹で夜行バスで広島に何十回も行って、映像にするための取材を重ね、街を歩き、当時を知る人へのインタビューを行いました。こうのさんの絵があるとはいえ、映画とは画角も違いますし、膨大な資料と取材がないと、片渕監督が望むような映像化はできない。広島行きを重ねながら、コンテ作業…実際のアニメの絵を描く前段階ですね、もちろん、シナリオも作っていました。

資金調達が捗らなかった理由

Y:集めた資料の膨大さと緻密さが、ネットで話題になっていましたね(片渕監督自身の制作日記はこちら。参考記事リンクは記事末尾に掲載します)。

真木:ええ。で、なんとか映画制作を離陸させるべく、片渕監督と組んで一緒にやっていた制作スタジオ、MAPPAの丸山正雄さんが、いろいろな方に「一緒にやらないか」と声を掛けていたのですが、なかなか組むところがない。その後私が参加したのが2013年の1月でした。でも、そこから順調だったわけでもなくて、やっぱりお金が集まらないんです。

Y:それはなぜでしょうか。

真木:日本の映像物は、テレビ、映画、アニメ、実写を問わず、たいていは製作委員会という、民法上の任意組合によって資金が調達されているのはご存じですよね。参加する企業各社は、出資者、投資家であると同時に、メディアビジネスのプレーヤーでもある。例えば、ビデオメーカーが投資して、完成した映画のビデオの窓口(販売やレンタルの権利)を取る。テレビ局が投資するなら、自局で広告宣伝をして、放映もできる。

Y:言い換えると、映画単体でのリクープ(投資の回収)ではなく、関連した商品を自社で扱う権利による利益も含めて、ビジネスとしての採算を考えるわけですね。

真木:その通りです。そして、製作委員会方式には功罪どちらもありますが、「窓口のビジネスが優先される」のが特徴というところは現在では、誰もが認めざるを得ないと思います。

真木:窓口を取ったら、どれくらい売れるか、売れるものが作れるかが最優先になる。コミックが売れるか、パッケージ(DVD、ブルーレイなど)が売れるか。これは関係者全員が分かっている話なので、悪口ではないと思います。しかし、投資である以上「どう回収するか」が説明できないといけません。「この映画の金融商品としての魅力は何か」が問われるわけです。

Y:なるほど。どうやって判断するんですか。

真木:アニメでも実写でもそうですけれど、例えば「原作、脚本を読んだら分かる」「監督を見れば分かる」、実写なら「キャスティングで分かる」と言われます。しかし、結局これは「当たった作品は、誰々の原作、そして監督、こういうキャスティングだった」という、トラックレコードが必要なんです。過去の実績が常識というか、投資するかしないかの「物差し」になっていて、そのガイドラインから外れたものはジャッジできないわけですよ。

Y:その点「この世界の…」は。

真木:原作にも監督にも確固たるトラックレコードがない。つまり物差しから外れています。

いい作品になるのは間違いない。当たるかどうかは分からない

 例えば、片渕監督の映画を知っている人、こうのさんの原作を読んで好きな人。これはいるわけです。この人達に聞けば「ああ、それはいい、すばらしい映画になりますよ」と言うでしょう。「じゃ、当たりますか」と聞かれたら、「分からない」が答えです。

 金融商品としては「やってみないとわからない」。運用益が出るかどうかの、つまり、ジャッジする素材、材料が乏しかったわけです。「この世界の…」は。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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 アニメが得意なジャンルは、ファンタジー、奇跡、異世界とのコミュニケーション、メカニック、友情・努力・勝利で最後は何かをつかみ取る。そういうのがこれまでの物差しであり、常識だった。そうでないものは苦戦する。極めて厳しい戦いになる。この業界の人間なら、最初から分かっていることです。丸山さんも片渕監督も、もちろん僕も分かっていた。

Y:なるほど。題材は戦時下の日常のドキュメンタリーで、しかも、何かをつかみ取るという映画ではないですね。じゃ、真木さんは「この世界の…」の製作委員会の主幹事を、ジェンコが引き受けよう、という決定をした段階で、どう考えていたんでしょう。

