日本をスルーするフィンテック企業の本音

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フィンテック・フェスティバル最終日。設置されたボードは、フィンテック分野の発展に期待を込めた寄せ書きで埋め尽くされた(筆者撮影)

シンガポールの金融当局・シンガポール通貨監督庁(MAS)が主催する世界最大級のフィンテックに特化した見本市、フィンテック・フェスティバル。12月8日に配信した前編(日本人が知らないフィンテック大国の実像)では、インドからのスタートアップ関係者たちの熱気あふれる勢いと、なぜインドでフィンテック分野が沸騰しているのかお伝えした。

後編では、アジアのフィンテック先進地・シンガポールで日本勢はどのような存在感を放っていたか、さらに各国からの参加者がフィンテック分野で日本にどのような期待を抱いていたかなどについてリポートしたい。

日本のメガバンクは、フィンテック分野で出遅れている

フィンテックとは、金融(ファイナンス)とIT(インターネットなど情報技術)が融合した新しいビジネス業態。世界中で進みつつある動きだ。今回、フィンテック・フェスティバルに参加していた日本企業は、大手では三菱東京UFJ銀行やNECなどだ。日本のメガバンクは、フィンテック分野で出遅れているとも言われがちではあるが、三菱東京UFJ銀行は、フィンテック分野に早くから力を入れており、シンガポールにも拠点を置き、先駆的な取り組みを続けている。


日本のメガバンクでは唯一の参加だった三菱東京UFJ銀行のブース(筆者撮影)

三菱東京UFJ銀行は、日立製作所と共同で開発した「ブロックチェーン」と呼ばれる仮想通貨技術を活用して、電子小切手の決済を可能とするシステムを紹介するブースを設けていた。すでに昨年からシンガポールで実証実験を始めており、低コストで迅速に決済が可能となるほか、取引記録の改ざんを防ぎ、安全性も高まると言われている。

フィンテックのアジアにおけるハブを目指すシンガポールは、こうした実証実験の誘致にも積極的で、規制面などで優遇する「レギュラトリー・サンドボックス」制度を整えている。ブースでシステムの説明をしていた担当者は、「シンガポールで実証実験を先んじて行うことで、将来的には日本でも導入できるような道筋ができれば」と話していた。


三菱東京UFJ銀行のブースでは“ブロックチェーン”を活用したシステムのPRが行われていた(筆者撮影)

現金やカードなどを使わずに「顔」だけで

さらに、生体認証のトップランナーとも評されるNECでは、顔認証技術を活用したキャッシュレス決済システムを大々的に紹介するコーナーを設けていた。事前に撮影・登録した顔画像と、店舗や食堂などに設置したカメラで撮影する顔画像を照合することで、手軽に本人確認と決済を行う画期的なシステムで、各国の参加者が実際にその場で体験利用し、そのスムーズさに驚いていた。

実際に使わせてもらってみたが、顔認証に要する時間は非常に短く、購入する商品を選ぶとスピーディに決済が可能で、現金やカードなどを使わずに「顔」だけで商品を購入できるという利便性が今後、急速に浸透する可能性を大いに感じた。

実はすでに、東南アジアと世界を結ぶハブ空港として5年連続で「世界一の空港」の称号を得ているシンガポールのチャンギ国際空港でも、その出入国のシステムにNECの生体認証技術を用いている。旅行者はNECが提供したパスポートと指紋を読み取らせる個人認証のシステムにより、入国管理官がスタンプを押す長蛇の列に並ばず、すみやかに出入国することが可能なのだ。

筆者もたびたびチャンギ空港を利用するが、このシステムが導入されて以降、一度も長い列に並んだことはない。飛行機の座席を立ってから空港の外に出るまで、早ければ7〜8分以内という神業も不可能ではない。シンガポールへの技術進出は、今後こうしたセキュリティやインフラのニーズが増していくほかのASEAN地域へのPRにもつながり、日本企業の存在感を示すことにもなる。


NECのブースで紹介されていたのは“顔認証技術”を活用したキャッシュレス決済システム(筆者撮影)

東京を通り越してまずシンガポールへ

一方で、シンガポールに駐在している日本の金融関係者からは、こんな声も聞かれた。「世界のスタートアップは、軒並み東京を通り越してまずシンガポールに来る。シンガポールはすべてが早い。政府も国を挙げてフィンテック分野を後押ししているから、規制緩和も柔軟に応じるし、実証実験もしやすい。体感としては、日本はもはや2〜3年くらい遅れている印象。技術大国であぐらをかいていられる時代は終わっている。言語や規制の面でも圧倒的なデメリットがあることを認識しないと、世界の優秀なスタートアップがあえて日本を選ぶ理由は少ない」

