1.自信のある企画を立てたのに、上司や取引先を説得できず、企画を進められなかった。

2.講演やプレゼンテーションなどでたくさんの人の前で話すことになったとき、緊張して思い通りに話せなかった。

3.あまり親しくない相手とエレベーターで一緒になり、気まずい沈黙になってしまった。

(「はじめに」より)

著者によれば、『大人のための会話の全技術』(齋藤孝著、中経出版)は上記のような経験を持つ人のために書かれたのだそうです。教育学の専門家であり、明治大学の教授として、教育者を目指す学生たちを長年にわたって指導してきたという人物。

「どうすれば相手を説得し、親密になり、モチベーションを高めて目標に向かって進むことができるのか」についてのメソッドを研究し、それを大学の講義や教育の現場で実際に活用し、磨き上げてきたのだといいます。そしてここでは会話上手になるための力を、「コミュニケーション力」と定義づけて話が進められています。

基礎能力の磨き方について解説された第2章「コミュニケーションの基礎能力を身につける」から、いくつかを引き出してみましょう。

選択肢を提示し、コミュニケーションを円滑に

会話をしている相手になにかを選択してもらいたいとき、いちばんよくないのは漠然と「どうしましょうか」などと聞いてしまうこと。著者はそう断言しています。なぜなら、そこから得られた回答は、漠然としたものになってしまいがちだから。「ちょっと考えさせてください」と長考に入られたり、場合によっては選択自体を拒否されることもあるといいます。

そうならないために有効なのは、「選択肢として、Aパターン、Bパターン、あるいはCパターンが考えられます。どれにしますか?」などと、具体的な選択肢を提示すること。そうすれば、「どちらかというとこっちです」と選んでもらうことが可能になり、話の流れがスムーズになるというわけです。(64ページより)

確認のためのコミュニケーションは効果的なサービス

日本人は押しが弱い傾向にあるため、ある程度の技術を持たないと、相手の意向をはっきり聞き出せないことが多々あるとか。しかし、ビジネスシーンで社会人が意思疎通に失敗すると、場合によっては信用を失うことにもなりかねません。

そこで、常に「確認作業」が必要になってくるのだと著者は強調しています。逆にその段階で変に遠慮してしまうと、それが失敗の元になりかねないとすらいいます。たしかに、ビジネスにおけるトラブルの多くは、「いや、そういうつもりじゃなかった」「こうしてくれるんだと思っていた」などというような行き違いが原因になったものが少なくありません。

それを防ぐためにまず大切なのは、ことばを正確にすること。そして、細やかに確認作業を行うこと。「予定の日が明日になりましたので、明日うかがいます」「以上のような準備を進めていますが、当日までの準備として必要なものがあればお知らせください」などと、もうひと押しの確認作業をするわけです。つまり確認作業を細やかに行うことも、コミュニケーションの大切な技術だということ。ただし確認に時間をかけてしまっては逆効果になりかねないので、端的に、要点のみを手短に説明することが大切だそうです。(67ページより)

コミュニケーションの基盤は「文脈力」

スムーズなコミュニケーションを成立させるために不可欠なのは「文脈力」。これは著者の造語だそうですが、文字どおり、"文脈を的確につかまえる力"のこと。たとえば本の場合、一文一文がつながりを持って展開していき、最終的にひとつの「意味の織物」のようになっていてこそ、読みやすく、いい本だということになります。逆に全体としての脈絡や一貫性が維持されていないと、意味不明な駄文に終わってしまいがち。そういう意味で、文脈力があるかないかが重要なポイントとなるということ。

そして文脈力は、文章を書く場合だけではなく、むしろ、会話によるコミュニケーションの場合により重要な意味を持つというのが著者の考え。文章は前後を見くらべることができるので、文脈がはっきりしやすいという側面があります。しかし会話によるコミュニケーションの場合は、話の内容が散らばり、話題があちこちに飛んでしまいがち。そうであるだけに、会話の場面で文脈力を発揮できる人こそ、コミュニケーション力が高いということになるわけです。

相手の経験世界と自分の経験世界を組み合わせ、ひとつの文章をつくり上げていくことで、次の展開が生まれるのが会話。それこそが、まさに「文脈力」だということです。

なお、会話における文脈は2種あるのだそうです。ひとつは、その人のいっていることに一貫性があるかどうかということ。もうひとつは、お互いの発言がきちんと噛み合っているかどうか。そして、このふたつは深く関連しているのだといいます。なぜなら、話している当人のいっていることが支離滅裂では、お互いの会話が噛み合うはずがないから。

だとすれば、その際に求められる文脈力とはどのようなものでしょう? それは、会話の途中で「なぜいま、この話をしているのか」という問いに対し、さかのぼって答える能力があるかどうかだと著者は記しています。

会話は川の流れのようなもの。つまりは水源から流れ出し、やがて太くなり、支流に分かれていく。しかしあまりにたくさん分かれすぎると、水流が不足して行き場が失われる。つまり、会話が続かなくなってしまう。だからこそ、水がたくさん流れているところまでたち戻ることが大切だという考え方です。話の分岐点には必ず目印があるもの。だから話がずれていったときに、分岐点となったことばまで戻れるかが問われるわけです。(69ページより)

文脈力アップのために三色ボールペンを

文脈力のある人ほど、メモを大切にするといいます。著者もメモを取ることを習慣としているそうですが、その目的はあとで見なおすことではないのだとか。いわばそれは、その場の対話をよりクリエイティブにし、なにかひとつでも新しい意味やアイデアを生み出すための作業なのだといいます。そういう意識を持つことで、思いがけないことを思いつく可能性が高まり、さらに思考が整理され、話が堂々巡りになることを避けられるというわけです。

そして、その際に活用したいのが三色ボールペンを使ったメモ術。たとえば相手の話のなかで「まあ大事だ」と思ったキーワードを青、「すごく大事だ」と思ったものを赤、自分が思いついたキーワードを緑でメモする習慣をつける。そうすれば相手の話の要点を外すことが少なくなり、要約も的確にできるようになる。重要なのは、このように三色を使ってメモをとるという行為が、会話をしながら「意味の優先順位」を決めていくという作業であるということ。相手の話をきちんと把握し、自分のなかで生まれてくる新しい意味を大切にするためにも、色をチェンジするという動作が大いに役立つということです。

また、会話のなかで文脈力を鍛える方法として、「マッピング・コミュニケーション」もいいそうです。会話するもの同士の間に紙を1枚置き、会話しながら縦横無尽にキーワードを書きつけ、線で結んだり、矢印をつけたりすることによって関係性をはっきりさせていくというもの。自分のことばと相手のことばが紙の上で共有され、つながりあっていくわけです。

会話を続けながらマッピングしていくうち、それらが次第に整理され、秩序立ったものへと変貌していく。そして、文脈が目に見えるマップとなっていく。普通の会話なら、ことばは流れていくだけ。しかしメモをとるという行為が加わるだけで、会話の質が大きく変わっていくのを実感できるといいます。だからこそ、それまで文脈を意識していなかった人も、無理なく文脈に敏感になっていくそうです。(76ページより)

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これ以外にもさまざまな角度から、緻密なコミュニケーション力の高め方が解説されています。また終章には、ネルソン・マンデラやマーティン・ルーサー・キング・ジュニアなどのスピーチを取り上げた「社会人なら知っておくべき 歴史を動かしたスピーチ7選」も収録されているため、知識や能力を多角的に身につけることができそうです。

(印南敦史)

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