真木:資金をいくら出すのか、最低どのくらいの資金が集まったら実際に委員会を立ち上げるのか、うまく行かなかった場合は主幹事としてどう責任を取るのか。「ここくらいまでは我慢する。これ以上は出せない」という数字を想定して、「足りない資金を集めていきましょう」と、そんな感じですね。つまり幹事会社の役割って、そういうものだと思います。

 意外に製作委員会ではこういうのは少ないんですよ。投資予定額が全額集まったら、初めて(実際にアニメを作る)制作会社にお金を出すやり方が多いんです。この映画の場合は「いつ必要なお金が全部集まるのかはまるで分からない」状態でした。だって、投資するのは企業ですから、各社とも稟議がありますからね。稟議をあげるには、映画の目論見書が必要です。ジェンコは主幹事として、プロデューサーとして、出資者を探し、説得する、という立ち位置です。でも、すぐに出資が集まる目論見書なんて、そんな簡単にはできない。

Y:ジェンコとして、そこにどんな勝ち目があると見ていたんですか。

真木:難しい企画なのは間違いない。じゃ、やめるか。アニメだろうが映画だろうが、自動車だろうがエレクトロニクスだろうが何だろうが、そこでやめる人もやめない人も、どの業界にも産業にもいるでしょう。

Y:でも、それはある程度でも成算があってこそでしょう。

「目論見書」としてのパイロットフィルム

真木:言い換えると、既存の業界のガイドライン、物差しを打ち破るにはどうすればいいかということですよね。金融商品なら、「あなたのお金をどう運用するか」を語る目論見書は、フルカラーで、上質紙で、その気にさせる体裁がなくてはいけませんよね。きちっとしていないと、いかに論理的に正しくても、パチものに見える。僕らも同じです。「この世界の…」の“目論見書”は、体裁、中身がものすごくきちっとできていないと、集まる人も集まらない。お金も集まらない。そこで「パイロットフィルムを作ることが必要だ」と判断したんです。

Y:パイロットフィルム。

真木:それを見れば「これはすごい、人が入る映画になるだろう」と分かるものが必要だ、それは現物に勝るものはない、と。ただし、それを作るにもお金がかかるわけです。資金調達に必要なパイロットフィルムも、資金調達がないと作れない。

Y:おやおや。

真木:もうひとつの大きな要素が、クラウドファンディングです。クラウドファンディングについては、1年半くらい前に、身近でやっていた人に話を聞いたり研究会に出たりして勉強していたんです。で、これは「資金調達と資金を出す応援団との両面があるんだな」と理解しました。

真木:では、アニメーション映画を製作するに当たっては、どっちが大事なんだろうか。「応援団の方が大事だな。彼らが作ってくれるクチコミが大事だな」が結論でした。アニメ映画は数億円の費用がかかり、制作が始まってから映画ができるまでざっと2年以上かかりますから、集められる資金としてもかかる時間としても、大きすぎ、長すぎます。理想的には、公開するタイミングが見えたくらいで応援してもらうのがいいのですが、まず我々には目の前にお金がないといけない。でもプロデュースすることは決めた。「じゃあ、思い切ってここで応援開始してみよう」と。

 それと、これは片渕監督が別のインタビュー(こちら)で説明していましたが、シネコンは事実上、公開初日と翌日の動員でその映画をどれくらい上映するかを決めます。スタートダッシュがどうしても必要なので、まずパイロット版を作り、「この続きが見たい」という人を予め増やしておくことが、「この世界の…」をヒットさせるために必要だ、という考えがありました。

Y:なるほど、スタートダッシュが見事に決まった背景に応援団結成があったわけですね。

自腹で100万円用意していました

Y:「makuake」でのクラウドファンディングは2015年の3月~5月、3カ月弱でしたが、目標額の2000万円は最初の8日間であっさり集まった。

■このクラウドファンディングの主旨
劇場用アニメ映画『この世界の片隅に』の公開実現に向けて応援してくださる「制作支援メンバー」を募集しています。この映画は、準備作業に4年を費やし、シナリオ・絵コンテが完成したところまで辿り着きました。集まった資金は、作品をこの先のステップに進めていくためのスタッフの確保や、パイロットフィルムの制作に使わせてください。片渕須直監督が、こうの史代の愛した主人公すずさんに命を吹き込みます。
すずさんの生きた世界を一緒にスクリーンで体験しましょう。

makuakeのプロジェクトページより引用)

