初代の発売から約6年を経てモデルチェンジとなった、ホンダの軽自動車「N-BOX」。2代目でもヒットを飛ばせるか(撮影:尾形文繁)

軽自動車市場を席巻した王者の勢いは止まりそうもない。ホンダは9月1日、主力モデル「N-BOX」の新型車を発売した。価格は税込みで138万円から。月間販売で1万5000台を目指す。

2011年末に初代N-BOXが登場して以降、軽自動車はホンダの国内事業の屋台骨といえるほどまでに成長した。国内での軽比率はN-BOX投入前は2割だったが、2016年は国内販売70.7万台のうち約45%を軽が占めた。

ずっと売れている「化け物」のような車

「N-BOXは新型への切り替え前でも売れ続ける、化け物のような車だ」。2代目の開発責任者を務めた白土清成・主任研究員は自らが手掛けた商品をそう評した。

一般的に自動車は、発売から時間が経つと新型への切り替えを待つ”買い控え”が起こる。にもかかわらず、旧型のN-BOXは発売から4年以上が経った2015年、2016年と2年連続で軽乗用車販売1位になった。

流行の2トーンカラーモデルも用意した(撮影:尾形文繁)

「モデルチェンジをしなくても売れ続けている看板車種だからこそ、開発陣には、普通に改良を施すだけでは”こける”という意識があった」(前出の白土氏)。こうしたプレッシャーの中で、旧型の大きくて四角い外観にはあえて手を加えなかった。

新型N-BOXにおける変化は、その中身だ。使用する部品の9割を刷新し、ボルト以外のほとんどの部品を新たに造り込んだ。とりわけ力を注いだのは安全性と利便性の向上だ。

ユーザーからのニーズが大きい安全運転支援システム「ホンダ センシング」は、全車に標準装備した。ミニバン「フリード」などの登録車と同等の機能を搭載したうえ、駐車時などに後方への誤発進を抑制する機能をホンダ車で初めて採用した。日本本部営業企画部の加藤悠規主任は「旧型で競合他社の軽に負けていた安全装備を充実させ、商談時のアピール材料にしたい」と意気込む。

N-BOXとその派生モデルを含めた「N」シリーズは、日本のユーザーの意見を取り入れやすい開発体制を敷いている。軽自動車の生産拠点である鈴鹿製作所に販売、製造、開発、購買の部署すべてを1つのフロアに集約させ、「SKI(鈴鹿・軽・イノベーション)」と呼ばれるプロジェクトにまとめている。

発売後もユーザーの意見を続々反映

旧型は発売後にもユーザーからの意見を取り入れた。SKIの体制により、初期にはなかった後部座席を前後に動かせる機能を追加したり、インテリアや内装の色の選択肢を増やしたりと、ユーザーの要望への素早い対応が可能になった。

新型の開発も、製造、開発、購買の間で調整しながら進めることができたため、「開発過程で行ったり来たりすることがなく、部品の調達コストも下げられた」(前出の白土氏)という。

新型N-BOXの目玉の一つ、「助手席スーパースライドシート」は子どもを乗せる子育て世代の声を反映(撮影:尾形文繁)

N-BOXの主要な顧客層は、小学校入学前の子どもを持つ子育て世代だ。彼らの使い方を徹底的に研究した結果、もうひとつの目玉機能が生まれた。前後に57センチメートル動かせる「助手席スーパースライドシート」だ。税込み159万円以上のグレードに搭載される。

大きくスライドするシートというと、ゆったり座るためのものかと連想するかもしれない。だがN-BOXのスーパースライドシートは、後部座席から運転席への車内移動(ウォークスルー)を可能にした。助手席の背もたれを倒して助手席を前へスライドさせると、大人が後部座席から運転席に移動ができるスペースが生まれる構造になっている。

今までの軽では、親がスライドドアから後部座席に乗り込み、子どもをチャイルドシートに座らせ、一旦車外に出てから運転席へ移動しなければならず、不便を感じる人が多かった。雨の日や交通量の多い道路上なら、なおさらおっくうな場面だ。こうした面倒をなくしたいという開発陣の思いが、今回具現化された形だ。

スーパースライドシートを導入しつつ、自転車が搭載できるほどの荷室の広さを確保するため、燃料タンクを薄型化するなどの改良も重ねられた。インテリアのデザインを担当した金山慎一郎氏は、「ミニバンで普及している座席間のウォークスルーを、大きさと価格の制約がある軽で実現したことが画期的だ」と自信を見せる。

最新技術を惜しみなく使い、軽量化を実現

N-BOXの車内は自転車も軽々入ってしまうほどの広さだ(撮影:尾形文繁)

スペースだけでなく、重量の課題も持ち上がった。ホンダ センシングなどの新しい機能を搭載したため、70キログラムの部品が新たに追加されたのだ。低燃費や快適な走りも実現するには、旧型よりも車両を重くするわけにはいかない。

結論から述べると、新型N-BOXは旧型と比較して80キログラムの軽量化に成功している。そのための新技術の1つが、センターピラー(車体側面にある柱)で採用された。鋼板同士をくっつける溶接では、点で接合する従来の「スポット溶接」から、面で接合する「シーム溶接」と呼ばれる技術に変更。旧型で使用していた補強用の鋼材が不要になり、軽量化につながった。

ほかにも、ホンダの燃料電池車(FCV)「クラリティ」や欧州ブランドなどの高級車に使われている溶接技術を採用した。ルーフパネルとサイドパネルをつなぎあわせるために用いられる「ルーフ・レーザー・ブレーズ」という技術により、従来これらのパネル同士をつないでいた樹脂部品が不要となったことも軽量化に貢献している。

ホンダ社内では、「なぜ単価の安い軽に、ルーフ・レーザー・ブレーズなどの最新技術を用いるのか」という議論が起きたという。それでもN-BOX向けに設備投資が進んだのは、製造工程の見直しによって設備や新技術導入の費用を十分に吸収できるという見込みが立ったからだ。結果的に、「収益性は旧型N-BOXよりも高くなる」(前出の白土氏)という。

軽が単なる安くて小さい車だという時代は終わった。「ボディサイズに制約がある中でも、各社が軽でも安心と快適性を追求してきている」(日本本部長の寺谷公良執行役員)。N-BOXは車高の高い「スーパーハイトワゴン」というタイプに分けられるが、ここにはスズキが「スペーシア」、ダイハツ工業が「タント」を投入するなど、他社との競争が激しい。

事前受注では2万5000台を獲得し、1万5000台の月販目標を上回った。2代目N-BOXの出足は上々だが、この販売ペースをどれだけ維持できるか。国内事業の”屋台骨”だけに、失敗は許されない。