特定の音によって快感を体験することができる「自律的感覚絶頂反応(ASMR)」という感覚をもつ人々がいるという。ブランドやエージェンシーは、YouTube上でASMRをもったユーザーが沢山の動画を投稿し、視聴していることに気づいた。この特殊な感覚をもつ層に対するマーケティングを実践したKFC等の事例を紹介する。
古風な白いスーツを着た男性が、ささやきかけ、ポケットチーフを繰り返し折り畳む。手に取ったフライドチキンにゆっくりとかぶりつく。
このような状況の音を感じるだろうか?
もし、そこに音を感じるなら、あなたはある特別な感覚を持ったグループのひとりかもしれない。「自律的感覚絶頂反応(autonomous sensory meridian response:ASMR)」と呼ばれる、精神をリラックスさせながらもゾクゾクさせるようなタイプの快感を体験できる人々がいるという。
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ASMRは、たとえば、ささやき声や、メイクブラシがそっと肌をなでる音、段ボール紙のでこぼこの上を爪がひっかく音など、特定の音によって引き起こされる。ある愛好家はこの感覚を「ブレインガスム(脳のオルガスム)」と名づけた。
そして、ブランドもこの波に乗ろうとしている。
チキンを食べる音の心地よさ
エージェンシーのワイデン・アンド・ケネディ(Wieden+Kennedy)は7月、ファーストフードチェーンKFCの新しい動画広告を制作した。KFCの創業者カーネル・サンダースに扮する俳優ジョージ・ハミルトン氏がフライドチキンにかぶりつくときのサクサクした音などに、オーディエンスは惹き付けられる。そして、ASMRを体験できる人には、その独特の快感がもたらされるという。
これは、なかなか大胆な一手だ(YouTubeのコメント欄には、大勢がこの広告に驚いたというコメントを残した)。しかし、KFCの最高マーケティング責任者(CMO)を務めるケビン・ホックマン氏が「ワシントン・ポスト(The Washington Post)」に語ったところによると、この広告は「エクストラ・クリスピー(Extra Crispy)」チキンが発する、心地良いサクサクした音を好む、新しい顧客層を見つける取り組みだという。
「我々が狙うこの層は、音という知覚体験に無条件で反応し、熱中する人々のためのコミュニティーだ」と、ホックマン氏は「ワシントン・ポスト」に語っている。「ASMRに関連する心地良さはたくさんある。それこそ、当社の商品も含まれる」。
ASMRを広告活用する機は熟した?
ブランドにとって、ASMRを活用する機は熟したようだ。Googleのマーケティングリサーチ部門、シンク・ウィズ・グーグル(Think with Google)によると、YouTube上の検索件数で、ASMRは「キャンディー」や「チョコレート」といったクエリを上回るという。ASMRをフィーチャーしたYouTube動画は520万本ほどあり、ヘザー・フェザー(Heather Feather)などの人気ASMRインフルエンサーは、チャンネル登録者が50万人に迫る勢いだ。
また、ASMRインフルエンサー向けのYouTubeマルチチャンネル・ネットワーク(MCN)もある。「リチュアルネットワーク(Ritual Network)」というMCNで、インフルエンサーとブランドをつなぐことを目指している。
広告世界2位のオムニコム傘下、BBDOの中国支社は2015年11月、ASMRを活用してチョコレート「ダブ(Dove)」のシルクのような滑らかさを伝える動画を制作。動画は、カカオ豆挽き機の音、チョコレートの包み紙の音、噛む音、カサカサとこすれる音を強調している。同社によると、ASMRを感じる人々が得る快楽は、チョコレートを食べることで得られる快楽に「似ている」という。BBDOはまた、神経科学者らに依頼し、この広告の効果をテストしてもらったというが、結果はまだ公表されていない。
ブランドと密接した音の刺激
そして、ユーザーもASMRをフィーチャーしたコンテンツを投稿している。ASMRという現象は、ブランドと密接した刺激によって引き起こされる場合が多いようだ。
たとえば、「KFC ASMR」と検索すると、KFCのチキンバケットを叩いたり、こすったり、あるいはフライドチキンにかぶりついたりする人々を写した動画が大量に見つかる。「キンダーサプライズ(Kinder Surprise)」チョコレートの場合も、カサカサした音が喚起するASMRの快楽を得るために、卵形のパッケージを開ける人々が大勢いる(KFCもキンダーサプライズもYouTube上で4万件以上の検索結果がヒットする)。
YouTubeも当然、こうした状況を認識している。Googleのブランドラボ(BrandLab)でアナリストを務めるアリソン・ムーニー氏とジェイソン・クライン氏は、連名で執筆したレポートのなかで、ブランドがいかに容易にASMRブームを利用できるかを指摘している。「我々が言わんとしているのは、これから活用できる、(ASMRに)熱心なオーディエンスが大勢いるということだけではない。すでにブランドを使っている、熱心なオーディエンスが大勢いるということなのだ」。
YouTube上のASMR動画はほかに、フレッシュミント「チックタック(Tic-Tac)」や缶ビール、カジュアルレストランチェーン「シェイク・シャック(Shake Shack)」のハンバーガーを取り上げたもの、ささやきながらメイクアップの一部始終を見せるものなどがある。
危険を内包していなくもない
ウィスパーズ・レッド(Whispers Red)と名乗る人気ASMRアーティストの動画では、自らメイクしながら、手にしている化粧品のブランド名をささやき声で挙げていく。具体的には、「リズアール(Liz Earle)」「エルフ(e.l.f.)」「マークス&スペンサー(Marks & Spencer)」「オーブリー・オーガニクス(Aubrey Organics)」「バリーM&リアルテクニクス(Barry M & Real Techniques)」といったブランドだ。この動画の視聴回数は50万回を超えている。
だが、成長の兆しを見せる一方で、ASMRはいまだインターネットの薄暗い隅にとどまっている。この現象をはじめて知った人はたいてい、これは特殊な性的趣味か、あるいはフェティシズムのたぐいなのかと疑問を抱く(ASMRの実践者は違うと断言しているが)。こうした領域は、ブランドにとっては危険を内包しているともいえる。
「適切な製品であれば、ASMRを検討しないわけではない」と、アドバイイングエージェンシーMECのソーシャル部門責任者、ノア・マリン氏は語る。「これらでもっとも適したブランドは、髪をブラッシングするときに発生する音から得られる感覚的な反応を活用するとすれば、たとえばシャンプーブランドなどは、動画とマッチするだろう」。
Shareen Pathak (原文 / 訳:ガリレオ)