「子どもが成人する頃に定年を迎える」という人も珍しくない(写真 : プラナ / PIXTA)

「日本人の初婚平均年齢」は、男性が30.5歳、女性が28.8歳(2010年国政調査)。年々、その年齢は高くなる傾向にあり、2016年には高齢出産(35歳以上の女性による出産)が、出産数全体の60.2%を占めている。「子どもが成人する頃に定年を迎える」という人も珍しくなく、定年後の子どもの教育費問題や終身雇用をアテにできない社会の変化は切実な問題だ。そんな“熟年パパ”が直面する問題を考える連載を5回にわたって掲載する。第1回は、注目されつつある「パラレルキャリア」ついてだ。

大手企業も国も「副業解禁」の時代へ

ロート製薬をはじめ、DeNA、ソフトバンクなどの大手企業も正社員の副業を解禁しはじめました。2017年11月、政府までもが、「働き方改革」の名のもと、年度内には副業・兼業の事実上の解禁に踏み切ることを公表しています。これはつまり、終身雇用の安定神話が完全崩壊したことを意味するのでしょうか。目まぐるしく社会が変化する中、いよいよ国や企業に守ってはもらえない時代が到来? 熟年パパ世代は「明日をも知れぬわが身」に危機感を持って副業に乗り出すべきなのでしょうか?

実はこの背景には、それ以上に深いものがありました。副業・兼業解禁に向かう目的は、「働く人の収入を増やす」ことだけではなく、「新たな技能の習得を促す」ことも目指していたのです。つまり、終身雇用制度だけでなく、「目の前の仕事で成果を挙げ続ければ、次のポストを目指せる」というバリキャリ志向の考え方もまた、時代遅れになっているということなのです。

そこで注目したいキーワードが「パラレルキャリア」。経済産業省による「パラレルキャリア・ジャパンを目指していく」という提言をはじめ、昨今、この言葉が頻出しています。そもそもパラレルキャリアとは、マネジメント研究の第一人者であるピーター・ドラッカーが提唱したもので、ざっくり説明すると「現在の仕事以外の仕事を持つことや、非営利活動に参加すること」を指しています。

副業はもちろん、ボランティア活動への参加なども含まれており、企業の狙いは、「自社業務以外の多様な経験を通じ、新たな価値観に触れることによって、社員のモチベーションと能力をアップさせること」にありました。国もまた、それによる新たな産業イノベーションや起業家の輩出を目指しています。大前提として、この考え方を理解することが重要です。「教育費を稼げる」などという目先の話ではなく、今後のキャリアそのものに影響を与えるものがパラレルキャリア。ここにまず気づかなくては、あと数十年後の定年まで窓際に追いやられるか、最悪の場合、職を失う可能性もあるのです。

副業や趣味から起業を実現した成功例も

私はこれまで多くの起業家を取材してきましたが、「パラレルキャリア」という言葉も知らないまま、趣味やボランティアの活動をスタートし、起業につなげた人物も複数いました。

たとえば、食品の冷凍アドバイザーとして起業した30代の男性は、開発職を目指して食品メーカーに就職しました。入社後、配属されたのは生産管理部門でしたが、彼はそこで諦めることなく、将来の開発に役立てようと、食材の冷凍に役立つ知識を書き溜めてブログで発信。その後、野菜ソムリエの資格も取得します。

そうこうする中、テレビ局から声がかかり、専門家として番組に出演。これを機にマスコミからの出演依頼が増えていきますが、会社には「仕事に集中してほしい」と言われ、起業に踏み出すことに。

この男性が決断できたのは、資格取得後、講師として登壇を依頼されたことが大きな要因となりました。さらに、資格の講座に通う中、「生産農家や料理教室の先生など、会社では出会わないような人と知り合い、一緒にできることがたくさんあると思えた」からだそう。現在までに、冷凍食品専門店舗も開業し、著書の発刊も実現しています。

一方、パラレルキャリアによって自分らしい働き方を実現できた人もいます。30代後半のITエンジニアの男性は、プロボノ(職業上の知識や技能を生かす社会人のボランティア活動)の活動を通じて、無償でNPO団体のホームページ制作を手がけ、やがて多くの団体から依頼を受けることに。本人の「社会起業家を支援したい」という思いと、「PR活動が苦手」という市場のニーズが一致していると感じたことで、コンサルも手がけるウェブ制作事業で起業を決意したそうです。

当時、妻は妊娠し、休職中でしたが、彼の活動ぶりを見てきたため、起業にも理解を示し、いっさい反対はしなかったそうです。むしろ、夫婦で事業のビジョンを考えていくうちに関係性はよりよくなり、「共同で家庭を運営するパートナー」という意識も高まりました。この男性は、起業したことで時間を自由に使えるようになり、子育てにも積極参加しています。「仕事でも子育てでも互いに支え合えるうえ、幼少期の子育てにコミットできたことで、親子の関係も深まった」と話していました。

パラレルキャリアには、会社勤めでは得られない出会いがあります。異業種の仲間の視点を吸収でき、別の世界の扉を開く人脈もできるため、新たなキャリアやライフスタイルにつながる可能性も高いのです。

「仕事のキャリア」から「ライフキャリア」へ


社会人を対象とする、法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授(編集部撮影)

