近年、地方行政に携わりたいという若者が増えている。以前別の記事で紹介した、ぼくいち・後藤寛勝さんや名古屋わかもの会議・水野翔太さんは、東京の大学に通いながら地方行政と連携して活動し、2017年1月には元外務省職員の東修平さんが28歳(当時)で全国最年少市長として大阪・四条畷市の市長に就任した。
そうした中、2017年4月、つくば市としては歴代最年少の26歳つくば市副市長が誕生した。元財務省官僚の毛塚幹人さんだ。
毛塚さんは、2013年に東京大学法学部を卒業後、財務省に入省し、2017年3月に退官。「安定した」キャリア官僚を辞め、なぜ地元でもないつくば市の副市長に就任したのか。
1991年2月生まれ。栃木県宇都宮市出身。宇都宮高校から東大法学部へ。2013年4月に財務省に入り、国際機構課企画係や近畿財務局、主税局などを経て、2017年3月に退官。
「役割分担」を意識して財務省へ
毛塚さんが意思決定をする際に重視している考え方がある。「役割分担」だ。
高校生の頃は理系で「研究者になりかった」という毛塚さんだが、国の科学研究費の予算が削られている現状を見て、違った形で社会に貢献しようと考えたという。
「研究者になる人はその研究が『世の中のためになる』という想いを持っている人が多い。ただ、その想いは行政などと連携して、政策として実現しなかったら空想に終わってしまう。一方で、予算を決める文系の人たちが理系の世界に興味を持っているのかも疑問だった。だったら、理系の自分が、文系に行って両方の面で見ることで、両者をつなげることができるのではないかと考えた」
元々は理系だったが、官僚を目指し、東京大学法学部に進学した。
撮影:今村拓馬
政策を策定する最も良いポジションは官僚だと考えて、東京大学法学部に進学。
国の科学政策や地域での社会実装に直結する省庁といえば、文部科学省や総務省だ。財務省を選んだのは、「役割分担」という考えからだ。
「最後まで他省と迷ったが、それらの省には既に同じような問題意識のある人がいる。であれば、自分は違うスキルセットを身に付けた方が良いのではないか」
学生時代のインターンでの出会い
今のつくば市の五十嵐立青市長との出会いは学生時代にさかのぼる。
学生時代、「官僚になると、政治の世界が見られなくなる」と考え、政治家のもとでインターンを経験しようと考えた。ただ、組織ががっちりと出来上がっている政治家のインターンでは、ビラ配りぐらいしか仕事がない。学生の力も活かして選挙を戦おうとしている政治家を探した。それが当時つくば市長を目指していた五十嵐さんだった。
「自分だったら、こういう政策や選挙をする」と考えたプランを持って行き、選挙を手伝った。 2012年10月の市長選で五十嵐さんは落選。その後4年間浪人時代が続いたが、毛塚さんが財務省に入った後も関係は続いた。
「国の中心にいると、地方でどういう課題があるのか、具体的な情報が入ってきにくい。数カ月に1回は会って、意見交換や情報交換をしていた」
その後、2016年11月の市長選で五十嵐さんは初当選。「またタッグを組もう」と声を掛けてもらい、悩んだ結果、財務省を辞めて副市長になることを決断する。
「財務省は今でも好きな組織だが、国のレベルで物事を動かそうとすると非常に時間がかかるし、調整も大変。自分のキャリアパスという意味でも時間がかかる。外に出れば、規模は小さくなるが、実行のスピードも速くなる。前例を作れば、他の自治体が真似しやすくなって横展開ができるかもしれない。財務省とは違うアプローチで社会を変えていきたいと思った」
財務省入省後も意識して作っていた外とのつながりも大きかったという。
「起業家の知り合いが多く、彼らは孤独の中で理想を実現しようと戦っていた。自分も彼らから刺激を受けて、挑戦したいと思った」
五十嵐市長は毛塚さんのことをこう見ている。
彼とは学生時代からの付き合いですが、知力・体力・精神力に加え性格もすばらしいというすべてがそろった稀有な人材です。東大法学部を出て財務省入省後も、国際交渉、地方財務局、そして先月までは税制改正の取りまとめと重責を担ってきました。財務省に残れば確実に出世をしていく道を捨て、退職をして覚悟を持ってつくば市に来てくれたことを本当に心強く、うれしく思います。
「つくば市五十嵐立青市長HP」より
つくば市を「科学の恩恵を感じられる」街に
