木部智之『複雑な問題が一瞬でシンプルになる2軸思考』(KADOKAWA)

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デキる人の資料はどこが違うのか。日本IBMでエグゼクティブ・プロジェクト・マネジャーを務める木部智之氏は「仕事で大きな成果を出している人の資料には、必ず『バイアス』がかかっている」といいます。さまざまなテクニックで、相手を自分の考えに誘導しているのです。具体的な方法を紹介しましょう――。

※本稿は、木部智之『複雑な問題が一瞬でシンプルになる2軸思考』(KADOKAWA)を再編集したものです。

■キレイなだけの資料は必要ない

「資料作成が苦手」と考えている人は多いですね。では、資料作成の「何が」苦手だと考えていますか?

「キレイな資料が作れない」「パワーポイントの機能を使いこなせない」「パッと見てインパクトのある資料を作れない」と思ってはいないでしょうか?

実は、これらの悩みは、資料作成の本質を取り違えた悩みです。

よい資料とは、決して「見た目がよい資料」ではありません。ここを勘違いすると、資料作成のドツボにハマるので気をつけてください。資料の良しあしを決める要素は、「見た目」ではなく「内容」です。

当たり前ですね。私の講座でも「資料は内容が大事」と言いますと、「そんなのわかっているよ」という人がたくさんいるのですが、実際のところ、それができていないから、伝わらない資料を作り続けているのです。

■大切な「結果」を読み手にゆだねてはいけない

資料を単なる「報告」のツールだと思っていないでしょうか?

それは違います。

資料とは、自分の「意思」を存分に入れ込むためのツールです。

仕事で大きな成果を出している人の資料には、必ず「バイアス」がかかっています。自分が得たい結果となるように、「相手を誘導する」ためのコミュニケーションを文書の中に入れ込んでいるからです。

「バイアス」の本来の意味は、考え方や意見が他の影響を受けて偏ってしまうことを言います。ですから一般的には、「バイアスがかかっている」という表現は、ネガティブな表現として広く使われています。ですが、資料作成においては、まったく悪いことではありません。

もちろん、文書の中で虚偽データや嘘の情報を入れ込むことは論外ですが、「自分はこうしたい」「こうすべきだ」という強い意思を込めた表現を入れ込んでいくことは、とても重要です。

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資料(1)「あなたはA案とB案のどちらがいいですか?」

資料(2)「A案とB案がありますが、コレコレの理由でA案のほうが優位です」

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(1)のような「さあどっち?」という質問を投げかける資料を作るのと、「A案しかないでしょう」という、A案を採用してもらえるように誘導する資料を作るのとでは、結果がまったく違ってきます。

資料を作るときには、必ず自分の意思を明確に入れ込みましょう。読み手に判断をゆだねてしまうのは絶対に避けたいです。

仕事の効率化という観点からも、上司や顧客がゼロからあれこれ考えて判断するのは効率的ではありません。時間の無駄につながります。念入りに熟考して出てきた結果(作成者の意思)が存在するのなら、そこに不備な点がないかどうかを最終チェックすることに集中したほうが、仕事全体のスピード化につながります。

■伝えたいメッセージのあるグラフだけを残す

資料の中で、相手にバイアスをかけるための一例を紹介しましょう。それは、「グラフの簡略化」です。

たとえば、ある事業部の売上の問題を解消する提案資料を作成することになったとしましょう。

その事業部は20種類の商品があるので、売上データを示す折れ線グラフは、20本の折れ線で表すことができます。そのグラフともろもろの情報を分析した結果、3種類の商品に対して売上強化を図る戦略を決めたとしましょう。

その提案資料を作成するときには、20種類の商品の折れ線グラフを書く必要はありません。「3種類の商品に絞り込んだ理由」をスッキリと説明できるグラフを作る必要があります。

たとえば、20種類の売上平均値を1本の折れ線で示し、その平均値に対して、この3種類の商品は大きく下回っているということをパッと見でわかるようにするのです。

熟考し、検討した結果を資料に提示する場合は、伝えたいメッセージを表現するための加工をすることを考えましょう。

仮に、もしこのグラフに20本の折れ線が表示されていたら、「20個あるうちの3種類に改善策を絞った理由はなんだ? 4種類でもいいんじゃないか?」「いやいや全部を見直そう」などと、こちらの意図していない方向に話が進む可能性も出てきてしまいます。改善策の実行スピードにも影響が出ることになるでしょう。