とはいえ、「仕事が忙しいから無理」という人も少なくはないでしょう。そこで、「保守的な熟年パパ世代」に、どんな危機が待っているのかを法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授に伺いました。

『パラレルキャリアを始めよう!』の著者であり、企業の人事政策にも詳しい石山教授は、「自分の人生をより長期的な視点で捉えるべき」と話します。

「2016年に、人生100年時代を示唆するリンダ・グラットンらの『ライフシフト』が話題になり、“3ステージのキャリア・モデル”は終わったと感じます。“若年期は教育”“中年期は仕事”“老年期は引退”というモデルは、もはや現実的ではありません。なぜなら、人生100年時代には定年後に長生きする可能性が高く、長い引退生活を送ることが難しくなるからです」

そもそもの問題は、「キャリア=職業のキャリアという日本的な考え方そのものにある」と石山教授。『ライフシフト』の中には、“ポートフォリオワーカー”という言葉が出てきますが、これは職業としての「有給ワーク」だけでなく、「家庭ワーク」「ギフトワーク(社会貢献)」「学習ワーク」といった、さまざまな分野での活動を並行していく働き方のことです。

「職業のキャリアは、結婚、育児、出産、介護、病気など人生の出来事と深く結びつき、職業と人生をはっきり分けることが非現実的です。一方、人生全般における多様な役割を通じて培うものが“ライフキャリア”です。さまざまな役割を組み合わせ、並行することが、相互に好影響を与えるため、人生をより充実できます。逆に言えば、仕事に追われているのみでは、定年後に“何もなくなる”可能性があるのです」(石山教授)

確かに欧米では、家庭、趣味、地域活動などに時間を割くことが当たり前と聞きますが、日本にはそうした土壌がありません。パラレルキャリアを推進するには無理があるのでは?

「いまだ企業側には浸透していませんし、副業・兼業について『情報漏洩の危険があり、仕事がおろそかになる』と捉えているようですね。私の講義に参加している社会人学生も、かなり多くの人が会社に隠れて通っています。上司や同僚から『この忙しいときに残業しないのか』と責められたり、『転職するつもりか』と勘ぐられたりする可能性があるからだそうです」

やはり、「仕事が第一」の忠誠心を求める体質は否めないようです。しかし、その一方、パーソルキャリアやNTTデータシステム技術などの企業では、社外横断プロジェクトに社員を参加させる取り組みを行い、「個々の視野拡大と、引き出しを増やすことにつなげられた」という成果を実感しているとのこと。

「ロート製薬が副業を解禁したのも、東日本大震災にボランティアを行った社員からの『社外活動が仕事に役立った』という提言がもとになっています。時代は変わりつつあり、企業が社員に求めるものも変化していくと考えています」(石山教授)

定年まで逃げ切っても先はない

「1つの企業で働き、同じ価値観の人と過ごすのみでは、変化に対応する能力を培うことはできない」。企業や国の考え方も変化しつつある今、石山教授は「個人に求められていること」についてこう話します。

「AIの台頭で多くの職が消えると予想されていますが、逆に、多様なコミュニケーションを必要とする複雑な仕事は増えるでしょう。つまり、変化に対応する能力や、それを面白がる視点や行動力がなければ淘汰される可能性は十分にあるのです。まずは多様なライフキャリアを築き、異なる価値観の人々とのタッチポイントをつくることが大切。これまでは雇用や貯蓄、家などの『目に見えるもの』が財産でしたが、今後は変化に対応できる好奇心や意欲、健康、社外の人脈など、『目に見えないもの』が重要になります」

「定年まで逃げ切り、住宅ローンを払い終えたら安泰」という考えは、人生100年時代には通用しません。「定年まであと少し我慢すればいい」として、成長のための行動をしないのは、時間を無駄にしていて、もったいないと思います。

「『逃げ切ろう』という考え方は、人生における成長につながりません。たとえば、役職定年で今までの環境との激変に愕然とする人もいるといいます。人生はどんなに計画しても予定どおりにはいきませんし、そもそも、キャリアの時間軸は自分で決めるもの。『人間はいつまでも成長できる』という視座を持って取り組む人は、環境が変化しても生き延びることができます。そして、結果的におカネや人脈、楽しみを得て、定年後の人生も充実できるのです」(石山教授)

定年後に地域などにうまくなじめず、家に引きこもってしまう場合はどうすればいいのでしょうか。

「何をすればいいかわからない人は、『大人の部活動』くらいの感覚で気になることに挑戦し、いろんな場に出かけましょう。ただし、仕事中心の人生を送った方は、名刺や肩書きに頼る人付き合いに慣れているので、注意が必要です。部下に対するような振る舞いや、自分をアピールしたいがために相手の話を聞かないなどの行動はNGです。仕事とはまた違うコミュニケーションが求められるので、能力も磨かれますよ」(石山教授)

目先のことに気を取られ、忙しく過ごした人ほど、ふと気づけば、仕事がなくなった瞬間に、何もなくなる危険性が大きいのです。「幼いわが子を守っていきたい」と思うなら、会社にキャリアを委ねることなく、新たなことにどんどん挑戦していくべし。それこそが、結果的に人生100年時代に失職しないコツなのかもしれません。

(編集協力:博報堂ケトル)