日本はいつから世界から置き去りにされたのか?
1990年4月にABCで放送が開始された『ツイン・ピークス』は、同時代における最も旬な映画監督の1人であったデヴィッド・リンチ(ちょうど1990年に『ワイルド・アット・ハート』でカンヌのパルムドールを受賞)がそのクリエイティビティを手加減なく注ぎ込んだ作品として、世界各国でブームを巻き起こした。2001年11月にFOXで放送が開始された『24』は、その直前に起こった9.11事件と題材が偶然合致したこともあって世界中の視聴者を釘付けにした。
もちろん、それ以前にも一部のシットコムや学園ドラマなど国外でも人気を集めるアメリカのテレビシリーズはあったが、「映画界とのボーダレス化」「世相を反映した大人向きドラマ」という意味で、この2本の大ヒット・シリーズは現在の(日本を除く)世界的テレビ黄金時代を準備した先駆的作品であったと言えるだろう。
興味深いのは、『ツイン・ピークス』と『24』は、日本でも、いや、世界各国と比べても突出して日本において人気を集めた作品であったことだ(それぞれ第一段階のブームを経て、数年遅れで地上波放送が始まり、最終的には広告代理店が作品のイメージを利用した商品CMを量産したほどだった)。
その背景には、日本中に張り巡らされていたレンタルビデオ・チェーン、00年代初頭まではまだなんとか残っていた大衆の欧米カルチャー全般への関心(韓流ドラマ&Kポップ第一次ブームがやってくるのはもう少し後のことだ)などがあったわけだが、本稿のテーマはそこではない。
ここで問題にしたいのは、ABC『LOST』(2007~2010年)、NBC『HEROES』(2006~2010年)あたりまではなんとかキャッチアップしていた日本の視聴者が、決定的に世界から「置き去り」にされたタイミングはどこだったかということだ。
結論から先に言うと、それは『ブレイキング・バッド』だった。
全米で社会現象化した『ブレイキング・バッド』の革新性とは?
2008年1月にアメリカのケーブル局AMCで放送が開始された同作は、初回放送時にアメリカで140万人だった視聴者が、2013年9月のシーズン5最終回の放送時には1028万人に膨れ上がるほどの社会現象に。ブライアン・クランストン、アーロン・ポール、ボブ・オデンカークといった役者たちのキャリアに大きな飛躍をもたらし、ライアン・ジョンソン監督(『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』)が注目されるきっかけにもなった『ブレイキング・バッド』は、まず何よりも斬新な題材、巧みなプロット、優れたキャストや演出という作品の純粋なクオリティとそのクールさにおいて傑出した作品だった。
また、いくつかの点においてその後のテレビ黄金時代の道筋を決定づけることにもなった。
一つは、先行するケーブル局HBO製作の『セックス・アンド・シティ』(1998~2004年)における性的テーマ/表現のブレイクスルーに続いて、「メス(覚醒剤)の製造と密売に手を染め、メキシコの麻薬組織と対決する化学教師」が主人公の『ブレイキング・バッド』は、モラル面やバイオレンス描写においてこれまでのドラマ界の常識を覆したことだ。
年齢制限のないネット局製作のドラマやレイティング制度でガチガチに縛られた映画に対して、有料会員に向けたケーブル局製作ドラマはそこで明確なアドバンテージがあることを証明してみせた。同じAMC製作の『ウォーキング・デッド』(2010年~)の商業的成功も、『ブレイキング・バッド』が耕したテレビシリーズの新たなマーケットと表現領域で生まれたものだった。
また、(今となってみれば、後発の『ウォーキング・デッド』も見習うべきだったが)『ブレイキング・バッド』は「人気のある作品はとにかく続編を作り続け、人気がなくなった途端に打ち切る」というあの『ツイン・ピークス』でさえ逃れることができなかったテレビシリーズの鉄則を破って、シーズン終了の数年前からシーズン5で完結すると宣言。そしてその宣言通り、人気絶頂期に完璧なフィナーレを飾ってみせたことだ。そのことはつまり、それまで絶対的な力を持っていた放送局サイドとドラマ製作者サイドの力関係が逆転したことを意味する。
新興の映像配信サービスがさらに推し進めた、映画界からテレビ界への才能の流入
『ブレイキング・バッド』に続いてテレビシリーズ界全体に大きなインパクトを与えたのは、『ハウス・オブ・カード』(2013年~)だ。
90年代のリンチ同様に同業者にとっては雲の上の憧れのスター監督であり、また、リンチよりもはるかに高い商業的実績もあるデヴィッド・フィンチャーのテレビシリーズへの本格参入。しかも、そのパートナーとなったのは新興の映像配信サービスのNetflixだった。