真木:そうです。こちらは、一般の方が投資するための「目論見書」ですから、ものすごく丁寧にやったつもりです。自分たちがこの映画の中身を信じていること、すばらしいものができると信じていることをなんとか伝えようと。目標は2160万円(税込)でしたが、結果は3912万1920円(同)。サポーターの方は当時の国内のクラウドファンディング市場の最高記録である3374人、金額は、国内のクラウドファンディング市場の映画ジャンルとしては現在に至るまでの最高額が集まりました。イベントで話しましたけれど、僕、集まりが悪かったら個人的に100万円突っ込もうと用意していたんですが、開始早々に数百万円を越えまして「あ、これなら大丈夫」と(こちら)。

 もちろん、この金額でも映画本編には足りません。でも、パイロット映像は作れます。それが資金調達につながれば、クラウドファンディングに出資してくれた皆さんに応えることができる。正確に言えば、投資ではないので「価値を買う」ことになり、金銭面でのリターンはありません。価値は何かといえば、この映画に支援するという満足感しかないんです。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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 ですので、頂いた側が言うと大変いやらしいのですけど「俺はあの映画を応援した」と言える証明として、クレジットにお名前を入れますよ(注:税込み1万800円以上の支援者)、支援者に対しては60回以上のメールマガジンを出して「いま映画制作はこんな状況です」と報告し、共有している。これも言葉は悪いけれど“共犯”意識を持ってもらいたくて。

パイロットフィルムを待たずに資金調達できた

Y:そして、2015年の7月に5分間のパイロットフィルムが完成するわけですが、製作委員会はその前、6月に結成されていますよね。これは?

真木:クラウドファンディングの反響を見て、朝日新聞社が、出資に手を上げてくれました。その段階で出資に関してはあんまり心配しなくていいかなと思いました。ですので、製作正式決定という記者会見を広島で行いました。

Y:では、パイロットフィルムを製作するための手段のクラウドファンディングで、ある意味、資金調達ができてしまったんですね。しかし、3374人は大変な数ですが、映画のヒットを予感させるには少ないような印象もあります。出資側は、人数よりも金額を評価したのでしょうか。あるいは、この人数でも出資を促すには十分だったのでしょうか。

真木:人数が多いか少ないかは難しい判断です。しかし、ひとりひとりの熱量は凄かった。大応援団をバックにつけたという印象はありました。

Y:クラウドファンディングの成功はどこに理由があると思われますか。

真木:プロデューサーとしての感覚なんだけど、3374人が約4000万円ものお金を出してくださったというのは、本当に不思議なんです。もちろん、支援者は作家や作品に恋をして、一生懸命応援してくださるわけですが、失礼な物言いを許して頂きたいんですけど、だけど、こうのさんファンだけでも、片渕監督のファンだけでも、これだけの人数、金額には届かないと思うんです。当時は、原作も各巻それぞれ数万部で、片渕監督も一般には無名ですから。どう考えても何でこんなに跳ねたのかわからない。

真木:だけど、最近思うのは、感覚的な答えなんですけれど、常識や物差しだとか、トラックレコードだとか、何らかの方程式や枠によって、ほとんどのエンタメ作品が製造されているじゃないですか。日本に限らず、世界中、安全パイであることが最優先で。金融商品ですからね。より確実なリターンを期待されればそうなる。そうでないものは、「冒険」だと捉えられてしまう。

 全てが安全パイだとは言いません。でも、投資家の目を意識すれば、冒険がだんだん少なくなっていく。つまり、作品から作家性が乏しくなっていく。それを観客は心の底で感じていたんじゃないかな。送り手が観客無視になっている。これはメーカーも、出版もそうですよね。

