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text:Steve Cropley(スティーブ・クロプリー)

もくじ

ー 自動車メーカーが欧州で勝ち残るには
ー リストラの主導者 何を見据える?
ー 欧州フォードならではの「EV」の見方
ー 番外編 欧州にマスタングを持ち込んだ背景

自動車メーカーが欧州で勝ち残るには

世界的な歴史ある巨大自動車メーカーの底力を侮ってはいけない、と引退したステファン・オデールは言う。フォードのグローバル販売/営業担当役員だった人物だ。たとえ世の中のクルマが自動運転と電動化に突き進んでいくとしても。

勝ち残るのは顧客の要求の変化をいち早くキャッチする会社だとオデールは信じている。もちろんフォードもその一社だ。

新しい移動手段やモビリティ・サービスがひとびとに受け入れられつつある時代にあっては、新興のコネクティビティ・プロバイダやデータ・サービス会社と協力し、あるいは競い合うことが重要だ。

フォードの重役経験者ともなれば、引退すれば悠々自適だろうと思うかもしれない。だがオデールは特別だ。

リストラの主導者 何を見据える?

彼はタフだが公平なロムフォード生まれの英国人で、2012年に始まったフォードの欧州ビジネスのリストラを主導した。

全従業員数の大幅な縮小を断行し、その結果、英国では工場が2カ所、ベルギーでは1カ所閉鎖され、ドイツ、ロシア、ルーマニアでは業務が縮小された。

当時、それは進歩だとは見えなかったかもしれない。しかし、これによってビジネスは需要に見合う規模となり、欧州における会社の将来は安泰になった。

いま、フォードと「いくつかの会社」は、素晴らしい新世界に向けて底力を発揮し始めている。

「電動自動車が流行の兆しを見せ始めた10年、いや15年前、世界が急激な変化の時代に突入したという事実が見え始めたのです」とオデールは説明する。彼は1980年入社だ。

「すべては電動化されるのだと新分野の専門家に聞かされました。われわれのような会社の将来はご破算になるとね。株価と投資評価の両面で」

「新たな道を歩き出すには、われわれは大きすぎて柔軟性がなさすぎると思われていたんです。でも、それは間違いでした。グローバルな自動車メーカーは上手くやり遂げていくだろうし、すでにそれを実証しつつあります」

もちろん克服すべきことは山ほどあるとオデールは認めるが、財政基盤がようやく安定してきたフォードは、ニューモデルへ十分な投資をすることができる。これによって新たな基盤が作られるはずだ。

今後の展望を聞いてみようではないか。

欧州フォードならではの「EV」の見方

彼は言う「7、8年前には電動モデルは市場に数えるほどしかなく、需要も数パーセントに満たないものでした。今では50以上のモデルがありますが、市場割合はまだたったの3.5%です。顧客獲得を急がなければなりません」

「皆さんがどう見るかが決定的でしょう」とオデールは言う。「電動化されたマスタングは問題児にもなり得るし、史上最速の加速マシンにもなり得ます。電動化されたF-150は単なる荷物運搬車にもなり得るし、建築現場の移動ビジネス・センターや通信センターにもなり得ます。電源を持っていますからね」

生産能力を抑えることが最近の彼の主な関心事だとすると、現在の世界の自動車生産能力に対するオデールの見方はとても面白い。

米国の1750万台市場では需要と生産能力はほぼ拮抗しており、欧州ではまだ生産過剰である。爆発的に成長している中国市場では、生産能力が需要を追い越し始めたところだ。したがって、コスト優位性を持つ国内メーカーが有利な状況といえる。

オデールは、フォード・グループ当時のボルボにいたときのことを誇りに思っている。その間にボルボは粛々と吉利汽車に売却されたのだ。

そして、そう、欧州フォードを利益の出る体質に戻したことも少し誇りに思っている。リストラなしには達成できなかったけれども。

「最近GMが欧州から撤退し欧州事業をPSAに売却することが持て囃されているのは、わたしにはなんとも皮肉なことです。なぜって、彼らは当時、整理ができなかったんですよ。一方でわれわれは重い決断を行って批判されましたが、こうしていまも欧州に残っているのですから」

番外編 欧州にマスタングを持ち込んだ背景

ステファン・オデールはフォードのアイコン、マスタングを欧州に持ち込んだ人物としていつまでも記憶されるだろう。マスタングは、欧州で最も売れたスポーツカーになることもあるのだ。

「欧州での方向転換を考えていた時、われわれのラインナップにはいくつか穴があると気づいたんです」と彼は言う。

「そこでトランジットのモデルチェンジやエコスポーツとエッジの発売を急がせました。まだ顕在化してはいませんでしたが、SUVの大きな波がきそうな予兆があったからです」

「同時に、われわれにはなにかセクシーなクルマも必要だったんです。だったら世界中にファンがいるマスタングに決まっているじゃありませんか」

「そこで強力に本社に掛け合いました。経営層に右ハンドルの必要性を理解させるのはそんなに難しくありませんでした。その後、少し押し戻されたんですが」

「しかし、われわれも諦めずに頑張りました。そして、必要な開発費に十分見合うだけの儲けを得られると上を説得することができたんです」

「われわれは最初の年にそれをやり遂げたんです。振り返るとちょっと誇らしいですね」