■読むときには「健全に疑う」

一方で、自分が資料を読む側(情報の受け手)になるときには、この「バイアス」に惑わされない冷静な判断が必要になります。受け取った情報や資料にバイアスがかかっていることを考慮に入れて情報をインプットすることが重要です。

ときには、メンバーに依頼したデータ集計や集計対象・方法が間違っていたりすることもあります。その間違ったアウトプットをそのまま自分のインプットにしてしまうと失敗につながります。

■健全に疑うときに注目するポイント

自分自身も含め、人は誰しも間違いを起こすということを前提に仕事をしなければなりません。仕事を受けた側には問題がなくても、依頼した側の説明の仕方が悪くてミスにつながる場合もあります。間違いがあったことで振り出しに戻ることがないように、人の調査結果や報告について、健全に疑うようにしましょう。

この「健全に疑う」というのは、一般的には「クリティカル・シンキング」と呼ばれるものです。直訳では「批判的思考」となり、ちょっとネガティブなイメージになってしまいますが、大切な思考プロセスです。

健全に疑うときに注目するポイントは、次の2つです。

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(1)インプットデータとアプローチを確認する

(2)数字は「絶対数」だけでとらえない

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(1)インプットデータとアプローチの確認

インプットデータとアプローチが合っていれば、結果が大きく間違っていることはありません。そして、そのアウトプットに対しての、その人自身の評価を聞いておけば、それで正しさの確度が上がります。

たとえば、「この化粧水は冬以外は売れません。夏場に投入するのはやめたほうがいい」とメンバーが報告を出してきたとき、次の点について確認するのです。

・「冬以外は売れない」というデータはどこから持ってきたのか?
・「やめたほうがよい」という提案をどう評価しているのか?

(2)数字は「絶対数」だけでとらえない

・子どもの熱が39℃から2℃下がって37℃になった。
・100度のお湯が2℃下がって98℃になった。

これらは同じ「2℃」ですが、重みはどうでしょうか?

■数字には「絶対数」と「相対数」がある

ひとくちに「2℃」といっても、39℃に対しては5%、100℃に対しては2%です。数字には「絶対数」と「相対数」があることに注意しましょう。この2つの視点をしっかり持って、数字の重みを理解することが重要です。

相対数は何かと比べての数字です。その比べる観点のポイントも紹介しておきましょう。

▼「母数」と比べてどうか?

ある部品の不良品が1000個あったと言われると一瞬、大きな印象を受けてしまいますが、母数が100万個であれば、それは0.1%の不良です。

▼「他」と比べてどうか?

「1兆6000億円の売上」という数字を聞いたら、すごい売上だ、と思ってしまいます。この数字は出版業界の売上の「絶対数」ですが、自動車業界と比べると、トヨタ1社の売上にも及んでいません。

▼「以前」と比べてどうか?

今年の売上が、1兆6000億円。5年前は2兆円以上だったとしたら危機的状況であるということを示しています。

相対数は、絶対数だけでは表現できないインパクトを表現することも可能です。

インプットだけでなく、自分が資料をまとめる際には、この2つの数字の表し方を使い分けすると、効果的にバイアスをかけることにもつながります。

いかがでしょうか? 資料をつくる側になったら「バイアスを上手に利用する」、資料を読む側になったら「バイアスを取り除いて正しく事象を捉える」。ぜひ、業務に取り入れてみてください。

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木部 智之(きべ・ともゆき)
日本IBMエグゼクティブ・プロジェクト・マネジャー。横浜国立大学大学院環境情報学府工学研究科修了。2002年に日本IBMにシステム・エンジニアとして入社。2017年より現職。著書に『複雑な問題が一瞬でシンプルになる2軸思考』『仕事が速い人は「見えないところ」で何をしているのか?』(以上、KADOKAWA)がある。

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(日本IBMエグゼクティブ・プロジェクト・マネジャー 木部 智之 構成=川田さと子)