Y:はい…。

真木:ということなんじゃないのかと、映画が支持されたと思えた今そう感じます。映画のプロの目利きより、3374人のほうが正しかった。

 片渕監督が何年も掛けてほとんど独力、いや、監督補と二人三脚で作ってきた映画が、クラウドファンディングで公開への資金の足がかりを得て、映画ができて、だけど宣伝費も公開規模も小さい。それでも、公開されるや劇場が満員で立ち見になる。見てくれた観客がSNSで「ねえねえ、いい映画があるよ」と広げてくれて、公開2週目でさらにお客さんが増えている。1週目より2週目の興行収入が伸びるって、あまりない例です。数えるほどですよ。それを支えたのは、デジタル、アナログ含めてのクチコミですよ。テレビでは、NHKで大きく取りあげていただきました。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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 作家性の強い映画を作りたいクリエイターはいっぱいいる。でも、場がない。お金もかかるし、アニメ映画はひとりではできません。億単位の資金と数年の時間を、ビジネスサイドが支えないといけない産業です。その割にはクリエイティブ、作家性が大きいという実態があります。そこを削って「回収」を優先してきた。こういう、アニメの映画のヒットの常識がひとつも入っていない作品なのに支持されていることが、「こういう映画を作ってもいいんだね」という、業界内外へのメッセージになると、とてもいいと思います。

前作「マイマイ新子」から学んだこと

Y:クラウドファンディングの出資者の方に、なにか傾向は見えますか。

真木:当然ですが、原作のファン、片渕監督のファンが多いです。やっぱり男性が多かったし、これもトークショーで話したのですが、47都道府県全部に出資者がいました。東京が一番多く、次が神奈川県、その次が広島県です。映画館がない地域からも出資してくれた方がいました。

Y:ああ…。ところで、製作委員会ができてから完成までが1年3カ月ですね。ずいぶん短くないですか。

真木:それは、そこまでの3年をかけて、片渕監督が丹念な調査を経て、絵コンテなどを完成させていたからです。

Y:なるほど。

真木:丸山さんとの長い付き合いもあるんだけど、とにかく、制作できるかどうかわからない映画にそこまでやる監督に惚れた。もちろん、前の作品がすばらしかったこともあります。でも、すばらしいけれど赤字だった。(そうなると)みんなが(次の作品に対して)引くじゃないですか。「いい映画だけど当たらないよね」と。

Y:えっ、前の作品というと「マイマイ新子と千年の魔法」のことですよね。興行収入、そんなに振るわなかったのですか。

真木:もしかして「マイマイ」、見ていますか。

Y:公開されてすぐ、阿佐ヶ谷のミニシアター「ラピュタ阿佐ヶ谷」で。そういえばこれも、アニメ好きのライターさんに「絶対見ろ」と言われて行ったんでした。ぎゅうぎゅうの満員でしたが。

真木 興行収入は4000万~5000万円じゃないでしょうか。ラピュタ阿佐ヶ谷はすてきな劇場ですが、小さいですからね…。

Y:それでは、前作はビジネスとしては非常に厳しかったんですね。

真木 先ほどのクチコミは、どんな映画でも機能します。ただし爆発力は、メディアがバックアップしないと得にくいです。大手メディアがガンガン騒いで、スポット広告を打って、という事ですね。でもそれには莫大なコストがかかります。従来の「常識」を満たす映画しかやってもらえない。今回のヒットで分かるとおり、こういった(常識外れの)映画にもニーズはあるんですね。だけど、やってみないと最終的には分からない。

結局、勝算はあったのか?

Y:事前に判断はできない、と。うーん、これだけお聞きしても、実のところ真木さんに、この映画についてのビジネス上の成算、勝算があったのかどうか、まだ分からないんですが、実際のところどうだったんでしょう。

真木:勝算は…なかった!