2015年には日本にも上陸したNetflixだが、かつての業態はレンタルビデオ会社。国土が広大なため、日本のように全国津々浦々までレンタルビデオ・チェーンを展開しようがなかったアメリカにおいて、ネットからの注文でビデオテープやDVDの宅配サービスを開始したベンチャー企業だった。
多くのアメリカ人にとってNetflixにはその頃の泥臭いイメージがまだ残っていただけに、映画界の泣く子も黙るトップ・ディレクターのフィンチャーとのタッグの発表は大きな驚きとして受け止められた。また、Netflixの世界展開において、フィンチャーのブランド力が果たした役割は絶大なものだった(ちなみに『ブレイキング・バッド』の権利を日本で何年間も放置していたのも、Netflixが日本でサービスを開始したあとも半年以上『ハウス・オブ・カード』シーズン1とシーズン2の権利を抱え込んでいたのも、ソニー・ピクチャーズの日本法人だ)。
Netflixとフィンチャーの『ハウス・オブ・カード』プロジェクトが発表されたのは2011年こと。当時はまだ、ハリウッドで一時的に3万8000人が失業することとなった全米脚本家組合ストライキ(2007~2008年)に加えて、2008年のリーマンショックの余波も続いていた。中国やインドの資本との提携をすすめるメジャースタジオは、アメコミ映画に代表される一部のビッグバジェット作品にこれまで以上に注力するようになっていた。
一方、Netflixをはじめとする映像配信サービス企業には、投機マネーを含む膨大な資金が流れ込んでいた。アメリカの映画界とテレビ界において人材が完全にボーダレス化するのに時間はかからなかった。
『ハウス・オブ・カード』で、フィンチャーはシーズン1の最初の二つのエピソードの演出を手がけていた。まずシリーズの最初に模範を示して、他の演出家たちがそれに従って続けていくという方法だ。しかし、2017年にNetflixで新作『マインドハンター』を発表したフィンチャーは、全10エピソード中、その半分近くとなる4つのエピソードで演出をしていた。
同じように90年代の『ツイン・ピークス』では主要エピソードのみを演出していたリンチは、2017年、SHOWTIMEで放送した『ツイン・ピークス』新シリーズを「18時間の映画」と語り、すべてのエピソードで演出を手がけていた。
HBO『ビッグ・リトル・ライズ』(2017年~)でもジャン・マルク・ヴァレが全7エピソードの演出を手がけていたように、最近は有力な映画監督がテレビシリーズでもすべてのエピソードを自分で演出する作品が増えている。
昨年、カンヌ映画祭はポン・ジュノやノア・バームバックがNetflixで発表する新作をどう扱うかで紛糾し、ジャン・リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーが寄稿していたことでも知られるカイエ・デュ・シネマ誌は年間ベスト1映画に『ツイン・ピークス』の新シリーズを選出した。エンターテインメント作品としてはもちろん、アート系作品の領域においても、時代の重心は映画からテレビへと移動しつつある。
テレビシリーズを観ずして、現在のカルチャーは語れない
『LOST』で名を上げたJ・J・エイブラムスが『スター・ウォーズ』シリーズを統括し(現行シリーズのあと、HBO『ゲーム・オブ・スローンズ』のデイヴィッド・ベニオフとD・B・ワイスに引き継がれる)、FX『アトランタ』(2016年~)のドナルド・グローヴァーも輩出したNBCのシットコム『コミ・カレ!!』(2009年~)で名を上げたルッソ兄弟がマーベル・シネマティック・ユニバースのエース監督を務める現在、映画とテレビの関係性は「映画界からテレビ界への才能の流入」ではなく「テレビ界から映画界への才能の流入」という局面を迎えて久しい。それどころか、Netflix『ストレンジャー・シングス』のダファー兄弟のように、「映画を作ることには興味がない」と公言する才能も今後ますます増えてくるだろう。
もしあなたがそれなりの映画ファンを自認していて、新作映画を見て「この役者、あまり見たことがないけれど、随分と大きな役をやってるな」と思ったら、それは十中八九、テレビシリーズの現在を追っかけている視聴者にとってはお馴染みの「あの役者」だ。ようやく日本でも各映像配信サービスが整備されつつある中、エンターテインメントに少なからぬ興味を持っていながら、テレビシリーズに無関心な人がまだ存在していることが、自分にはまったく理解できない。それは、現在のエンターテインメント界の半分、あるいはそれ以上に重要なものに対して、自分で目隠しをしていることに等しいのだから。
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