トヨタの豊田章男社長(左)とスズキの鈴木修会長(右)

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■トヨタとの提携に踏み切った鈴木会長の切実な思い

「何ができるかはこれから考えていきたい」――。トヨタ自動車スズキは10月12日、業務提携に向けた協議入りで合意した。

この日、都内のトヨタ東京本社で開かれた緊急記者会見で、トヨタの豊田章男社長が資本提携の可能性も含めて何度も発したこの言葉こそが具体像のない、つかみ所のない両社の合意だったことを物語った。半面、86歳と高齢なスズキのカリスマ経営者、鈴木修会長の胸の内に秘めた次代に「レガシー」を残したい意図が強くにじみ出た会見だったことは疑いのない事実だった。

実際、鈴木会長は会見で「良質廉価な車づくりという伝統的な自動車技術を磨くだけでは将来が危うい」と吐露し、年1000万台を競う「3強」がしのぎを削る世界の自動車市場で、350万台に過ぎない同社が頑なに自前主義を貫いていけない危機感と焦燥感は伝わった。さらに、章男社長の実父であるトヨタの豊田章一郎名誉会長に第一に相談した事実を発表文に明記した異例さも、トヨタとの提携に踏み切った鈴木会長の切実な思いを浮かび上がらせた。

確かに、環境や人工知能(AI)を活用した自動運転の技術は巨額な研究開発投資が求められ、3強といえども単独での追求は困難だ。その結果、世界の自動車各社が相次いでライバルの同業他社、あるいはAI技術に秀でたIT企業と緩やかな提携を加速している。スズキが経営の独立性を脅かされるとして最終的に絶縁したドイツのフォルクスワーゲン(VW)との資本提携も、本来は環境技術の取得にあった。

その意味で、協議入りで合意したトヨタとは、環境や自動運転に向けた安全面の技術での提携が想定できる。現時点でそのシナジー効果は測りようもないにせよ、トヨタはスズキと国内の軽乗用車市場で覇権を争うダイハツ工業を8月に完全子会社にしたばかりで、スズキとの提携による妙味は薄いといった感は否めない。

■世界の自動車産業のなかで存在感のある提携

しかし、グループの日野自動車、ダイハツの2社に、出資している富士重工業、いすゞ自動車、マツダに加えて、スズキも取り込んだ“大トヨタ圏”が形成できれば、世界トップを争うVW、米ゼネラル・モーターズ(GM)を大きく引き離せるメリットは大きい。それだけに、世界企業のトヨタと、インドと国内の軽自動車市場で盟主の地位を築いてきたスズキとの組み合わせは、その発展性からみて世界の自動車産業のなかで存在感のある提携に映る。

両社の提携については、ともに現在の静岡県の遠州が発祥の地で、創業家経営という共通項があり、親和性も高い。さらに、かつてスズキが経営危機に陥った際に、トヨタが救済した縁も取り持つ。鈴木会長といえば、ことあるごとに「うちは中小企業」と自認しながら、規模で遙かに上回るGM、VWと資本提携し、生きながらえてきた歴史がある。

しかも、両社とは互角に対峙し、自主独立路線を守りつつ、国内の軽自動車、さらにインドの市場を牽引してきたしたたかさが際立つ。その鈴木会長は高齢とはいえ、引き続き経営に強い意欲をみせており、次の一手としてトヨタとの提携を拠り所に自主独立路線を維持するとしても何ら不思議はない。

その意味で、提携協議入りでトヨタから得る成果は、鈴木会長がこれからのスズキに残す生き残りを賭けた「レガシー」であるに違いない。それを生かすも殺すも、鈴木会長の長男で後継者となった鈴木俊宏社長をはじめ現経営陣に託される課題でもある。トヨタにしても、章男社長が自ら認める「アライアンス(提携)が苦手な会社」から脱し、明確な成果を出すことが求められる。

(経済ジャーナリスト 水月仁史=文)