Y:うわっ(笑)。

真木:というとヘンだけど、分からない。「やるだけのことをやれば、なにか道はあるだろう」という程度。

 オリンピックの選手でも、相撲でもよく言う台詞ですけど、自分を信じるだけ。「これだけ練習したんだから」と、あれと一緒じゃないですかね。ショービジネス、映像ビジネスには鉄板はないから。どうしたって「当たると分かっていた」といったらウソになりますよ。当たってから「俺は当たると思っていた」と言うのと同じ。

Y:揚げ足取りになりますけれど、これまでの片渕監督の作品のプロデュースに何か、「やっていないこと」があったんでしょうか。

真木:うーん、参加するときに、あんまりそういうことは意識はしていなかったけれど、これまで、どういうことをやっていたのかは分かりますよね。普通のことを一生懸命やってこられた。でも、それだけではお客さんに届かない、ということは分かった。

 お客さんが見て、僕らが見て、「これはダメだ」だったら仕方ない。でも、「こんないいものを作ったのに人が入らないのは、プロモーションにやっていないことがあるんだろう」と、むしろそう思った。「まだまだやりようはある。なにをやらなければいけないのかは分からないけれど」というのが、参加を決めたときの正直な気持ちだと思います。その「なにか」の一つとして、今回は、クラウドファンディングがあったということじゃないでしょうか。

 もちろん、前作から世の中が変化していることもあるし、片渕監督がものすごく進化していることもある。でも、今回うまくいっている理由はそれだけじゃない。そして、彼の魅力を論理的に言葉で伝えるのは、僕じゃなくてファンの方、あるいは評論家の仕事だと思います。

Y:それは分かります。言葉にするのが本当に難しい。

言葉にしにくいから、必死で伝えたくなるのかもしれない

真木:でしょう? 僕も、意図的にどこかを切り出して言葉にして打ち出すことが結局できませんでした。片渕の映画は「見てナンボ」の部分が大きい。そして、人によって泣くところが違う。パターンで泣かせるんじゃないんですよね。言葉にできない「匂い」があるというか。そして、見終わったときの気持ちが後々まで残って、何かの拍子に思い出してぐっとくる、ある意味重たい映画。人生に影響を受けてしまいそうな映画だと思います。

Y:見ないと分からないから言葉にしたくなるのかもしれません。

真木:そう、見た人はそのなにかを、一行でもいいからと、誰かに必死に伝えようとするんでしょうね。プロデューサーだから複雑な気持ちも一杯あるので、一観客として見たらこの映画はどうだったんだろう。それが分からないのがちょっと残念ですね。

 この映画で最初に完成したのは中島本町のシーンなんです。主人公のすずさんがお使いに行ってキャラメル買って、という。なぜここか、というと、この場所は原爆で失われた街で、現在は平和記念公園になっているところなんです。片渕監督はこの場所を知っているお爺さんお婆さんにさんざんインタビューして話を聞いたんですね。で、再現した街を映画で見てほしいから、いの一番にここを、と監督は考えたんですよ。実際には、完成を待たずにお亡くなりになった方もいましたが…そして、そこがパイロット版にもなったわけです。

Y:なるほど…。ところで、もし、片渕監督以外だったら、「この世界の…」をプロデュースしましたか。

真木:えっ、うーん…他の監督だったら、別の「売れそうな」原作にしたら、と言ったでしょうね。ジェンコは、この作品だけやっているわけじゃないから、常識に従った判断を下すことももちろんある。でも、全部そうするのかというと、これはそうしなかった一本。

Y:結局、主幹事を引き受けたのは、ビジネス、勝算云々というより、真木さんのロマン、ということでしょうか。

真木:まずは片渕さんのロマンでしょう。そういうところはある。ありますね。片渕を男にしたい。興行収入も二桁行きたい。そうすれば次の作品につなげることができる。プロデューサーにもロマンがあるけれど、監督のロマンを実現することが仕事です。

Y:そういえばお聞きするのを忘れるところでした。興収の目標はいかがですか。

真木:現状(公開10日目)だと5とか6(億円)とかですが、3週目がまた前週を上回るようになれば(編注:取材後、上回りました)二桁も見えてきます。上映館も63館から82館に増えてきたし、東京以外にも拡大します。ただ、クチコミは数字につながるまでにやはり時間がかかるんです。

Y:あっ、もうひとつ最後に。のん(本名:能年玲奈)さんの起用は真木さんの仕掛けた「勝算」のひとつだったんでしょうか?

真木:いえ、キャスティングは片渕監督のアイデアです。話題作りかどうかは、映画を見れば一目瞭然でしょう? 片渕監督の力を持ってしても、彼女の声がなければ、この映画はこうはいかなかった。それだけが事実です。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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