平均的なサラリーマンは生涯のうち52日間を経費精算業務に充てている。領収書の糊付け作業は12日間。こうした経費精算業務は日本全体で人件費や領収書の保管費用など1.9兆円のコストになっている――。

 クラウドを使った経費精算業務支援サービスを手掛ける米コンカー。同社日本法人(東京・千代田区)はこのほど経費精算に関するアンケート調査結果を発表した。

 交通費や飲食代などの領収書を財布がパンパンに膨れるまで入れ、それが一定程度溜まったら紙に糊付けして一枚ずつ専用シートに内容を書き込む。スケジュール帳を繰り、数週間分の内容を思い出しながら一度に記入するサラリーマンも少なくないはずだ。特に外回りが中心の営業職などは、多くの時間を経費精算に割いていることだろう。

■経費精算額ごとに集計した平均作業時間(月間)
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コンカーによる調査結果
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 何でもスマートフォン(スマホ)で代替できるようになった今、もっと手軽に経費精算を済ませることは実現可能なのではないか。そんな素朴な疑問からコンカー日本法人の三村真宗社長に話を聞いた。

 「日本でもようやく2017年1月からスマホで撮影した領収書を使って経費精算できるようになりますよ。細かな規定は今後決まりますが、基本的に紙の領収書は必要なくなる訳です」

野村ホールディングスやKDDIなど、500社を超える顧客企業の経費精算業務を支援するコンカー日本法人の三村社長
野村ホールディングスやKDDIなど、500社を超える顧客企業の経費精算業務を支援するコンカー日本法人の三村社長

 日本の経費精算システムの電子化は欧米と比べ、大きく遅れていた。

 かねてから限定的に電子化は認められていたが、3万円未満の領収書に限り、しかも国が厳格に定めた仕様を満たした「原稿台付きスキャナー」の利用が必須だった。

これまで「電子化」対応企業はわずかだった

 つまりスマホやデジタルカメラ(デジカメ)で撮影したものは使えず、会社に設置された専用の原稿台付きスキャナーで領収書を読み取る必要があったのだ。

 経費精算のために会社に戻って作業を行わないといけないため、従来のアナログ時代とサラリーマンの手間はほとんど変わらない。実際、「電子化」の対応企業は130社にとどまっていた。昨秋に一部法改正があり、「3万円未満」という金額の制限は撤廃されたが、状況は大きく変わっていない。いわば名ばかり電子化がまかり通っていた。

 最近、欧米に海外出張した際に多用するようになった米ウーバーテクノロジーズのタクシー配車アプリ「Uber(ウーバー)」。流しのタクシーが捕まりにくい欧米で、配車から精算までをスマホだけで済ますことができる利便性から記者は重宝しているが、日本に戻って経費精算する時に少々困ったことになる。

 領収書代わりに画面をプリントアウトしようとしても、記載事項が1枚の紙で収まらないのだ。プリントアウト用のボタンもない。ウーバーの領収書は利用後に電子メールで送られてくる。米国では紙の領収書をわざわざプリントアウトするという利用をそもそも想定していないからだ。

「紙がなければ不正の臭いがなくなる」との声も

 そんな状況が来年1月に大きく変わることになる。

 これまでのような仕様を満たしたスキャナーだけでなく、スマホやデジカメなどの「デジタルデバイス」で撮影することが新たに可能になるからだ。少なくとも紙の領収書を財布の中に溜め込む手間はなくなる。

 実はこの法改正の裏でコンカーが積極的なロビー活動を展開してきたことはあまり知られていない。そこで電子化の障壁として立ちはだかったのは、紙の“臭い”だった。

 2014年の暮れ。三村社長は国税庁担当者との面会の設定を依頼していたスキャナーメーカー業界団体の関係者からこう言われた。「国税庁の査察官は紙の領収書から漂う不正の臭いで捜査している。電子化で紙がなくなれば、臭いがなくなって困る。だから電子化には反対だ」。結局、国税庁担当者との面会は実現しなかった。

 長年の間、経費精算の電子化を妨げていたのは職人的な国税庁の査察のやり方だった。規制官庁を説得するのは難しい。そう感じた三村社長は方針を転換。自民党や経済産業省へと足を運び、そこで電子化に伴う経済効果を説くことで、ようやく規制緩和を実現させた。

 果たして電子化は国税庁の査察業務を阻害することになるのだろうか。「むしろ逆だ。電子化で不正を未然に防ぎやすくなります」。三村社長はこう訴える。

 紙の領収書は7年間の保管が義務付けられている。大企業では紙の領収書を保管するためだけに大きな倉庫を借りているところも少なくない。国税庁の査察官は段ボールが山積みになった倉庫に立ち入り、長年の勘を頼りに当たりを付け不正を暴いていく。

■「経費のごまかしをした経験はありますか?」の問いへの回答結果
<font size="+1">■「経費のごまかしをした経験はありますか?」の問いへの回答結果</font>
出典:コンカー調べ

 一方、経費精算システムが完全に電子化されれば、プログラムによって自動的に不正や不適切な利用、申請ミスなどを検知することができる。

 例えば、交通費清算の場合。申請した交通費が別途支給している定期券の区間と重なっているかどうかは目視では確認しにくい。タクシー利用が休日なのかどうかなども同様だ。電子化ではこうした通常からはみ出た申請内容を自動検知し、申請者に改めて理由書の提出を求めることができる。

 「舛添都知事の政治資金を巡る問題。あれも電子化できていれば、事前に防ぐことができたはずだ」。三村社長はこうも指摘する。

 電子化の最大の利点は大量のデータを蓄積し、それを分析できる点にある。例えば、舛添氏の資金管理団体が喫茶店で支払ったとされる「18,000円」の領収書の場合。他の政治家が申請するデータと比べ、金額が突出して高い場合に自動抽出できる設定にすれば、申請の段階で事実関係の確認を求めることができる。

 舛添氏の資金管理団体が申請した、2013年と14年の正月に使われた千葉県木更津市のホテルの領収書も同様だろう。正月にしかも家族連れでのホテル代として支払ったとの申請内容は、自動的に不適切として処理されていた可能性が高い。

電子化は不正の抑止力として機能する

 電子化したからと言って、悪意ある不正までも完全に看破することはできないかもしれない。領収書の数字を手書きで書き換えるといった手段などは、高度な画像解析技術を使っても識別が難しいからだ。

 しかし、電子化によってデータ全体の平均値を把握すれば、少なくとも突出して高い金額を申請しているといった不正・不適切な臭いはかぎ取ることができる。経費精算の類型化こそが電子化最大の効用なのだ。三村社長は「不適切と判断されるような内容の経費精算は必ずはねられると分かれば、申請者も注意する。不正の抑止力として機能するだろう」と話す。

 もっとも、来年1月の法改正で一気に電子化が進む訳ではないと思われる。スマホやデジカメを使った領収書の撮影の場合、申請者の名前の記入、認定事業者のタイムスタンプの付与などが必要になる。これは社員間での領収書の使いまわしを防ぐ目的で、理に適った措置だろう。一方で、クレジットカードの利用明細をそのまま領収書として使えないなど、一見すると合理性に乏しい規制がまだ手つかずのまま残ることになった。

 サラリーマンとしては面倒な経費精算の手間が少しでも省ければ、大いに助かるのは間違いない。ただ、それによって国税庁のチェック機能が不全に陥れば、国民の利益が損なわれることになる。

 データ分析技術を駆使して不正を見つけ出す――。そんな新しい臭いを嗅ぎ分ける“鼻”を持ち合わせた査察官が増えれば、三方よしの結果になるのだが。

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