つくば市を選んだ理由は、五十嵐さんの存在も大きいが、筑波大学出身の高校時代の教師から聞いていた「科学の街」への憧れもあったという。
つくば市の人口は約23万人。約1万7000人もの研究者がいて、約8000人が博士号の所有者という、日本を代表する「学術都市」だ。せっかくそれだけの人材がありながら、社会実装につながっているかというと、疑問に感じる部分が多い。
市民に「科学の街に恩恵を感じているか」というアンケートを取ると、過半数が「感じていない」と回答。
「科学のまち」でありながら、市民が感じる恩恵は少ない。
出典:平成29年度つくば市民意識調査
つくば市の課題は生産年齢人口のピークが2030年に来た後の戦略だ。
「これだけの研究機関が集積しているにもかかわらず、今は、市民が抱えている課題の解決につながっていない。税収の観点からも、法人市民税を生み出す産業転換やベンチャーの創出が重要」
一方で、今まで行政が重視していたのは、「変革」ではなく「維持」。だからこそ、毛塚さんが就任してまず着手したのが、新しい「企画」を作れる組織への変革だった。
行政では異例とも言える、「年功序列」から「実力主義」に転換。外部でバリバリ働いてきた中堅の人材が活躍できるよう、採用の年齢制限を撤廃し、係長・課長など重要なポストに就ける年齢も一気に下げた。
リモートワークでも働けるように条例改正を行い、「まちづくりアドバイザー」として、全米一住みたい街と呼ばれるアメリカ・ポートランドで街づくりに関わっている山崎満広さんとベンチャー起業家の三浦亜美さんを採用。
市役所は1700人もいる大きな組織だからこそ、市長のマニフェスト82項目を全て、ロードマップに落とし込み公表することで、組織としての共通意識を持てるようにした。
さらに、「働き方改革」の一環として、パソコンの操作を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入。まずは納税業務で今まで手動で行っていた部分の自動化を進めようとしている。
「アジャイル行政」への変革
市長のビジョンを実現させる「COO型の副市長」として「改革」を着々と進めているが、意識しているのは「アジャイル行政」だという。アジャイルとは、IT企業が開発を行う際に、短い期間で実装・改善を繰り返す進め方のことだ。
通常、行政が社会実装を目指すと、研究者と合意してから予算を計上して議会で議決する。そうすると実際に事業を始めるのは翌年度になってしまう。
任期は4年間。必ず結果を出したいと意気込む。
そのため、つくば市では2017年の当初予算で少なくとも5件の科学技術の実装できるように、パッケージとして予算を確保。RPAに関しても、全国で初めての地方自治体との「共同研究」だからこそ無料で導入することができ、素早く導入にまで至った。
科学技術の社会実装は、「つくばSociety5.0社会実装トライアル支援事業」として全国から募集し、21件の応募の中から5件を採用。金額は一つのプロジェクトにつき上限が100万円と決して多くはないが、地方自治体の価値はそこではないという。
「地方自治体が出すべき価値は調整事。例えば、技術を使う時に学校を使わせてほしいとか、公道で走らせてほしいとか、そういった関係機関との調整はベンチャーがいきなりやるよりも、行政が入った方が格段にスムーズに進む」
「成功事例にならないと後が続かない」
「年功序列」から「実力主義」への転換といった「変化」に対して、職員の戸惑いもあるという。また、副市長就任を議決した臨時議会で賛否が割れたように、若いからこそ新しいことができる一方で、能力を不安視する声もある。
毛塚さん自身もそれは承知の上だ。だからこそ、「自分が結果を出さないといけない」と力強く語る。
「今は多くの地方自治体が国からの地方交付税で成り立っているが、今後、国の財政が厳しくなる中で、限られた予算でやっていかなければならない環境になる。今までやっていなかった科学分野での社会実装やベンチャーとの連携などの企画力がより重要になってくる。今後は民間企業を経て、市役所に入る、そういう事例が増えていくと思う。今回自分が副市長として活躍できなかったら、次こういう年齢での副市長というのは続かないかもしれない。だから自分が失敗するわけにはいかない」
(文、写真・室橋祐貴)