確かに、フィンテック・フェスティバルの会場で、インドから参加していたスタートアップ関係者に「なぜ日本ではなくシンガポールを選んだか」をあえて尋ねると、笑いながら「うーん、日本。考えてもみなかったね」と返された。技術大国ではあるが、言語や規制面などからしても、東京に赴く理由が見当たらないのだという。気を使ったのか「桜は美しいですよね」と付け加えられ、こちらもあいまいに笑い返すしかなかった。

余談だが、ランチスペースで一緒になったカザフスタン人の男性からは、名刺交換をしようとすると当然のように名刺表面に印刷されたQRコードをぐいっと示された。「これを読み取ってくれさえすればいい、日本ではメジャーじゃないのか? あれだけの技術大国なのに」と冗談交じりに言われる一幕もあった。


カザフスタンの起業家男性は名刺交換で QRコードを示してきた(筆者撮影)

確かにQRコードを名刺に入れ込んでいるケースも最近は見掛けるが、当たり前のようにコードをかざし合う光景はあまりお目にかからない。さらに、シンガポールの通信大手スターハブの社員からは、「日本ではいまだに“現金信仰”が強いですよね。クレジットカードより現金で持っていたほうが安全だし、不安がないという理由だと聞いたことがあるけど、なぜ?」と問われた。実際に日本を旅行した際、クレジットカードが使えない店舗がいまだに多いことに驚いたともいう。

日本は国内のマーケットだけで完結してしまうケースが多く、おのずと世界に飛び出る傾向が弱いと言われる。日本貿易振興機構(ジェトロ)が進出支援するベンチャー企業も個別のブースを構え、日本酒の樽とグラスを用意して対応をしていたが、全体から見るとまだ日本発のフィンテック関連企業の数は少ない。

一方で、シンガポールではいまや金融がGDPの13%を占め、すでに最新のグローバル金融センターランキングでは、東京を抜いてロンドン、ニューヨーク、香港に次いで世界4位となっている(前回ランキングでは世界3位)。シンガポールは国土も狭く、資源も乏しい中、海外からの投資や技術を巧みに呼び込み、金融イノベーションを国家として急速に推進させてきた背景がある。

昨年は、政府と民間の投資会社が連携し、フィンテック・ハブとしての機能を持たせたオフィスビルを「世界最大規模のフィンテック拠点」と掲げ、大々的にオープンさせた。仮想通貨の取引に使われる技術「ブロックチェーン」や決済システムなどを手掛ける国内外の大手有力企業や団体が入居し、フィンテック関連の新興企業にエコシステムを提供することが目的だ。


(写真左)ジュースの底に貼られたシールには、使われている原材料や健康効果などのデータが記録されている。フィンテック分野の開発は幅広い/(写真右)会場では“フィンテックポロシャツ”まで販売されていた(筆者撮影)

フィンテック誘致を目指す“東京”への熱視線

そんななか、フィンテック・フェスティバル最終日の基調講演は、東京都知事の小池百合子氏だった。折しも「希望の党」の代表を辞任した翌15日にシンガポールへ向かった小池知事は、「国際金融都市」としての東京の魅力をトップセールスするため、まずはリー・シェンロン首相ら政府要人と会談したほか、米金融大手主催のイベントで講演するなどし、法人税率の引き下げをはじめ外国企業誘致に向けた構想をアピールした。

フィンテック・フェスティバルの閉会講演では、スタートアップ企業のブースが集まる展示会の活気をよそに講演会場は空席が目立ったものの、フィンテック関連企業の誘致に向けて東京の魅力を大々的にプレゼンした。


東京都へのフィンテック企業誘致に向けて小池百合子都知事がプレゼンした(筆者撮影)

今後に期待する声も膨らみつつある。東京都は、海外からの誘致目標数なども具体的に掲げており、国と一体となり規制緩和などを進め、有望な企業をどのように見極めて活発な「国際金融都市」としての環境を整備できるかが注視されている。

シンガポールに拠点を構えたイスラエルのスタートアップ関係者は、「次は日本だ。すでに、ある企業とは水面下で交渉を始めている」と息巻いていた。規制や言語の面でハードルが高いのも事実だが、オリンピック開催などに向け、今後の日本を見る視線は熱を帯びてきてもいる。

小池知事の講演を熱心に聞いていた、インド人起業家の男性はこう言った。「日本は昔からあこがれの国ではありますよ。しかし、海外からのスタートアップが根差す地としては、越えなければならないハードルが、まだ多すぎるというとこかな。でも、魅力的な市場であることは間違いない。今後、日本の技術と私たちのアイデアが結びついて、爆発するようなことが起きたら面白いよね」。そう言って笑った。